106 闘争の逸楽
試合開始の銅鑼が鳴った。
観客はお通夜のように静けさだ。
そのおかげか、アーサーが銃を構える音が四方八方から聞こえる。後ろからも聞こえてくるから1万人に囲まれている事がよく分かる。
「ははっ、こういうのを何て言うか知ってるか? 戦争って言うんだ」
1万のアーサーの中から享楽に耽った声が聞こえてくる。本体の居場所はもう分からない。
1万のアサルトライフルが、1つの獲物を狙っている。
顔が隠れたフルフェイスのメットに、警察や軍隊の特殊部隊が着るような服にアサルトライフル、見た感じ装備は高レベルなかなり良い物と考えられる。
「準備は良いか? ザイン」
「そんな事聞くな」
こちらも武器を取り出そうとメニューを開く。何故か、武器欄の一番下にヒメキチが使っていた銃が入っていた。
寝ている間にヒメキチに勝手に入れられたのかもしれない。
ホワイトヒロイン、純白の銃身に可憐なハートマークがあしらってあるハンドガンだ。
スキルは外した弾丸が再装填されるスキル、セカンドディールと、攻撃力アップが付いている。
感謝して使わせてもらおう。
「どうした? ボーッとしてると蜂の巣になるぞ?」
アーサーは撃たずにこちらの様子を見ている。絶対に勝てるという余裕があるようだ。
「余裕があるようだな。撃ってきてくれても、俺は構わないんだが」
アフターグロウと天上天下唯我独尊を装備して、力を抜く。
「そうか。なら、始めようか。俺達の闘争を」
正面に居るアーサーが引鉄を引いた。それを合図に四方八方のアーサーから銃声が聞こえる。何万もの銃弾がたった1人を狙って、空気を穿ち、突き進む。
このままでは蜂の巣どころか、跡形も残らない。よくて、肉片だ。
アーサーの力に対抗するには、こちらも力を使うしか無い。
呼吸を整え、集中し、全神経を研ぎ澄ませる。
銃弾のスピードが少しずつゆっくりになって行き、人が歩く速度までスピードが落ちた。
後は、アーサー達の次の動きを演算するだけなのだが。
筋肉の動きや視線から次の動きを演算するのだが、問題がある。
まず、フルフェイスのメットで視線が読めない。筋肉の動きも厚い服で隠され、分かり辛い。
そして、この力の有効な人数を超えている事だ。
この力は10人までは、ほぼ正確に次の動きを演算する事が出来る。しかし、10人を越えると精度が落ちてくる。情報が多くなり過ぎて、演算が間に合わず、演算にズレが生じてくる。
50人を越えると、情報を処理し切れず、頭痛になって返ってくる。
100人を越えると脳に情報を詰め込み過ぎて、脳にダメージを受けて気絶する。
力を得たすぐの頃、自分の力がどれくらい使えるのか、街で使って倒れ、病院に運ばれた事がある。
今、アーサーに力を使っても無意味だ。俺が倒れるだけだ。
しかし、演算するべき物はある。
弾丸だ。
相手が魔法を使って弾丸の向きを変えたりしない限り、弾丸は真っ直ぐ突き進む。演算に必要な情報量が少ないので1万でも演算する事が出来る。
弾丸の風を切る音や視界から、全ての弾丸の位置、向き、スピードを演算する。
そして、何処を通れば弾丸に当たらずアーサーに近づけるかを割り出す。
後は動くだけだ。この力は思考を猛スピードにしているだけで、このゆっくりな世界で動けば同じように動きもゆっくりになる。
力を抑えて、世界の速さを戻していく。
演算した通りに弾丸が動いていく。
その弾丸の当たらない場所を走り抜け、アーサーに近づく。
冥月の大鎌とラブリュスも取り出す。
「武器を4つ同時に持つだと、なるほど、あの技か」
アーサーは武器を同時にたくさん持つ俺を見てピンときたようだ。過去のアインの試合も研究しているのか。
アインの必殺技とも言える技だ。
「デストラクション・エアー!」
叫びながら持っている武器を同時に投げる。冥月の大鎌、ラブリュス、アフターグロウ、天上天下唯我独尊、それぞれがバラバラな軌道を描き、アーサーに襲いかかる。
そして、ブラックモルモットと水晶突剣を取り出し、撃ちながら、アーサーに走る。
宙を舞う武器と俺を同時に対処する事を強要する技だ。空中の武器を見ると俺に攻撃され、俺を見ると空中の武器が飛んでくるという、対処出来た相手は今まで居ない、これぞ、必殺技という技だ。
「ははっ、ははははは!」
アーサーが突然笑い出した。聞こえてくる方向は真後ろだ。
「戦いなど全て、醜く荒んだ物だと思っていた。だが、お前との戦いは、最高だ。誰にも味わえない、この頂点を決める戦いが最高に楽しいんだ。お前もそうだろ?」
「奪う奪われるじゃない、ただただ自分の力をぶつけるだけの純粋な戦いだ。楽しくない訳が無い!」
「こんな楽しさをお前は何度も体験していたのか。羨ましい」
何人かのアーサーが空中の武器を撃ち、他のアーサーは相変わらず、俺を狙って撃っている。
少しは弾幕が薄くなった。
空中の武器を狙っているアーサーをブラックモルモットで撃つ。
弾丸はアーサーの左腕から心臓まで届き、身体を貫通した。
風穴が空いたアーサーは倒れ、消えた。本体にしてはあまりにもHPも防御力も弱すぎる。こいつは分身だ。
「残り9999だ。まだまだいけるだろ?」
余裕綽綽なアーサーの声が聞こえる。声を出した奴の首を飛んできたラブリュスが刎ね、ブーメランのように戻ってきた。
首を刎ねられたアーサーは倒れ消えた。
「残念だ。残り9998だったな」
再びラブリュスを投げ、嘲笑う。
「ああ、良いぜ、もっとだ! こんなので満足してないだろ?」
アーサーの歓喜の声と共に弾幕が激しくなってくる。キリがない、どうにかして本体を叩かないと、アーサーより先にスタミナも集中力も消耗し切れる事になる。
足に何かが当たる。感じた瞬間にはもう遅かった。星一つない曇った夜空が見える。
足払いを喰らい、仰向けになり、落下している。
「どうした? まさか銃を撃つだけの人形だと思っていたのか?」
足払いをしてきたアーサーが楽しそうに語る。
最悪だ。一瞬でピンチに陥ってしまった。