104 最果ての未来
「メタトロン・システム」
有馬はゆっくりとメタトロンに歩み寄った。
「この結果が選ばれる可能性がある事は分かっていた」
「負け惜しみか?」
アーサーは憐んだ目をしている。
「100%というのは計算上にしか存在しないさ。ハッキングしても無駄だよ。最後のキーは大会の優勝だからね」
シューベルトがお手上げのジェスチャーをしている。
「ほう、何故そんな事を教える?」
「もう1つのキーが私の生体データだからね。勝った方が世界を、全ての人の命を支配できる」
「何を企んでいる、有馬」
「私は企んでなんかいない。ここで負けるのなら今は救世の時じゃないと思っているだけさ。アーサーは昔から変わらないな。私は君の敵じゃないんだよ」
有馬は床に座った。
「メタトロン・システムはどうなったんだ?」
シューベルトとフィクサーが片付けをしている間に有馬に聞く。
「機能が停止しているだけで、死んではいないよ」
「そうか」
「兎乃君、君は……」
「答える気は無い」
有馬の言葉を切る。
「誰かを助けるのにその誰かの事を見てなかったら、それはただの自己満足だ」
虚にメタトロンを見ている有馬が聞いているのか分からない。
「ちゃんと目を覚ませ。お前は人を救えるくらいの力はあるだろ」
有馬はこくりとうなずいた。
「見事な戦いだった。流石最強を誇るプレイヤーだな」
フィクサーが拍手を送っている。
「決勝ではザインが勝て、俺は世界を手に入れられれば、それで充分だ」
「ふん」
鼻で笑う。
「ザイン? どうした?」
「世界を渡すつもりは無い、と言ったら?」
「面白いな。理由は?」
「面白く無いから。戦わずに何かを得られるなんて虫のいい話だと思わないか? それに負けた奴が世界の実権を握ったなんて知れ渡れば、争いは起こるだろうな」
「なるほど」
「まあ、本音は、お前が世界を手に入れれば、理不尽を消すためにお前は永遠に苦しむ事になるだろ。俺はそれを止めなかったら後悔する。だから、お前に世界を渡せない」
「俺のために止めてくれるのか? それは殊勝な事だな。だが、俺は」
「うるさい。話を聞くつもりは無い」
アーサーの話を止める。
「問答無用か。決勝楽しみにしている。行くぞ、シューベルト」
アーサーはシューベルトを連れて出て行った。
「良いの?」
ヒメキチが俺を心配そうに見ている。
「さあな、分からない。でも、俺はこうしたいと思ってやったんだ」
「それなら仕方がないね、うん!」
楽しそうな顔をしている。
ギルドハウスに帰ってきた。やっぱり人数が多いと騒がしい。
「おかえりなさい、ザイン君、ヒメちゃん」
ベルが迎えてくれる。学校から帰った時のように笑いかけてくれる。
「ただいまー!」
「ただいま。決勝までまだ時間ある?」
「はい、今16時なので4時間くらいありますよ」
「俺は疲れたし、少し寝るよ」
「はい、何があっても安心して寝られるように守ります」
何の武術かは分からないが構えをして見せてくれる。
「ベルさん!? それなら私、兄助が気持ち良く寝られるように抱き枕になってあげる」
「はいはい、その抱き枕、うるさくて眠れないだろ」
「むぅ」
「よしよし」
頬を膨らませるヒメキチの頭を撫でる。気分が和らぐ。
割り当てられた個室に入る。
色々な事が頭の中でぐちゃぐちゃになっている。世界と人類、進化、フィクサーの世界征服、有馬の救世、そして、ヒメキチの幸せ。
頭をスッキリさせる為には寝るのが一番だろう。
ベッドに寝転がって目を閉じる。
「むぎゅ」
柔らかい何かが腕に当たっている。
「ヒメキチ?」
「私の事は気にしないで」
ベルの目を掻い潜って部屋に侵入してきたようだ。
「勝ったら、ヒメキチはどうしたい?」
「私は、まずパーティーしたいかなぁ。そして、夏っぽい事したい」
「夏っぽい事って?」
「キャンプとか?」
「虫NG」
ゲームの虫は大丈夫なのに現実の虫は気持ち悪くて好きになれない。
「最近は、家みたいなところでするキャンプもあるんだよ」
「それ、キャンプって言うのか?」
「あと、デートしたい」
「デート?」
「うん、遊園地にまた行きたいし、買い物も一緒にしたいし、一緒に美味しいもの食べたい」
楽しい記憶と共に振り回された記憶も浮かんでくる。
「タワーとかまだ一緒に行ったこと無いし、色々行きたいところはあるからね」
「タワーの方かよ」
「えへへ、新しい方も良いけど、一度行ってみたかったんだよね」
眠くなってきて、軽く聞き流す。
「私ね、これからも兄助と一緒に居たい。それで、色んな事をやって、色んなものを見て、生きていきたい」
ヒメキチを抱きしめ、抱き枕にする。安心する大きさだ。温もりも柔らかさも全て幻だが、大きさだけは同じだ。
「だからね、絶対に勝ってね。兄助にしか出来ない事だもん、私は兄助なら出来るって感じるの」
信じるじゃなく感じる、なのは、プレッシャーをかけないようにと気を使ったのだろうな。
「まあ、任せとけ」
目を閉じる。次に目を開けた時、最後の戦いが待っている。