10 闇の侵食
「それにしても酷い剣じゃない?」
死神騎士がドロップしたのは、荒刃ウタヒメ、なんと、ステータスが全て1だ。強化は初期含めて三段階ある。
おまけに強化素材に裏ダンジョン級のボスのレアドロ素材が3桁台要求されている。
こんなもの一年かけても完成しないぞ。
「まあ、期待はしてる。これだけ素材が重いんだから、絶対最強だって、絶対」
「うん、自分に言い聞かせてるよね?」
「二人でやってたんですね」
ログアウトしてリビングに戻ると、凛さんが片付け、帰る準備をしている。
「ごめんね、凛さん」
姫花に合わせて頭を下げる。
「次は誘ってくださいね!」
「明日はどうなの?」
「明日ですか? 道場に顔出しておかないと怒られるんですよ。なので一日中道場に居ると思います」
道場とは凛さんが師範をしている空手の道場のことで、この家から30分かからないくらいの所にある。
「そうなんだ」
「あ、でも、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「大丈夫だよ、もう何年になると思ってるの?」
「そうですよね」
「というか、凛さんの方こそ彼氏……」
「ああ! その話はダメです!」
ガールズトークに花咲かせている二人をボーっと眺める。
「夜何食べたい?」
「何でも良い」
姫花が顔を近づけ瞳をのぞいてくる。
「分かった」
自信満々の顔だ。
「何が?」
「外に食べに行こう」
「なんだそりゃ」
「デートだよぅ」
姫花が口を尖らせる。
「補導されないようにお願いしますね……」
凛さんが出るのと同時に俺達も出ることになった。家も学校も都心から少し離れた所にある。
「知ってた? 学校の近くに美味しいイタリア料理のお店が出来たんだよ」
「俺が知ってるわけ無いだろ」
「その後ゲーセン行って……」
「補導されるなって今言われたばかりだろ」
「むぅ……」
「俺はともかく、お前は補導されたら一発アウトだからな」
姫花は補導なんかされたら確実にアウトな事情がある。
「クレーンゲームやりたい」
「お預け」
「じゃあ、帰ったら甘えていい?」
「分かった。一考する」
「それ絶対ダメっていう奴じゃん!」
駅に近づくにつれて、人通りが多くなってくる。
「むぎゅ~」
姫花が腕に抱き着いてくる。
「あの子、超可愛い」
「ヤバくない? もしかして、モデル? でも彼氏居るし、違う?」
「あんなに可愛いのにあんな普通の奴が彼氏かよ。俺ワンチャンあるんじゃね?」
色々聞こえてくる。
「大丈夫? ああいう男、キモイよね。ほんと」
姫花が嫌悪感を露わにしている。
「聞かないことにしてる」
「うん、それが良いよ。あ、そうだ」
姫花が頬にキスをした。
周囲は無言になり、こっちを見なくなった。
「これで良し」
親指を立てて、仕事した感のある顔をしている。
「大胆だな」
「そんなことないよ。このくらい挨拶の国もたくさんあるし、イタリアとか特に凄いからね」
「何処からその知識を得てんだよ」
イタリア料理の店で夕食を食べ、姫花の希望で雑貨店に寄ることになった。
「見て見て、可愛いくない?」
翼のはえたクマという謎の人形を持っている。
「俺のセンスには合わない」
「えぇ、可愛いのに」
店の外から視線を感じる。
春なのに分厚い黒いコートを着て、フードを被り、ペスト医師のマスクをした2メートル近い大男がこちらをずっと見ていた。
「何だあれ……」
あまりにも現実離れした光景に体が動かなくなる。
しかし、すぐに騒ぎになり、大男は路地裏に消えていった。
心臓を掴まれていたような気分だった。生きた心地がしなかった。
「ちっ! 遅ぇんだよ! 加瀬! お前の方が若いだろうが!」
「すみません! 桜川さん!」
渋い強面の男と如何にもインテリといった感じの男、2人が走ってきた。警察のようだ。
「大変だねぇ」
大男を逃げていくところしか見なかった姫花が暢気に言う。
「いやぁ、あれは中々だぞ?」
「すまん、そこのカップル……ガキじゃねぇか、そろそろ帰らねえと補導になるぞ」
強面の刑事が話しかけてきた。
「さっきの見たか? その時のこと話して欲しいんだが」
「えーっと、ごめんね? お兄さん達、警察なんだ。出来れば話してくれると助かるんだけど」
インテリの刑事が警察手帳を見せてくれる。加瀬修二か。
「気づいたらそこの路地裏に居て、逃げていきましたけど」
「そうなの? 何かした様子とかは無かったかな?」
「特に何も」
「不気味も良い所だな」
強面の刑事は俺が居た場所に立って路地裏を見ている。
「あ、これ、俺の連絡先ね。何かあったらすぐ連絡して」
加瀬刑事に連絡先を貰ったが、連絡することは無いだろう。
「ありがとう。君達は早く帰るんだよ」
加瀬刑事に暗に帰るように促された。
帰り道、姫花は肩を落としている。
「はぁ、でーとぉ、ゲーセンでしょ、服でしょ? 夏に向けて水着でしょ?」
落胆する姫花の頭を撫でる。
「でも、何だったんだろうね?」
撫でられて満足した顔に戻る。
「分からん」
「もしかして、狙いは兄助だったりして」
「何で俺なんだよ?」
「それはもちろん、5億に一番近いプレイヤーだからです」
「です、じゃねえよ」
しかし、冷静に考えると無くも無いような。考えても仕方がないことだが。
「はぁ、ただいまぁ」
「おかえり」
まだ家にも入ってない俺が返事をする。
「私お風呂入れてくるね」
姫花が脱ぎ始めた。
「分かった」
しかし、フリルのセクシーな下着だ。特に尻の食い込みが凄い。というか、胸もかなり大きい。
「視線がいやらしいよ?」
「いやらしいのはお前の下着だ」
「兄助のスケベ」
おっぱいを顔に押し付けてくる姫花。
「お前が誘惑してんだろ」
姫花の尻を思いっきり掴む。
「あんっ! 私ね、悪い子だから、お仕置き……」
耳元で囁いて、挑発してくる姫花をソファーに押し倒す。
「その、先にお風呂入っていい?」
「ああ、うん」
姫花は風呂に入った。
焦らされると燃えてくる。
とは言えお互いに高校生だから自重もしなければならない。
溜息をつきながらスマホでSNSを見る。
スマホが滑り落ちる。驚きで固まって動けない。
駅に居た不審者と全く同じ格好の奴が、リスタートワールドオンラインの中で、影月率いる日ノ下に勝ったことが騒ぎになっていた。
これが偶然や奇跡の類では無いと感じた。
何かに巻き込まれた。しかし、その何かが何なのか、まるで分からない。
「あれ? どうしたの、兄助?」
お風呂から上がった姫花が髪を乾かしながらこちらに歩いてくる。
「別に何も無いけど」
「そうなの? 兄助もお風呂入ったら、その後は、ね?」
「あ、ああ、うん」
火照った顔で俺を見る姫花の横を通ってお風呂に行く。
「今日は一緒に寝られるんだね!」
風呂に上がると姫花が待っていた。
「お前さ……凛さんが来る金曜日以外は常に一緒だろ」
「ごめんね、私、そんなに都合のいい女じゃないの」
「何言ってんだ」
姫花を抱き締める。
「あぅ。やっぱり兄助の都合の良い女でいいですぅ!」