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1 切り札の再誕

兄助(あにすけ)ー! 今日学校サボったよねー! ねーってばー!」


 暖かな春の陽気、高校2年目が始まって一週間が経った。

 軽やかな声がヘッドホン越しに聞こえる。

 兄助とは、俺、真島(まじま)兎乃(うの)のあだ名だ。このあだ名を使うのはただ一人だけだ。


「それ、今日発売のギャルゲー、ラブ・ラ・ブラック2じゃん! あー! サボって買いに行ったなー!」

 同じ高校の制服を着た女子が抱き着いてきて肩の上からパソコンの画面を覗き込んで来る。彼女は天道(てんどう)姫花(ひめか)、16歳で一つ下の幼馴染だ。


 ピンクの長い髪に童顔、明るい性格もあって、かなりモテる方だが、俺と結婚したいという理由で告白を全部粉砕している。

 おかげでクラスメートや上級生、他校の初めて会ったであろう連中からも恨みがましい目で睨まれることが多々ある。学校帰りにわざわざ俺の部屋に寄って来て人のギャルゲーの邪魔をしている。


「やっぱりヤンデレは最高だよねー、ユイちゃんげきかわだもん……もしかして兄助、ヤンデレ好きなの? 私っていう兄助ラブ勢ヤンデレ妹嫁にグサーッってやられたかったりするの!?」

 コントローラーを置いて姫花の頭にチョップを喰らわせる。姫花も俺からギャルゲーを借りてやっていたりする。


「聞こえないから」

 姫花はチョップされた所を押さえている。

「あうぅ、そうじゃなくてさ! これ見て」

 姫花がキーボードの上に一枚の紙を置く。

「リスタートワールドオンライン世界大会優勝賞金……5億」


 リスタートワールドオンラインは世界中でやってない人間は居ないと言われるほどのVRMMOの金字塔だ。剣と魔法のファンタジーから近代兵器にスローライフ、まさに何でもあるゲームだ。


「めんど……ユイちゃんに癒されるわ」

 ヘッドホンからはユイちゃんの心地よい呪詛(愛の言葉)が延々と耳に流れている。


「5億……ワイハー……結婚式……」

 よくわからない単語が姫花の口から漏れ出ている。ワイハーなんて今誰が使うんだよ。


「知るか」

 姫花に一瞥し、顔を合わせられなくなり、窓の外を見る。

 リスタートワールドオンラインには前身であるスタートワールドオンラインというVRMMOオンゲが存在していた。俗に言う、続編という奴なのだ。


 数年前に中学生の時はやっていた。その時のギルドのリーダーが引退しギルドは解体、俺も引退しもう戻らないつもりでいた。

 リーダーは事故に会ってもうこの世には居ない。それを考えるとあまり戻る気になれなかった。


「はい、インストール、ぽちーっ!」

 考えている間に姫花によって勝手に俺のパソコンにインストールが始まっていた。そして姫花は俺の膝に座って向き合う。


「インストールの間暇だからー、兄助のだ・い・す・き・な! 私! 食べちゃう?」

 愛らしい笑顔でくだらない冗談を言っている姫花の後ろに置いてあるドーナツの袋を取り中を見る。俺の好きなドーナツしか入っていない。長年の付き合いなだけあって、俺の好みは完璧に押さえている。


「冗談のセンスは10点だが、ドーナツのセンスは100点満点だ」

「お金は貰ってるから」

 俺の両親は仕事で家に帰って来ない。もう高校生だから俺も気にしない事にした。


 姫花は皿にドーナツを置く。姫花はこの家の事なら2番目に知っていると言っても過言じゃない。親が給料を入れてくれる口座もカードの場所も知っているのは、ちょっと普通じゃないが。


「今日何食べたい? お弁当どうだった?」

 目を輝かせて聞いてくる。

「毎日聞かれても思いつかないっての」

 ドーナツを姫花の口に押し込む。姫花はわざわざ朝、昼とご飯を作って置いて行ってくれていた。俺が学校に来る事を望んで。


「じゃあ、今日はカレーかなー? あ、嬉しそうな顔になった」

 そんなに顔に出る方なのだろうか。




「あら、今日はカレーにするんですね」

「あ、夏目さん」

 部屋のドアが開き、一人の女性が入って来る。彼女は夏目凛(なつめりん)、お手伝いさんだ。ポニーテールの清楚な美人だ。モデルのような長い美しい手足で、背も高い。モデルに何度も誘われていたのを見ている。


 彼女が大学生の時からバイトで来ていたのだが、給料が良いとのことで正式に就職したらしい。

「お邪魔してまーす。兎乃君またサボり?」

 困った顔で俺の服を見ている。昨日から着替えていないので部屋着のままだ。

「嫁とデート」

 パソコンの画面を指さす。指をさした後に気が付いたが、今パソコンの画面はRWOのインストール中だった。


「へー、始めるんだ。姫ちゃんももうやってるんだよね?」

「凛さんもやってたんですか? え、ギルドは?」

「今、ソロ専なんだけど、また2人と一緒にやりたいなぁって思ってます」

「一緒にやりましょうよ! あ、これドーナツです」

 後ろでガールズトークが盛り上がっている中、インストール画面を見つめる。

 また、戻ってくることになるとは。




 インストール完了の文字がパソコンの画面に出る。

「あ、インストール出来た? まだ、ご飯まで時間あるよね? やらない?」

 パソコンの画面を見た姫花が夏目さんと俺の顔色をうかがう。

「まだ、4時半ですし、まだ、時間ありますよ!」

 夏目さんもノリノリだ。何年もお手伝いさんをしてくれているので、こういう時のノリを分かっている。


 溜息を吐きながら、VRセットを装着する。

「どうせ、チュートリアルがあるんだろ? 先やってるから」

 他のパソコンの置いてある部屋に行こうとドタバタしている2人に告げてゲームを開始させる。


「ようこそ、リスタートワールドオンラインへ」

 歓迎の文字と共にゲームの中に移った。




 始まりの草原

 設定を終えると、草原の中に立っていた。青い空と何も無い広場、何処かへ続く道、イメージがヨーロッパの田舎なだけあって長閑という言葉がふさわしい。

 周りには同じタイミングで始めた初心者が何人か見える。

「やっほー、ぼくはルイスだよ! よろしくね! 案内してあげるよ!」

 着飾った白兎が二足歩行で立っている。首の後ろの肉を掴み、反対の手で尻を支えて持ち上げる。


「いきなり持つなんて、ちょっと失礼だよ! ザイン!」

 ザインは俺のPN(プレイヤーネーム)だ。このNPC、名前を音声で読み上げることも出来るのか。


「さっさと案内しろ。お前の歩幅に合わせるのはめんどくさい」

 道を目指して、広場から出る。

「むっかー! ふんっ!」

 怒って何も言わなくなった。案内しないのかよ。




「おい! そこのお前」

 目の前でゴツイ男とひょろい男が立ちふさがっているが横を通り抜けて道を進む。

「おい! お前だよ! 無視すんな!」

 腕を掴まれたので嫌々止まる。山賊とか蛮族とかそんな感じの服装の男達だ。


「すみません、私、日本語が分からないので。それでは失礼」

 男達にお辞儀をして、先に進む。

「あ、そうですか……それは申し訳ねえ……いやいや、おかしいだろ! バリバリ日本語喋ってるじゃねえか! それに自動翻訳があるから日本語分からなくても問題無いだろ!」

 騙された事に気づいた2人に挟まれてしまった。


 どうみても初心者狩りだ。初心者から武器やアイテムを奪うという間抜け極まりない行為を恥じずにしようとしている。そんなことしても強くなれることは無いのにな。

「痛い目にあいたくなきゃ、全て置いて行け」


「ルイス、これって良いのか?」

 ルイスを2人の前に持ち上げる。

「え、ダメに決まってるよ! って言いたいところだけど、該当するルールが無いから特に問題ないよ」

 存外に適当だな。こんな事に巻き込まれるとは、戦闘系でチュートリアルを開始したのが悪かったか。


「うーん、なら、俺が勝ったら、逆にお前らの持ち物全て渡す。それなら良い。今始めたばかりの初心者だし、負けることないだろ?」

 逆に提案されたことにビビったのか作戦会議をし始めた。こっちは初めて1分経ったくらいなのに、会議することなどあるのだろうか。

「そうだな。その条件、飲んでやろう」

 ルイスを投げ飛ばす。投げ飛ばされたルイスは切り株に尻餅をついて、座った。

「うわーっ!? ぼくの扱い! 訴えてやる!」

 ルイスは戯言を叫んでいるが、無視する事にした。




「行くぞー? おらー」

 最初から持っていた剣を振り上げ、ゴツイ男に走る。

「何だあれ? ガチの初心者じゃねえか。デカいこと言ったわりに絶対雑魚だろ、ぷっ、はっはっはっは」


 大笑いして隙だらけの男の腹に蹴りを入れる。剣に視線を奪われていた男は蹴りを不意に喰らった。

「ぐふっ!?」

 そのまま、頭に剣を振り下ろす。男は一瞬の事に混乱したまま倒れる。

「え?」

 ひょろい男は一連の行動に驚き動けなかった。

「次はお前か」

 剣を投げる、逃げようとしたひょろい男の肩に剣が刺さった。ひょろい男は腰を抜かした。

 そこを幅跳びみたいジャンプして顔面を踏み付ける。


 倒すのに1分もかからなかった。相手が弱いのもあるが、あまり腕は鈍っていない。

「うわー! 凄いじゃん!」

 ルイスがぴょんぴょん跳ねながら驚いて喜んでいる。


「序の口だろ?」

 飽きれる、アレで凄かったらこの先大会で勝ち抜け無い。

「そうだよねー! 天下のアインに敵は居ないのだー!」

 姫花の声が聞こえる。道の先から女性2人が歩いてきた。お馴染みのピンクツインテールとポニーテール。

 姫花のアバター、ヒメキチと凛さんのアバター、ベルだ。


「もうアインじゃ無いって」

 アインは前作の時のPNだ。2人はPNを変えていないようだ。

「あれ? ザインになってる!」

 ヒメキチは俺の周りを犬みたいにグルグル回りながら俺を観察している。

「じゃあ、これからよろしくね、ザイン君」

 ベルは手を出す。いつも会っているのに握手をする。

「初めの村にれっつごー!」

 ひと段落がつき、ヒメキチが俺の手を引きながら道を進み始めようとしている。

「ああ! それぼくのセリフー!」

 ヒメキチに引っ張られる。仕方なく、ルイスを抱えて、ついて行く。まあ、今は気楽に楽しもうか。

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