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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出会いと別れの季節

作者: 紫陽花




「……好きだ。」




別れ際少し離れた所にいる彼に、ふと絞り出た声。言うつもりはなかった。

聞こえたのだろうか、聞こえてなければいい。

しばらくの沈黙。その時間は1分も経っていないのにとても、とても長く感じた。

少しの淡い期待と、恐れを胸に。

彼がゆっくり振り向き、口を開いた。

発した言葉はーー










ピピピピッと、軽快な音を立てて浅い眠りから目を覚ます。締め切ったカーテンを開け、窓の外を見ると一面春模様になっていた。


春になるといつも彼を思い出す。

ヒラリと花びらが、冬が終わりを告げる生暖かい風に乗って空を舞う。ピチチと鳥が羽ばたいて暖かい日差しが差し込んでくる。

街に出れば、冬の気配はなくなり人々の笑顔で色鮮やかに彩られる。楽しい声、駆ける足音。


はしゃぐ子供の姿を見て、

ふわり、ふわりと遊ぶように舞う花びらを感じると、あの日のことを思い出す。

たまたま家が近かっただけ、たまたま親が仲良かっただけ。たまたま生まれた日が1日違いだった、ただ…それだけ。でも、そんな偶然が彼と僕を幼馴染という関係を繋いでくれた。


最初はなんでもなかった。共通点も多く仲良くなるのにそう時間はかからなかった。無邪気に遊び同じ飯を食い、同じベットで寝たこともあった。

ただ、それだけで幸せだった。


ある日、川遊びに出かけた。サラサラと流れる水がキラキラと光っていた。

どちらが先に川魚を捕まえられるか、いつものように競っていた。

すると突然、自分の背後からバチャンッ!!!っと大きな水音が響いた。驚いて振り向いた先には、水を滴らせ、キラキラとさす太陽に照らされ、まんべんの笑みを浮かべた彼がいた。


「見ろよ、俺の勝ちだぜ!でっけーだろ!」


その瞬間、ドクンと胸が跳ねる。

同い年の女の子に感じたことのない胸の高まり。この時は、なぜだかわからなかったが、紛れもなくこれが僕の初恋だった。


この想いは口にしてはいけない、そうすべきだと、そう、勘えた。


結果的にその判断は正しかった。

彼とは離れることなく、共に遊ぶことができた。時に、彼からの純粋な好意を受けドキドキしっぱなしだった。


しかし、小学生に上がる頃一つ大きな問題があった。そう、僕にとっては。

4月1日は彼の誕生日。僕は2日。

彼と僕を繋いでくれた誕生日。しかしその誕生日のせいで、たった数時間の差で学年が離れてしまった。


1年遅れて小学生に上がると、だんだん一緒に遊んでくれなくなった。寂しかった。

当然だ、同じ学年の子と過ごす方が楽しいに決まってる。

それでも、気まぐれのように僕を気にかけてくれた。そのことが何よりも嬉しかった。


中学生にもなると、誰が可愛い、誰と誰が付き合ったなどと言う話が耳に入ってくるようになった。

彼はとてもモテていた。誰かと付き合った、そんな話も聞こえてきた。

それでもやっぱり、彼のことが好きだった。

諦めようとしたが、諦めきれなかった。


大して頭の良くない僕は、彼が進んだ高校へついて行くために猛勉強した。

時折、自分が情けなくなった。諦めきれない自分を。それでも、どうしようもなく好きだったんだ。


無事合格し、彼と同じバスケ部へと入部した。

少しでも一緒に、長くいるため勉強も部活も頑張った。

試合でミスをした時、うまくできなくて凹んでいる僕を少し僕より高い彼が、いつも柔らかく、そして荒々しくも頭を撫であの日と変わらない笑顔で僕を励ましてくれた。


「大丈夫だって」

「子供扱いすんなよ」

「やめろよ」


そうやって彼には少し冷たく当たってしまった。僕には彼の何気ない行動がひどく胸を締め付け、その感覚を無視するのに必死だった。でも、僕にとっては励みにもなっていた。

部長だった彼が卒部するときに、僕が次の部長に任命された時は寂しかったけど、すごく嬉しかった。認めてもらえたんだ、彼の隣に立てるようになったんだって。自分を少し誇らしくなったんだ。


彼の卒業式、卒業していく後ろ姿にまた離れ離れになるのを感じた。

学年が離れて、先に進んで行く彼の姿はもう何度も見てきた。この瞳に焼き付いていた。

それでも、一緒に居たかった僕は休みの日に遊びに出かけたりして必死だった。


4月1日、あの日のことはよく覚えている。

帰り道、桜が満開で生暖かい風が頬を撫ぜた。

あたりには誰もおらず、シンとしていた。

帰路への別れ道でじゃあな、と声をかけ去っていく彼の背中。

その姿がもう二度と会えなくなるような、そんな錯覚が胸に走り、

「……好きだ。」

ふと絞り出た声。言うつもりはなかった。

幼い頃から誰にも話さず自分だけの秘密にしていた想い。

聞こえたのだろうか、聞こえてなければいい。

しばらくの沈黙。その時間は1分も経っていないのにとても、とても長く感じた。

少しの淡い期待と、恐れを胸に。

彼がゆっくり振り向き、口を開いた。








「ごめん、無理。」







彼に聞こえていた想い。しっかりとした言葉で返される拒絶の言葉。

わかっていた。彼が同性愛者ではないこと。ただの手のかかる幼馴染だとしか思っていないこと。それでも少しは可能性があると信じた自分がバカだった。期待なんて、するものでは、なかった。

錯覚が、本当になってしまう。その前に、


「……なーんてな。嘘だよ、嘘。エイプリルフールでした、誕生日おめでとう。」


なんとか絞り出した声。声が震えないように、いつもと同じに見えるように。

なーんだ、と笑いだす彼に、じゃあなと声をかけ今度こそ別れた。

この涙が溢れないように、見えないように。足早に駆けて帰った。

その時、ふと目の前に風に吹かれ桜が散っていく姿を見た。


「僕の初恋、終わっちゃった。」


頬に伝う誰かの涙はとても冷たかった。

もう二度と口にすることのない想いをのせてふわりふわりとどこかへ向かって風が吹いていた。



春は嫌いだ。

ヒラリと花びらが、冬が終わり生暖かい風に乗って空を舞う。ピチチと鳥が羽ばたいて暖かい日差しが優しく差し込んでくる。


彼を思い出す。


春が嫌いだ。


それは彼と僕を繋いでくれた季節。

それは彼と僕の関係が壊れた季節。

それは僕が嫌いな季節。


それは、春。

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