指名依頼編その8
メイリン視点
次の目的地はナーシェフ大沼沢に隣接する森林地帯だ。
最初の目的地からは車で三日はかかるということで、到着は明々後日を予定している。
「そういえばナーシェフ大沼沢というのはエリナの実家が干拓の権利を取得しようとしてる場所よね?」
「ええ。まだ決まってはいませんが父が今度その件で国と話す機会を得たといっていました」
サシャさ……サシャとエリナの会話で、そういえばパーティーの時にそんな話をしていたなと思いだした。
「ナーシェフ大沼沢っていわば湿地帯ですよね? そんなところを開拓するのはかえって大変じゃないですか?」
「ええ、大変でしょうね。ですが未開の平地でこの国で残っている場所はあそこくらいですし、しかも港に近いので、開発ができれば必要な場所へ大量輸送することも可能であるという点も重要です」
「逆に言えば、それだけ有利な場所なのに開発が進んでいないということで、そこの開発の難易度がわかるわね」
確かにサシャの言う通りだが、エリナの実家はそれでも勝算があるのだろう。
エリナも開発計画に自信を持っているようだが、それだけに可能な限り不確定要素をなくしたいのだろう、次の現場については気合が入っているようだ。
「ええと、これまでと同じく最初に小規模の魔獣氾濫を観測、その際にボスと思われる白い魔獣についても報告あり。その後、魔獣は来た時と同じように森の中へと引いていった。森を調査した傭兵の報告ではまだ森の奥に多くの魔獣が一所に固まっている様子、と」
わたしが依頼書に書かれていた内容を改めて読み上げると、サシャが首を傾げる。
「多くの魔獣が固まっているなんてことがあるのかしら」
「私も聞いたことはありませんね。そこの白い魔獣の能力かもしれませんわね」
エリナの意見に、こんどはわたしが首を傾げた。
「レーリーやナナコたちはそういう特殊能力みたいなものはもっていませんが」
突出した能力は持っているが、別に誰も見たことがない能力を持っているというわけではない。
「彼女たちとは違う世界からも飛ばされてきているかもしれないという話でしたでしょう。もしかするとそちらの世界で使える能力を持ってこちらにきているかもしれませんわよ」
「魔獣を多く集める……従魔契約みたいなものかしらね」
「近いようにも思えますが、従魔契約では多くても4,5体までですから、もしも数十体もの魔獣を集めているなら別の能力を想定したほうが良いと思います」
サシャとエリナがそんな話をしていると、わたしの首に巻き付いて寝ていたはずのレーリーが顔を上げた。
“もしも本当に多くの魔獣を従えているのであれば、最初から全員で森に入るのは控えた方が良いかもしれませんね”
「あら、レーリーも何か意見があるのかしら」
「全員で森に入るのは避けた方が良いかも、といっています」
エリナがレーリーの様子に気付いて聞いてきたので、とりあえず彼女の意見を代弁する。
「だけど全員で入らないなら、どういう方針で行くの?」
“ほかの皆さんとも相談が必要でしょうが、まずわたしが一人で偵察に入って様子をうかがったほうが良いと思います”
「一人で偵察って、危ないよ」
“むしろ数が増えると相手に察知される可能性が高くなります。わたしなら小さいので見つかりにくいですし、魔力隠蔽もできますから相手に見つかる可能性は低いです”
「だからって絶対大丈夫ということはないし、やっぱり一人での偵察は、わたしは承諾できないよ」
“そこまで危ないことをするつもりはないのですが……。先に森に入って広域探知で森の中の様子を探るだけですよ”
「それでも何かあったら一人じゃ危険だし……」
「こういう時、レーリーさんの言葉が聞こえないと不便ですわね。なんて言っているのかしら」
「メイリンの返事からして、レーリーさんが事前に一人で森の調査に行くことを進言していて、それに対してメイリンが難色を示しているということでしょうね」
サシャとエリナの会話に頷きつつ、わたしはレーリーと会話を続ける。
「それならせめてナナコを連れていきなよ」
“え、わたし?”
“ナナコはまだ自分の魔力を完全に消すことができませんので、森に入るとすぐに相手に気付かれますから、調査には向いていません”
「とにかく、わたしはレーリー一人で偵察に向かわせることは認められないよ。だからそういう提案もしない」
そう、わたしが代弁しなければレーリーは自分の意見を伝えることはできない。ずるいけどやっぱりレーリー一人だけ危険な目に合わせることを承諾するわけにはいかない。
わたしが頑なに拒否したせいか、レーリーもそれ以上は言ってこなかった。
諦めてくれたんだろうと思って安心していたんだけど、現地につく前日の野営の際に彼女が簡単に諦めるはずがないということを思い知らされた。
それはハーマイン様の言葉から始まった。
「明日には現地に到着するけど、最初はまた近隣の村で聞き込みを行うんだよね?」
「ああ、その予定だ」
シーベル様が当然だとでも言いたそうに返答する。
「ではその間にマサトを森の偵察に送り出そうと思うんだけど」
「うん? マサト一人でか?」
「彼は森の中での偵察任務なら得意だということなので」
「それは彼から言い出したのか」
「せっかく仲間になったのだから、何か役に立つことをしたいと言ってる」
「悪くはないと思うが、一人で行かせるのはあまり勧められない。メイリン、一緒にレーリーを向かわせることはできないか」
シーベル様がわたしに話を振ってきた。
『……レーリー、たしか昼にマサトとなにか話していたよね』
“騙したようで申し訳ありませんが、皆さんの安全を確保する上でも、事前調査ができるならするべきだと思いましたので”
まったく悪びれることもなくそう宣ってくれました。
うん、わたしも頭では必要だと分かっているんだよ。だけどどうしてもレーリーを危険な目に合わせたくないという感情が表に出てしまう。
これも従魔契約の影響何だろうか。
「わかりました。レーリーも偵察に同行して構わないということです」
結局、レーリーの思惑通りになってしまった。
というか、レーリーを向かわせた時点でこちらが動く前に解決してしまうのではないかという疑惑もあったり。
『レーリー、なにかあったら自分一人で動かずにまずは戻ってきて相談してね』
“もちろんそのつもりですが、現場の判断で動かないといけない場合もあることは理解してもらえればと思います”
うん、やっぱりわたしたちが動く前に解決してしまいそう。




