指名依頼編その7
レーリー視点
白猫の魔獣だったムラバヤシ・マサトがナナコと同じ世界から来ていて、しかもナナコの知り合いだったというのは驚きでしたが、そういえばダンジョンマスターが別の大陸で行われた勇者召還とかいうものの影響が出ているといっていましたね。
そうするとムラバヤシさんやナナコはその召喚された対象の比較的近くにいたのかもしれません。
とりえあず今日は森の探索です。
ナナコは初の実戦ということでかなり緊張しているようで、朝の訓練でも少し気合が空回りしている感じですが、どうやらわたしたちは留守番になりそうです。
「わたしと従魔たちが留守番というのはどうしてでしょうか?」
「ああ、ナナコといったか。君のその魔獣の強さははっきりわかるから、森に入るとおそらくみんな逃げてしまうだろう。そうなると正確な調査が難しくなるからな」
訓練中に私たちに近づいてきたシラバタスさんが、そうメイリンに説明しています。
“もしかしてわたしのせい?”
“まあまだ魔力制御が甘いですから仕方がないでしょう。完全に魔力の漏れを消すことができれば、森の探索も可能になりますよ”
“逆に言えば今のままなら今後も戦わずに済むかも……”
“可能性はあります。ただやはり制御できるようになっておいた方がいろいろ便利ですから訓練は続けますよ”
“うう、やっぱりレーリーはスパルタだね”
“マチダはまだ魔力の制御が苦手なんだ”
おや、ムラバヤシさんが来たようです。
“なによムラバヤシこそできるの?”
“俺は森の中で苦労したからな。魔力をある程度は消せるようになった”
なるほど、実戦で覚えたということは彼はそれなりに素質があったのでしょう。
そんなことを話していると、少し考えこんでいたメイリンが交渉を始めました。
「それならレーリー……小さい方の従魔ですが、そちらだけでも連れていかれませんか? 彼女は敵を見つけて誘導するのも得意ですし、よほど強い敵でも簡単には負けませんよ」
「ちっこいほうを? うーん、だが従魔だけ連れて行っても主がいなければ仕方がないだろう」
「レーリーは賢いので大丈夫です。それにマサトを従魔にしたハーマイン殿下は同行するのですよね? それならマサト経由でハーマイン殿下が確認できます」
「ん? 従魔間でそんなことができるのか?」
「あはは、ちょっと特殊な従魔なので……」
どうやらメイリンはわたしが一緒についていった方が良いと判断したようです。メイリンが言わなかったら、わたしが進言しようと思っていました。
ナナコがここに残るなら、よほどのことがない限り村に魔獣が押し寄せることはないでしょうが、さすがにナナコだけ残すと村人が怖がってしまいますからね。
ただわたしがメイリンと別行動するとなると、あらかじめメイリンに対してきちんと命令をしないとまた前回の二の舞になってしまいますから悩みどころです。
「こちらにマサトが来てませんか……ああ、そこにいました」
シラバタスさんが立ち去ったのと入れ替わるようにハーマイン殿下がムラバヤシさんを探しに来ました。
彼はどうやら魔獣などに関心があるようで、ムラバヤシさんも昨日は従魔契約をした後にさんざん質問攻めにあっていました。
「ハーマイン殿下、おはようございます」
「おはよう、メイリン。なにかありましたか?」
ハーマイン殿下の質問に、メイリンが先ほどの件を伝えています。
殿下はどうやら今日の調査には置いて行かれるのではないかと思っていたようで、ナナコが同行しないことは残念そうにしていましたが森には一緒に入れるということで少し興奮しているようです。
“ということでムラバヤシさん、わたしも森へ行くことになるようですので、お手数ですがハーマイン殿下への通訳をお願いしますね”
“ええとレーリーでしたよね。こちらこそよろしく”
“言っとくけどレーリーさんはわたしたちよりも年上だし、わたしよりもずっと強いんだからね。きちんと敬語を使いなよ”
“え、そうなの?”
ナナコがなにやら言い出しました。
“別にかしこまらなくても結構ですよ。それにナナコよりも強いということもありません。多少、彼女よりもそういった経験が多いというだけです”
“その経験の差で、わたしは模擬戦で一度も勝てたためしがないし。それに元の世界では将軍として戦場を駆け回っていたって”
“おお、リアル三国志? 今度話を聞かせてよ”
なにやらムラバヤシさんが興奮しています。どこの世界でも男の子は戦いの話が好きなようですね。
しかしメイリンとハーマイン殿下の会話は全く色気がないですね。互いに婚約者同士であることを忘れているようです。
メイリン視点
ハーマイン殿下はやはり魔獣が好きなようだ。
「昨夜は森の中に一緒に入る許可が得られるか心配で、なかなか眠れませんでしたよ」
「睡眠不足では体がもちませんよ。まだ早いですからもう少し休んだ方がよろしいのでは?」
「いや、今度は興奮して眠れないね。やっと生きている野生の魔獣を間近で観察できるんだからね」
「あまり前には出ないようにしてくださいね。そこまで強い魔獣はいないとおもいますけど、弱いといわれている魔獣でも油断すれば大けがをしますから」
「もちろんそのあたりはわきまえています。兄たちや鼠の牙の人たちの邪魔をして二度と連れて行ってもらえなくなっては困りますからね」
そういう言葉遣いは大人びているが、しかし目がキラキラして浮かれている様子は年相応である。
よく考えると彼はわたしの婚約者候補の一人なのだが実感がわかない。
「ところでメイリンさんはこんなに早く、何をされていたのですか?」
「ええとナナコと一緒にレーリーから戦闘訓練を少々……」
「戦闘訓練ですか。確かに剣を持っているようですが、メイリンさんは魔術師側ですよね?」
「確かにそうですが、レーリーに言わせると後衛であってもいつ戦闘に巻き込まれるかわからないから、せめて自衛できる程度には戦う技術を持っていた方が良いということと、逃げることになっても体力がなければ逃げきれないといわれて、体力作りも兼ねての訓練です」
私がいつもの説明をすると、ハーマイン殿下は首を傾げた。
「逃げるための訓練ですか」
「レーリー曰く、勝敗は兵家の常だそうです」
「だからと言って、負けたときのための訓練というのはどうなのでしょうか」
殿下の気持ちは私もわかる。レーリーならもっと論理的に説明するんだけど。
「まあ戦場では何が起きるかわからないようですし、局地的な負けを喫しても将兵が多く生還したなら、立て直しもしやすいということだと思います」
「うーん、そう言われるとそうかもしれません」
「実際のところ大きな戦争なんてそうそうないでしょうけど、今回のような魔獣討伐なんかで、予想外に強い群れと遭遇して、戦いながら逃げないといけないとか、そういうことは十分ありえますから」
「なるほど、むしろそちらの方がわかりやすい」
やっと得心してもらえた。
よく考えればハーマイン殿下はわたしの婚約者候補なんだけど、こうして話をしていても全然そういう雰囲気にはならないなあ。
まあ棚上げしている私が気にすることでもないか。
結局その日の森の調査結果は、特に目立った問題はないというものだった。
レーリーもかなり広範囲に探知魔法を使ったようだけど、低ランクの魔獣が数匹見つかった程度ということで、昼前には調査を終えて戻ってきた。
マサトを連れていく件については、別にその義務はないのだけど一応村長には従魔になったので連れていくことを伝えておいた。
子供たちはちょっと騒いだが、大人たちはほっとしたようである。
やはりいくら大人しいといっても魔獣が村の近くをうろうろするのは迷惑だったのだろう。
軽く昼食をとってから、次の目的地へと出発することになった。




