指名依頼編その4
レーリー視点
白い魔獣というか、猫が子供と遊んでいます。
おそらくあれが調査対象なのでしょう。
いきなりのことで皆、戸惑っているようですから、とりあえずわたしが声をかけてみましょう。
メイリンの肩から降りて近づきます。
「あ、新しいのがきた」
「今度はイタチ?」
「テンだよ。白いテン」
子供たちがわたしをみて騒ぎ出しました。
“おお、この季節で白いテンというのも珍しいな。アルビノかな?”
そして目の前の白猫からも声が聞こえました。ナナコの時と同じです。やはり別世界から飛ばされてきたのでしょう。
“こんにちは。あなたも別世界から動物になって飛ばされてきたのですか”
わたしがそう尋ねると、白猫はびっくりして飛び上がりました。
“うわ、しゃべった! というか俺の声が聞こえてる?”
“ええ、聞こえていますよ。わたしはレーリーといいます。別世界のエイという国から飛ばされてきました”
わたしがそう自己紹介すると、白猫はすぐに近寄ってきました。
“やっと言葉が通じる相手が見つかった! 俺は日本という国の学生で、城西高校一年、村林雅人っていうんだ。授業中にいきなり目の前が光って、気づいたら白猫になってこの世界にきていたんだよ。いったいどうなっているんだ? 君たちはどういう人たちなの?”
矢継ぎ早に聞いてきましたが、幾つかちょっと気になる言葉がありましたので、ナナコを呼びましょう。
“ナナコ、こちらへきて一緒に話を聞いてもらえますか”
わたしが呼ぶとナナコが近づいてきましたが、さすがに人の何倍もある虎が近づいてくると子供たちは目を丸くしました。
「うわ、大きい!」
「あの人たちが連れてきたのだから大丈夫なのかな?」
しかし逃げようとしないあたり、肝が据わっているというよりも危機感が足りないように思えてしまいます。
とりあえずその件は置いといて、今は目の前の白猫です。
“ナナコ、こちらの白猫も元は人だったようです。しかもおそらくナナコと同じ国から来たようですよ”
“同じ国? 日本からってこと?”
ナナコの言葉に、ムラバヤシと名乗った白猫が反応しました。
“でかい虎だと思ったら君もしゃべれるのか。しかも女の子とか……どこかで聞いたことのある声だな? 君も日本出身なのかい?”
“そうだよ。私は街田奈々子っていうんだけど”
“街田奈々子? もしかして城西中学出身の?”
“なんでわたしの出身中学を知っているのよ! ていうか、もしかしてマサト?”
“そうだよ同中の村林雅人だよ。ここはいったいどういう世界なんだ?”
そんなことを話していると、やっとメイリンがナナコを追って慌てて近づいてきました。
『レーリー、ナナコ、やっぱり異世界出身だったの?』
“はい。それもナナコの知り合いだったようです”
『え?』
まあ偶然にしても驚くのはわかります。
さて村からも人が出てきました。
ナナコみたいな大きな魔獣が近づいてきたのですから、当然のことでしょう。
“レーリー、村からも大人たちが出てきます。ナナコはとりあえずメイリンの横で大人しく寝ていてください”
“うう、大人しくしている必要性はわかるんだけど、なんか役立たずと言われているようで微妙な気分……”
なにやら文句を言いながらもナナコがメイリンに近づいてその場に横になりました。これで少なくとも突然襲われるのではないかと心配されることはないでしょう。
なにしろ村人たちの方がナナコにおびえて鎌や鍬を手に出てきているのです。迂闊に挑発したなら何が起きるかわかりません。
「お前たち、なにしにこの村へ来たんだ」
出てきた村人の一人が代表としてこちらに質問してきました。おそらく村長かそれに準ずる立場の者なのでしょう。
「わたしたちは以前こちらで生じた魔物氾濫の調査でこちらを訪れたのだ」
メイリンに少し遅れて皆もすぐ近くまで来ていたので、こちらは代表としてシーベル殿下が話されるようです。
一応リーダーですし。後ろに護衛として『鼠の牙』の方々が控えているのも、いかにも偉そうに見えます。まあ皇子ですから実際偉いのですけど。
「その件についての依頼はすでに取り下げているはずだが」
「村からの依頼が取り下げられていることは知っている。だが報告を受けた国が事態を重んじて、念のために調査するよう改めて依頼を出したのだ。だから我々は国からの依頼で調査に来た。
あなたたちに迷惑は掛けないようにする」
「国から……でございますか」
仕事でくる傭兵にもいろいろあるそうですが、国からの依頼を受けられるということはそれだけ優秀と見なされているということです。
そして優秀な傭兵チームに伝手を持っておくなら、なにか難しい問題が発生したときにも指名依頼を受けてもらいやすくなるでしょう。
つまり口調が変わったのは私たちに対する認識を改めたからです。
子供が多いとはいえ一緒にいる『鼠の牙』の方々は見るからに強そうですし、なにより明らかにメイリンが従えていることがわかるナナコがいます。
変に敵対するよりも友好的な態度で印象を良くした方が良いと計算したのでしょう。
「そうだ。わたしは学園の生徒でシーベルという。傭兵ランクはまだ1だが、我々のチームには後ろのホワイトタイガーのように魔獣に対しても強い切り札があるので今回の調査をまかされたのだ」
「さようでございましたか。ではこのまま森へ行かれるので?」
「いや、その前に当時の状況についてあなた方からも改めて話を聞きたい。森の探索は明日朝からにしたいので、可能なら今夜は泊まらせてもらいだろうか」
表向きの依頼は森の調査なので念のため行うようですが、裏の、かつ真の目的である白い魔獣をもう見つけてしまっています。
とはいえそもそもが調査依頼ですから、白い魔獣を見つけた場合は可能な範囲でその脅威度を測り、報告するまでが依頼内容であり、具体的に対処することは求められていません。
いかにも無防備に子供と戯れていた調査対象にどう対応すべきかシーベル殿下も判断がつかなかったようです。
本来であればメイリンが事前に皆にわたしやナナコを含む白い魔獣がどういう存在なのかを伝えておき、出会った場合にわたしやナナコがまず対話を試みること、可能であればメンバーの誰かが従魔とすることも求められていたわけですが、どうもメイリンはわたしやナナコの件をどうやって伝えたらよいか悩んでいるようです。
確かに言葉が通じるといっても、彼らはわたしたちの言葉はわかりませんし。
彼を従魔にするかどうかも含めて今夜話をすることになるでしょう。




