指名依頼編その2
学園が夏季休暇に入るとほとんどの生徒は実家に帰るのだろうと思っていた。
しかし旅費がもったいないとか、帰ってもつまらないとか、こちらでやりたいことがあるとかいろいろな理由で残る生徒が意外と多い。貴族といっても色々あるようだ。
大体帰る人と残る人の割合は3:2くらいだろう。
だからわたしたちが学園に残っていてもそれほど目立つことはなかった。
「エリナ、これが今週分ね」
わたしがナナコの毛を梳いて集めた抜け毛を袋に集めたものをエリナに渡すと、彼女は代金と一緒に魔石をくれた。
「いつもありがとう。これのおかげで、うちで扱う防具は性能がいいと評判なのよ」
「わたしこそ、このおかげで年金に手を付けなくても魔石が手に入るから助かっているし」
ナナコの毛でナナコが必要とする魔石を賄ってお釣りがくるのだ。
中身はともかくとしてやはりナナコは上位魔獣だけにかなりの金食い虫なので、自分の分を自分で稼げたのは僥倖であった。
「そのナナコとレーリーはいったい何をしているのかしら」
「ナナコは実戦経験があまりないようなので、レーリーを相手に訓練しているの」
そう、現在訓練場を借りてレーリーがナナコに実践訓練をしている。
常識的に考えればサイズ的にも魔力的にもレーリーに勝ち目はないのだが、ナナコはナナコで実戦経験があまりないどころか皆無といってよいので、最初はレーリーの攻撃をまともに対処できず、攻撃魔法すら怖がって試合にならなかった。
だけどさすがにレーリーも本気で攻撃魔法を撃ってはいないし、そもそもナナコ自身の魔法耐性が強すぎるので、おそらくレーリーが本気で攻撃魔法を撃ったとしても急所にでも当たらない限りはちょっと毛先が焼ける程度で終わりであろう。
レーリーもナナコにそう説明はしているが、最初のうちはファイヤーアローが飛んでくるだけで怖がって逃げていた。
そう、避けるのではなく逃げていたのである。
さすがに上位魔獣だけに逃げる速さは大したものであった。
頭では当たっても問題ないと理解しても、やはり火が体に当たるのは怖かったようだ。
ただし実際には戦いなれたレーリーが彼女を簡単に逃がすはずもなく、何発かはファイヤーアローを当てている。
ただナナコ自身が当たったことに気づかなかったことが問題だった。
つまり当たっても問題ないという実感を得られていないからである。
彼女自身が自分の素の強さを実感できない限りは彼女の能力も宝の持ち腐れになりかねない。
そこでレーリーと相談した結果、心を鬼にしてナナコに動かないよう命令し、それからレーリーが正面からファイヤーアローをナナコに当てて、やっとナナコに自分が多少の攻撃であれば痛みを感じることすらなく跳ね返せると実感させることができた。
おかげで今ではレーリー模擬戦でファイヤーアローを撃ってもせいぜい目くらまし程度にしかならない。
しかしレーリーの多彩で変幻自在な攻撃に対して、ナナコはついていくことができず、結局ナナコは今日もレーリーに勝てずに終わった。
“以前よりもかなり動きは良くなってきましたよ。眼だけでなく、わたしの魔力も感じられるようになればもっとついてこられるようになるでしょう”
“うう、いつも褒めて、くれるけど、全然、追いつける、気がしない……”
“わたしも今はかなり本気を出していますからね。そろそろナナコの相手をするのも限界がくるでしょう”
“息切れ、一つ、させずに、そう、いわれても、まったく、説得力が、ないよ……”
“魔力の使い方にまだ無駄があるようです。とはいえこれはわたしもまだこちらに来て試行錯誤している段階なので、どうすればよいのか説明が難しいのですが”
実際、レーリーの攻撃はナナコには効かないのでけん制の攻撃を当てつつ逃げまわるだけであり、ナナコがレーリーを捕まえたらナナコの勝ち、というルールで戦っている。
もちろん訓練なのでレーリーもただ逃げ回るだけではない。基本はナナコの攻撃範囲内に留まりながら攻撃をかわし続けているのである。
レーリーは大人しい性格の割には武闘派なので、ナナコへの訓練も容赦ない。
ただその訓練がなぜ必要かも説明するし、終わったときによかった点と改善すべき点を言ってくれるので、そういう意味では頭脳派なところもあるようだ。
あまり話さないけど元の世界でも活躍していたらしいし、それで嫉妬されて牢に入ることになったのだろう。
「終わったみたいね。ああしているととても仲が良いわよね。だけどレーリーの方が少し先輩だからかしら、ナナコの方が強いはずなのにレーリーの方が従えているように見えるわね」
それは見た目通りです。
「まだ実戦経験がレーリーの方が多いのでナナコもわかっているのだと思います」
来週には問題の調査依頼のために出発する予定だ。
それまでにナナコも少しは戦えるようにしておきたかったけど、やはり付け焼刃なことは否めない。
『レーリー、調査依頼でナナコは戦えそう?』
“あとは本人次第です。いくら訓練で調子が良くても、実戦はまた違いますから”
“うーん、初実戦と言われてもピンとこないし、当たって砕けるつもりでいくよ”
“あまり気負っても仕方がありませんから、今はその程度の心構えで構いません”
実を言えばわたしとレーリーとの間では、もしもナナコが戦えなくても仕方がない、ということで結論は出ている。
なにしろ彼女が住んでいた国はそうした戦いとは無縁だったらしく、目の前で生き物を殺すことすら目撃する機会はほとんどなかったという。
こちらでも初実戦で全く動けなかったという話はよく聞く話である。ならばナナコが戦えなかったとしても責められないであろう。
そもそも高ランクの従魔であるナナコが私たちの近くにいるだけで相手に対する盾となるので、彼女の存在が無駄になることはないのである。
とはいえ、戦えるならそれに越したことはないので、こうしてレーリーが特訓をしているのだ。
「さあ、明日は出発ですからわたしも帰りますわね」
「はい。さようならエリナ」
エリナは帰ったが、この後はわたしがレーリーの訓練を受ける番だ。
なんだかんだ言って、これもずっと続いており、剣の腕はともかく体力はかなりついたと思う。




