指名依頼編その1
メイリン視点
ただのメイリンからメイリン・パッテナ準男爵となったことで、何が変わっただろうか。
一番の変化は寮が変わったことだ。少し広くなったおかげでナナコが今までよりくつろげるようになった。
あと、早くも婚約者候補が二人も出てきた。ただしこちらは寄り親たちに丸投げしたのでそこまで大きな変化ともいえない。
……と思っていたけど、やはり同じグループ内でのことなので、若干ぎくしゃくしている。
サシャ様は、以前はアルドア様と気軽に口喧嘩していたけど、あの日以降ほとんどアルドア様とは話さなくなった。
アルドア様はあの手この手で話をしようとしているけど、サシャ様が適当にかわしてしまうのだ。
で、最終的にアルドア様が私に助けを求めるような目で見てくる。
どうも以前から私に突っかかっていたのは、サシャ様といつも一緒にいる私のことが邪魔だったようだ。
あと、わたしにちょっかいをかけることでサシャ様と話す切っ掛けを得ていたらしい。
まったく、子供じゃあるまいし。
とりあえずアルドア様からのヘルプサインについてはわたしも無視することにする。
人の恋路に口出しできるほどわたしは暇ではないのだ。
「サシャ様は……」
「メイリン、わたしのことは呼び捨てでよいといったでしょう」
そう言われても、子供のころからの態度をそう簡単に変えられるわけがない。
「あなたはまだ名誉貴族とはいえすでに一家の当主。一方わたしは伯爵家出身とはいえ三女に過ぎません。先日も言いました通り、伯爵家以上の跡取りなら子爵位を持ちますが、次男以降はよほどの大貴族でもない限りは子供に爵位など与えられません。
つまり厳密に言えばわたしは先日いただいた騎士爵、あなたは準男爵なのですから、あなたの方が爵位は上なのです」
確かに爵位的にはそうかもしれないが、だからと言って
「まあまあサシャ様、そういっても長年の癖というものは中々抜けないものです」
エリナ様がわたしの気持ちを代弁してくれた。
「だからきちんとサシャ様がご自身の望みを言わないと伝わりませんよ?」
え?
「な、何を言っているのエリナ! わたしの望みがどうとか……」
そう叫ぶと、なにやらサシャ様がもぞもぞしだした。
「サシャ様はせっかくメイリンも貴族になったのに、いつまでも他人行儀な呼ばれ方をされてさみしく感じているのですよ」
「誰もそんなことをはっきりと言っていいなんて誰も言っていないというかそういうことははっきり言うなんてはしたないとか思われても嫌だし……」
「サシャ、そんな小声でつぶやいていても聞こえませんわよ」
「あ、あなたに呼び捨ては許していないわよ!」
「あら、先ほどのあなたの言葉からするとわたしも先日騎士爵を賜ったのですから、あなたを呼び捨てにしてもよろしいのではないかしら。
それにわたしがあなたを“様”付で呼んでいたら、メイリンもあなたのことを呼び捨てにしにくいと思いまして」
「うう、確かに……」
「というわけでメイリン、サシャはあなたが爵位を持ったことでやっと堂々と友達になれるのだから呼び捨てにしてほしいと思っているのよ。爵位がどうこうというのはこじつけとまでは言わないけれど、建前に過ぎないわね」
……そういうことだったのね。
「ええと、サシャ、ありがとう。わたしのことをそのように思っていてくれて」
「べ、別にそういう意味でもなくはないというか、わたしとメイリンは昔から友達なのだから呼び捨てにしあっても問題ないと思っただけだから!」
顔を真っ赤にされているサシャ様がかわいい。
“これはいいツンデレですね”
“つんでれ……とはなんですか?”
“普段、ツンツンしている人が何かの拍子にデレっと態度が変わるようなことですよ”
“なるほど。まあ身分差がありながら親しくなると、上の者よりも下の者の方が気を遣うものですが、立場が並ぶと上の者の方が気を遣う必要が出てくるものです。わたしも覚えがあります”
“そうなんですか。わたしはそこまで身分差がはっきりした場所じゃなかったのでよくわからないですね。ああ、中学時代の部活なんかでは先輩後輩の上下関係がはっきりしていたから、そんな感じでしょうかね”
レーリーとナナコが私たちのやり取りを聞いてまた何やら話をしているが、彼女たちが元居た世界のことはよくわからないので、それを前提とした会話をされてもわからないのだ。
その日の放課後、わたしたちのグループ全員がカイル先生に呼ばれた。
「何の御用でしょうか」
代表してシーベル様が先生に尋ねる。
グループ長は最初、アルドア様だったが、最初の討伐実習後、正式にシーベル様へと変更になったのだ。
「もうすぐ夏の長期休暇だが、もしも君たちに外せない用事がなければやってもらいたいことがあるんだ」
休み期間は2か月ちょっとあるけど、家に帰る予定もないのでわたしは問題ない。
ただほかの方々はいろいろ用事があるのではないだろうか。
「先に言ってしまうと内容は調査依頼。依頼者はこの国です」
「それは断れない案件なのでは……」
「そもそも本来であれば未成年である君たちへ依頼することがイレギュラーだからね。そこは一応融通が利くことに建前上はなっている」
結局、建前に過ぎないのですか。
「それで、具体的にはどのような案件なのですか」
「全部で3件あり、どれも正体不明の魔獣に関する調査だな」
「それって一般的にはランク3以上の傭兵に出されるような依頼ではないですか」
「確かにその通りだ。だが君たちの討伐実習の実績から、ぜひとも君たちに依頼したいというのが国の意向なんだよ」
そういいながら、カイル先生がちらりとわたしをみた。
ああ、これってわたしが原因だ。
「もちろん、君たちだけで、というわけではない。ランク4のメンバーを中心とした傭兵チームがサポートにつく予定になっている」
「引き受ける場合はグループ全員が条件ですか。それとも各個人が断ることも可能ですか」
「基本はグループへの依頼だが、必ずしも全員参加が条件ではありません」
シーベル様がそれを聞いてわたしたちの方を向いた。
「俺個人としては国からの依頼と聞いた以上、立場的にも断れないのだが、君たちはどうする」
「わたしはあなたの妻になるのですから、当然同行いたします」
エリナ様がすかさず返答した。ああ言い切れるのはすごいと思う。
「ステイン伯爵家の者としても、国からの依頼を断るわけにはいかないな」
「わたしだってマイナル伯爵家の者です。断ることなど致しません。
「アルドア様が行かれるのであれば、わたしに断る理由はありません」
結局、皆行くのね。わたしだけいかないと言ったらどうなるだろう。
……さすがにこの状況でそんなことを言えるほどの勇気はありません。
「わたしも特に用事もありませんし、行くことにします」
まあ、仕方がないよね。
今日は伝達のみで詳細は後日改めて連絡が来るということなので、用件は終わったはずなのになぜかわたしだけ残るように言われた。
「今回の依頼、もしかしてレーリーやナナコと同じような存在がいる可能性でもありましたか?」
「まあその通りだね。状況としてはナナコに近いようだ。小規模な魔獣氾濫が起きて、その際に白い魔獣が確認されているらしい」
「つまりその白い魔獣とレーリーたちがコンタクトできるかを確認してほしいということですね。それならわたしだけに依頼を出せばよかったのではないですか」
そう、必要なのは白い魔獣とコンタクトできる可能性のあるレーリーやナナコであり、彼女たちと話ができるわたしだけのはずである。
なぜまだ学生に過ぎない他のグループメンバーを巻き込むようなことをしたのか、そこが疑問だった。
「一つは、メイリン君だけに依頼を出すのは不自然だと考えたからだな」
「その理由では弱いですよね」
「もう一つはもしも出会った魔獣が交渉できる相手だった場合、君の従魔がさらに増えることを危惧したということもある」
……それは確かに。
「君への負担という意味でもそうだし、一人に過剰な戦力が集中することを避けたいという意味でもあるね」
さすがにこれ以上増えるのはちょっとお断りしたいところである。
「ですがそれなら他のもっと実力のある方の方がよいのではないでしょうか」
強い従魔が手に入る可能性があるなら、手を上げる貴族は多いと思うけど。
「そういう考え方もあるが、では誰を呼ぶかというところでいろいろ大人の事情が絡んだ結果だね。
そもそもレーリーたち人の言葉を理解する従魔――正確には異世界から来た者たちのことだけど、彼女たちのことを今はまだ公にしたくないと王家では考えているようだ。
そのうえでまた強力な従魔を従えられるかもしれないチャンスがあることを他の貴族たちが知れば大騒ぎになる。なぜなら強力な従魔は誰だってほしいからね。
それなら以前の功績を盾にして、君の含まれるグループへ依頼を出した方が本当の目的をごまかしやすいと考えたんだよ」
「それでは、もしも友好的な魔獣だった場合、わたしたちのグループの誰かがその相手を誰かが従魔にするということですよね。
その時点でレーリーたちのこともばれると思うのですが」
「それについてはまあ君たちのグループのメンバーに知られるのは仕方がないと考えているようだね。そもそも王家としても絶対に秘密にしないといけないと考えているわけではなくて、正式に発表する時期を見合わせているにすぎないようだから。
たとえば秘密にするために君がすべての従魔を引き受けたとしても、一人で強力な白い従魔を何匹も従えているとなれば、それはそれでなにか秘密があると宣伝しているようなものだし、ならば君に集中させるよりも多少秘密を知るものが増えても他の者に分散したほうがよいということだね」
いろいろと面倒なことになっていることは理解できた。
“どちらにしてもメイリンはナナコの魔力供給で手一杯ですし、他の方に任せられるならそうしたほうが良いことにかわりはないでしょう”
うん、確かにレーリーの言うとおりだね。
“メイリンだってわたしたちのことを絶対に話すなとは言われていないはずです”
確かに。従魔契約が逆転していることを秘密にするよう言われただけだ。
“わたしは自分の後輩ができるかもしれないからメイリンが新しい従魔を従えるのも構わないかなあと思ったけど。
……はっ、レーリー先輩のようにわたしが相手を従えれば……?“
『ナナコは何バカなことを言っているの。そもそもあなたはまだ水魔法もやっと初級が使えるようになったばかりでしょ』
“やだなあ冗談ですよお”
ナナコの冗談はわかりにくいのよ。




