褒賞編その１１
遅れて申し訳ありません。
とりあえずシーベル殿下がエリナさんを差し置いてメイリンの婿候補になることは避けられたようです。
最初の印象ではそこまで頭の回る方には見えませんでしたが、思っていた以上に強かな人でした。
とはいえエリナさんの問題は片付いたとはいえ、肝心のメイリンのほうはむしろこれからが本番です。
“メイリンもいつまでも呆けている場合じゃないですよ。そろそろ正気に戻ってください”
『いや、エリナ様の話を聞いているうちに正気にもどったけど、今この時点でわたしは婚約者を決めないといけないの？』
“それはわたしが決められることではありませんが、後回しにするとおそらくそれだけ婚約者候補が増えることになると思いますよ”
『なんで、少し前までただの平民だった上に、今も名誉貴族にすぎないわたしに、そんなに婚約者が……』
“さきほどステイン伯爵や皇太子も言われていましたが、だいたいはナナコのせいです”
“え？ わたしのせいなの？”
わたしが名前を出したので、ナナコが驚いています。
『そのナナコを従魔にするよう勧めたのはレーリーだよね』
“確かにその通りです。あの時はそれが最善と思いましたから”
『じゃあレーリーが悪いんじゃないの』
わたしを責めるというよりも、何かに責任を擦り付けたいのでしょう。
“まあ、そういう見方もあるかもしれませんが、かといってわたしがこの件で責任を取ることはできませんよ”
『わかっている。愚痴を言っただけ』
“ねえねえ、メイリンは誰か好きな人がいたりしないの？ 例えば故郷で幼馴染が待っているとか”
うん？ ナナコがなにやら質問をしてきました。
『別にそういう相手はいないなあ。結婚についても以前なら領主様が決めた相手と結婚することになるだろうと漠然と思っていたし』
“では今の状況は領主から寄り親に代わっただけで、別に変らないではないですか”
“えー、わたしならだれかに決められるのはやだなあ。好きな人と恋愛したい！”
それはおそらく難しいのではないでしょうか。
今更なのであえて指摘することは控えましょう。
“どちらにしてもメイリン自身に結婚を希望する相手がいないなら、皇太子と伯爵に丸投げしていいと思いますよ。
先ほども言いましたが、あまり先延ばしするとどんどん立候補が増えるでしょうからお勧めできません“
『それはわかるんだけど、わかるんだけどもとにかく急すぎるのよ！ せめて決定を先延ばしにできるようなアイディアはない？』
実は予想できていたことではありますが、メイリン自身は叙爵の件で頭がいっぱいだったのも事実です。
できればわたしからメイリンの将来を左右しかねない助言をするのは避けたかったのですが、今回は例外としましょう。
“まず、できれば学生のうちは学業にできるだけ専念したいと伝えるとよいでしょう”
『それだけだと婚約だけでも先に、という話になるかも』
“婚約者については、皇太子と伯爵の二人にお任せすると伝えるのです”
『それでもこの場で決められちゃうんじゃあ……』
“お二人ともそれぞれ自分が推薦する婚約者との婚約を望んでいます。おそらくこの件ではたとえ相手が皇室でも、伯爵も簡単には引かないでしょうが、かといって頭ごなしに断れる相手でもないですから、改めて腰を据えて話し合うという流れになると思いますよ”
『だけどそれって、結局アルドア様かハーマイン殿下のどちらかに確定ってことだよね』
“さすがにそこも白紙にしたいというのはわたしの手に余ります。強いて上げるなら、この場で皆が納得する別人を候補として挙げることくらいでしょうか”
『そんな人、いるわけないでしょ……。はあ、レーリーの言う通りにするしかないか』
“可能性は低いですが、先延ばしにすることで新たな選択肢が生まれる可能性はあります”
『可能性が低いって、ほぼゼロじゃない』
ぶつぶつ言いながらも、メイリンは話し合いを続ける皇太子と伯爵のもとへ行きました。
「あの、わたしの婚約者の件ですが、わたし自身も突然の叙爵で他につてもありませんし、そもそもまだ学生ですので学業に専念したいという気持ちがあります。
ですので、カレロミム殿下とステイン伯爵にお任せいたしたいのですが、よろしいでしょうか」
「ふむ我とステイン伯爵の二人に、ということか」
「本来であれば寄り親たる私が責任をもって世話をするところではありますが、事情が事情です。この場で結論を出すのは難しいでしょうから後日改めて話し合いの場を持つことといたしましょう」
どうやらうまくいきそうです。
『だけどこれでアルドア様かハーマイン殿下のどちらかと結婚することが確定だよ、はあ』
表情を変えずにため息をつくとはなかなか面白いことをします。
その後、それまでナナコを見て遠巻きにしていた貴族たちが、皇太子と伯爵が近くにいても問題ない様子を見たせいか、近づいてあいさつしてくるようになりました。
メイリンはすでに伯爵と皇太子とのあいさつを経て図太くなったのか、当たり障りなく受け答えしています。
まあ隣にいるステイン伯爵が、メイリンを、というよりもナナコを利用しようという下心を持つ貴族たちににらみを利かせ、時には会話に割り込んで相手を追い払っているため、安心できているということもあるのでしょう。
ちなみに伯爵の隣にはへこんだ顔をしたアルドア君がいます。
どうやらサシャさんへの言い訳はうまくいかなかったようです。
で、そのサシャさんですが少し離れたところでやけ食いをしています。
どうもメイリンの婚約の話が出たことについて、貴族として理解できるけど友人としては納得できないということのようです。
あとエリナさんはシーベル殿下と一緒に少し離れたところで他の貴族との歓談をしています。
皇太子殿下はすでにこの場を去っていますが、少なくとも自分とシーベル殿下との仲を認めさせることができたのですから、この宴で一番益を得たといえるでしょう。
それからこの場にはもう一人、ハーマイン殿下も残っています。
彼は年齢はメイリンの二つ下ということで、婚約者候補としてはアルドア君よりも少し不利と考えたのか、自分からこの場に残るといったのです。
というか、よく考えるといくら将来性があるといっても現状においては新参の準男爵家に過ぎないパッテナ家に婿に入るということに対して、不満はないのでしょうか？
……彼の視線はちらちらとナナコに向かっているので、おそらくメイリンよりも従魔が気に入ったのでしょう。
いまのところメイリンの婚約者であるお二人ですが、どうもどちらも大人たちが思っているほど簡単にはいかないかもしれませんね。
そんな風に本日の宴は過ぎていきました。
これで褒賞編は終わりです。
いくつかの幕間をはさんで新章に入りますが、書きだめがないので少し間が空くかもしれません。
