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褒賞編その10

どうしてこうなった……。

レーリー視点


 目を覚ますと修羅場でした。

 予想はしていましたが。


「父上! わたしはそんな話は聞いておりません!」


 アルドア君がなにやら叫んでいます。恐らく父親からメイリンの婿に、もっと正確に言うなら新興のパッテナ準男爵家への婿入りの話を持ち出されたのでしょう。


 寄り親であれば寄子の婚約者の斡旋は一種の権利です。

 もちろんすべての寄子の結婚に口をはさむことはないでしょうが、将来性のある相手であれば積極的に動くのは当然のことです。


 年齢的にもつり合い、立場的に婿に出して問題ない息子がいれば二人の婚約を考えるのもまた必然というものです。


 むしろアルドア君やサシャさんがそこに思い至らなかったのが不思議なほどです。


「あなた、最初からそれが目的でメイリンにちょっかいかけていたのね!」


「違う、おれが好きなのはサシャだ!」


 ああ、とうとう自爆しました。

 いわれたサシャさんが顔を真っ赤にして口をパクパクさせています。


 一方のアルドア君も、「違う、いや、違わないけど、そうじゃなくて」などと完全に気が動転していますね。


 見かねたエリナさんがサシャさんを落ち着かせようと、背中をさすっています。

 上位貴族の前ですから、声をかけられない限りは発言を控えているようですが。


 その上位貴族であるステイン伯爵も、自分の息子の自爆に驚いたのか二の句が継げない様子ですが。


 とはいえエリナさんも蚊帳の外じゃないでしょうね。

 さらなる厄介ごとが近づいてきていますから。


 むこうからシーベル殿下が二人の男性を連れて近づいてきています。一人は大人ですが、先ほど見た皇帝に似ているとはいえ別人のようですから、おそらく皇太子でしょう。もう一人もシーベル殿下に似ているので、弟、おそらく第五皇子とかそのあたりでしょう。


「なにやら騒がしいがどうしたのかね」


「いえ、若い者たちが少しはしゃいでしまったようです。お騒がせして申し訳ありません、皇太子殿下」


 代表してステイン伯爵が返答しました。やはり皇太子だったようです。


「弟が学園で世話になっている者たちが、この度栄誉を受けたということなのでな。本来であればこの祝宴にも陛下が顔を出す予定であったが、急遽外せない用事ができた。

 代わりにわたしが顔を見せることになったのだ」


 皇太子はそういうとこちらを見ました。正確にはメイリンを見ました。

 だけどメイリンはいまだに放心状態のようです。


「知っているとは思うが私は皇太子のカレロミムという。

 シーベルがいつも世話になっている。

 こちらは第五皇子のハーマインだ」


「はじめまして。この度は叙爵おめでとうございます」


 ハーマインという皇子は確かシーベル殿下の一つか二つ年下でしたしょうか。

 聞いていたよりも幼い感じがしますね。一応顔はメイリンのほうを向いていますが、目は明らかにナナコのほうに向けて輝かせています。


 やはり男の子は強い生き物が好きなのでしょう。


「アリガトウゴザイマス」


 ああ、まだメイリンが混乱から回復していないようです。


“メイリン、しっかりしてください。皇太子殿下の前ですよ“


 呼びかけてみますが、反応がありません。


 しかし皇太子はメイリンよりもナナコのほうに興味があるようです。


「しかし実に立派な従魔ではないか。しかもしっかりしつけているのか礼儀もわきまえているようだ」


 皇太子がナナコのことを褒めています。実際、ナナコもどうやら偉い人が来たということを察して、メイリンの横で静かに座っていますので、確かに傍目には立派に見えます。


 ただしナナコ自身はまだこちらの世界の言葉の聞き取りがあまりできないので、おそらく何を言われているのかわかっていないようです。


“ねえ、なんか偉そうな人がわたしをみてるけど、いきなり殺されたりしないよね?”


“おとなしくしていれば大丈夫です。今も行儀が良いと褒められたのですよ”


 まあナナコを殺そうと思ってもおそらく彼女の毛皮を貫ける武器がそうないでしょうから、簡単ではないのですが。

 まだナナコはそのあたりがぴんと来ないようです。


「ふむ、これだけの魔獣だ。確かに永代貴族へと推薦する者たちの気持ちもわかるというものだ」


 ああ、やはりそういう話はでていたのですね。さきほどのステイン伯爵の話ともつながります。


「今回は前例を踏んで一代貴族への叙爵となったが、さほど時を置かずに永代貴族へと昇爵するであろう」


 皇太子の発言を近くで聞いていた人たちがざわついています。

 皇族から今後の昇爵について太鼓判を押されたので当然ですね。


「そこでパッテナ準男爵が誰を婿に迎えるか、という問題が生じる」


「殿下、寄子の婿選びは寄り親の務めでございます」


 皇太子が来てからは黙っていたステイン伯爵がここで口をはさんできました。

 本来なら目上の者へ口を出すべきではないのでしょうが、やはり自らの利権を侵害するような行為には黙っていられなかったようです。


「そうよな。だがこれほどの従魔を従えるものを身内に迎え入れられるのだ。皇家としても無関心ではいられないというものよ。

 うちでもここにいる四男のシーベルや五男のダフィンがまだ未婚なので、婿候補として名乗りを上げることもできるわけだ」


「兄上、わたしはすでに臣下に降りて結婚したい相手がいると父上にも申し上げております!」


 いきなり名前を出されて、シーベル殿下が驚いています。そりゃあそうでしょうね。すぐ目の前にその相手がいるのですから。


 ちなみに渦中のエリナさんは、口元には微笑みを浮かべていますが目が笑っていません。

 それでも皇太子を前にして紹介される前に口をはさむような無礼な態度をしない冷静さは残しています。


 そしてシーベル殿下も彼女を皇太子である兄に紹介すべきだと気づいたようです。


「兄上、こちらがわたしが結婚を考えているエリナ・ジャナハン男爵令嬢です」


「ただいま紹介に与りましたエリナ・ジャナハンと申します。カレロミム皇太子殿下とハーマイン殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう」


 エリナさんがドレスをつまみきれいにお辞儀をします。『かーてしー』という作法とのことです。


「ふむ、きみがシーベルとの結婚を望んでいるという男爵令嬢だね。だが新興貴族が王族出身者を迎えるのはいろいろとハードルが高いものだよ。それこそこのパッテナ準男爵のように突出した何かを持っている必要がある」


 どうやら皇太子としては彼女との関係を破棄させてでも、メイリンと殿下を婚約させたいとの意図があるようです。


 ですがエリナさんは簡単には諦めないようです。


「ええ、存じております。ですがシーベル殿下がわたしと結婚するなら、皇家にも大きなメリットがあるでしょう」


「ほう、どんなメリットがあるというのか」


「まず我がジャナハン男爵家は残念なことに現在男子が生まれておりません。つまり長女であるわたしが結婚する相手がジャナハン家を継ぐことになります」


「なるほど、皇家は労せずして貴族家を親藩とすることができるわけだな。だがそれが一男爵家ということであれば、メリットとは言い難い」


「わが父はわたしが婿を迎えたなら、すぐに引退してその者に位を譲る予定です」


 皇太子が否定的な意見を言っているにもかかわらず、エリナさんは構わず話を続けています。

 この娘は思っていた以上に豪胆なようです。


「なるほど、たとえ今後現男爵に男子が生まれようとも、ジャナハン家はシーベルに継がせるという意思表示か。だがその程度ではまだ変わらんよ」


「ところでナーシェフ大沼沢の干拓事業はここ百年ほどの間、塩漬けのままになっているようですが、すでに国としては諦めているのでしょうか?」


 なにやらいきなり話を変えてきました。聞いているだけしかできないこちらがはらはらします。

 すぐ横にいるステイン伯爵だけでなく、近くにいるほかの貴族たちも二人の会話に聞き耳を立てているようです。


「ふむ、国家事業に関心があるとは殊勝なことだ。ナーシェフの干拓事業計画を軽視する気はないが、物事には順序があり予算は有限なのだよ」


「つまり今のところ国家として計画を実行に移す時期は未定ではありますが、計画自体は生きていると」


「そういう認識でよい」


「では我がジャナハン家がその事業を引き受けると手を挙げたならいかがでしょうか」


 これは驚きました。国家規模の事業を一男爵家が引き受けるというのは普通ではないであろうことはわたしにもわかります。

 しかしエリナさんの顔を見る限り、戯れで言っているのではないことは明らかでしょう。


 皇太子もそのことは理解しているようです。


「そなたは自分の言っていることを理解しているのか。今なら子供の戯言として聞き流せるが」


「我が家は確かに叙爵するまでは平民でしたが、そもそもの出自は古のナーシェフ王国の王家傍流の末裔です」


 驚きです。

 確か歴史の本に少しだけ載っていたのを読んだ覚えがありますが、ナーシェフ王国というのはその名の通りナーシェフ大沼沢を含む一帯を支配していた小国で、今から千年ほど前に滅んだ国のはずです。


 確かその原因の一つとして件の大沼沢の干拓事業に注力しすぎて国力を傾けたことが挙げられていたと記憶しています。


「ふむ、つまり自分の先祖の無念を晴らしたいというわけか」


「そう思っていただいても。我が家は商売で資金を貯めただけでなく、河川の治水工事と並行して近隣に残った沼沢地の干拓工事も行っており、ノウハウは持っております。さらに言えば過去千年に渡りナーシェフ大沼沢の測量と調査を行い続けておりますので、工事の許可とある程度の資金援助をしていただけるなら、いつでも作業に入ることは可能です」


「ふむ、確かにジャナハン家からの寄付は一商家としては毎回巨額ではあったが……」


「ナーシェフ大沼沢の干拓事業に成功したなら、それは当主の功績となることでしょう。シーベル殿下が我が家の当主となっていれば、さほど強い風当たりもなく、伯爵へ昇爵して新しい干拓地を領地として分与することも可能となります」


 エリナさんが殿下との結婚を狙っていた理由がやっと判明しました。


 彼女は、というより彼女の家は昔からナーシェフ大沼沢の干拓事業を自らの手で行うことを目指していたのでしょう。

 しかし帝国の支配下となり国家事業として計画が立てられたことで、平民が勝手に手を付けることができなくなったため、貴族の地位を求めたのでしょう。


 なぜそこまでその事業にこだわるのかはわかりませんが、彼女が真剣であることはわかります。


「なるほど、シーベルがジャナハン家に婿入り後、ナーシェフ大沼沢の干拓事業の完遂をもって伯爵家への昇爵、および領地分与か。それが本当に可能であれば確かに皇家としても無下にはできんな」


「干拓事業については父を呼び出していただければ、すぐにでも計画書をもって参じましょう」


「わかった。とりあえずシーベルをパッテナ準男爵の婿へ推薦する件については今回は見送り、ジャナハン家との婚姻についても前向きに検討するよう、わたしからも陛下へ進言しておこう」


「ありがとうございます」


 なんとエリナさんは自分の意思を貫き通してしまいました。大したものです。


次回は2週間ほど空いてしまうかもしれません。

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