褒賞編その2
わたしは皆と別れるとナナコを連れて急いでカイル先生の部屋へと向かう。
部屋をノックすると、すぐに中から返事があった。
「お忙しいところ失礼します。わたしたちのグループの討伐実習の報告書が完成しましたので届けに来ました」
「早いな。君たちが一番だよ」
カイル先生は軽く驚きながらも報告書を受け取った。
「それですみません、少し相談したいことがあるのですが、今は時間取っていただけますでしょうか」
「ああ、かまわないよ。何が聞きたいんだい?」
「実はレーリーの睡眠時間が、討伐実習の後からぐっと増えたんです。今までなら起きているようなときでもこの通り寝たままで……」
首に巻き付いたまま寝続けているレーリーを撫でる。
「魔獣は魔力が足りなくなると睡眠をとって回復を図ると聞いています。レーリーはわたしがナナコを従魔にする際に、わたしに限界まで魔力供給して、そのまま一晩寝てしまいましたが、その後はちゃんと起きたんです。
だけど今朝も寝坊して、どこか具合でも悪いのか聞いたんですが、大丈夫だというので、その時は気にしなかったんですが、結局こうやって寝たままなので、やはり何か問題があるんじゃないかと思ったんです。
カイル先生なら、なにかご存じないでしょうか」
わたしが一気にそういうと、カイル先生は考え込んだ。
「そうだね……。メイリン君は召喚主と従魔の間の魔力差はどの程度まで許されるか覚えているかい?」
「ええと、七倍までだったと思います」
確か召還の実技を行う前の授業でそう習ったはずだ。
「そうだね。じゃあなぜ七倍なのかはわかるかい?」
「七倍の理由ですか? ええとたぶん魔力供給が関係しているのだろうとは思いますが、詳しい理由については知りません」
その返答に対して、カイル先生は本棚から1冊の本を取り出しそれを開きながら解説を始めた。
「これは120年前に従魔召喚陣を開発したカマラン・ダンブス教授という人が学会で発表した内容だ。
それまでは召喚陣をつかわず、直接魔獣に近づき、罠などで動けなくしてから従魔契約をしていたんだ。
だが成功率が低く、また契約が一時的に成功してもその後召喚主が動けなくなったり、あるいは従魔がすぐに死んでしまうということも多かったらしい。
そこでダンブス教授はもっと安全かつ確実に従魔契約ができないかと考えて、いろいろ研究していたんだ。
その研究の中の一つに、そもそもの話として魔獣のほうが人よりも魔力は多いが、ではどの程度の差まで許容されるのかというものがあって、教授は1000組ほどの契約主と従魔の魔力の関係を調べたんだ」
そんなことを調べる人もいるんだ。
「で、結果として一般的には契約主の2倍から4倍程度だが、一番大きかったのは13倍だったそうだ。
ただし10倍以上だったのはその一組だけで、残りは多くても10倍以内に収まっており、平均すると5倍程度になるそうだ」
「だけど、わたしとナナコの魔力差は40倍以上ありますけど」
「そう、そこが問題だ。そもそもなぜ10倍以上の魔力差だと従魔契約が難しいのか。
そこで別の実験として、従魔契約をしている人の魔力量の変化を調べている」
「魔力量の変化ですか? ステータス魔法では確認できませんよね?」
そう、ステータス魔法はその人の最大魔力量を確認す魔法だ。だから魔法を撃って魔力を消費した状態でも同じ値がでる。そうでなければステータス魔法を使った時点で魔力がへってしまうのだから。
「実際の魔力量の変化を確認・記録できる特殊な測定器を開発したんだ。ただしこれは今でも装置がバカでかい上に値段もバカ高いから研究所くらいにしか置かれていないがね」
そんな機器もあるんだ。
「結果を先に言うと、契約主は従魔に対して、毎時間あたりその従魔のおよそ百分の一に当たる魔力を供給していた。おそらく従魔契約の維持だけでなく、従魔自身が必要とする最低魔力だろう。この魔力供給は従魔が起きている時だけ行われて、寝ている時は行われていないことも確認されている」
そうか、魔力100ワリーシュの人が魔力1000ワリーシュの魔獣を従魔にすると、1時間あたり10ワリーシュずつ魔力を失うから、従魔が一日に10時間以上活動すると召喚主の魔力が尽きてしまう。
それに対して従魔の魔力が500ワリーシュなら、1時間あたり5ワリーシュずつ失うから最大20時間は従魔が活動できることになる。
「そこで教授は召喚魔法を開発する際、基本的には魔力量が召喚主よりも7倍以上ある場合は、従魔側が抵抗しやすくなるように召喚陣を組み上げたそうだ」
「召還できなくする、ではなくてですか?」
「教授が調査した中にいた7倍以上の組み合わせでも問題ない場合もあり、その場合は特に契約主と従魔の関係が良好だったらしい。だから召喚陣をみて抵抗できるのに抵抗せず入ってくる場合は問題ないと考えたようだ」
そういえばレーリーも召喚陣からすぐに出てこなかったっけ。あれは抵抗できたから入ろうか迷っていたのかな。
「で、ここからが本題だが、ナナコは魔力が5000ワリーシュ以上ある。つまり契約主であるメイリン君はナナコが起きている間は自動的に1時間あたり50ワリーシュの魔力をナナコへ供給していることになる」
「え、それじゃあわたしは二時間ちょっとで魔力が尽きてしまうことになりますが」
「そう。だがそうなっていない。考えられることは一つ」
話が長かったが、やっと理解できた。足りない分はレーリーから魔力供給を受けている。
「あれ、だけどレーリー自身は魔力が1500ワリーシュ以上ありますよね。毎時50ワリーシュ減っても、そう簡単に魔力が尽きることはないと思うのですが」
「そこなんだが、メイリン自身はナナコを従魔にしてからは一度も魔力不足には陥っていないよね」
確かにその通りだけど。
「ナナコを従魔にした当日は、従魔側とのライン構築などもあるので、実際に魔力供給が始まるのは契約から概ね20時間から30時間ほどたってから、つまり丸一日過ぎてからと言われている」
なるほど、それなら学園に戻ってくるまではわたしからの魔力供給が始まっていなかったんだ。
「そして魔力ラインが構築がされてメイリンからナナコへの魔力供給が始まったなら、レーリーがそのことに気づいた可能性はないだろうか」
そう言われてみれば確かに魔力の動きに敏感なレーリーが気づいた可能性はある。
「すぐ問題となるわけではないとしても、メイリン君の魔力が急激に減っていくことに気付いたら、当然レーリーもメイリン君に通常より多くの魔力を供給し続ける必要がでてくるわけだ。
このことにレーリーは問題意識をもったんじゃないかな?」
確かにレーリーの性格だと、慢性的に魔力が足りなくなりそうな状況に問題を感じるだろうことはわかる。
「じゃあ、その問題を解決するにはどうしたらいいと思う?」
「根本的な解決を図るには、わたしの最大魔力量を増やすしかないですが、そんなことは可能なんですか?」
最大魔力量は基本的に変化しないと学んでいるけど。
「一般には知られていないけど、実は最大魔力量を増やすことは可能なんだ。一応参考書なんかにも記載はあるけど、一般的でないのはそれがあまり現実的でないからだね。
普通に生活していれば増えることはないから、子供向けの参考書なんかでは最大魔力量は変わらないと書いてあるものもあるんだ」
「そうだったんですね。ちなみにどうやって魔力を増やせるんでしょうか」
本当に魔力を増やせるならちょっと興味がある。
だけど次の先生の言葉を聞いても、すぐに理解できなかった。
「簡単に言うと、その人の最大魔力量より多い魔力をその人に注ぎ込むことで、魔力量を増やせる」
「え?魔力を注ぎ込むって、どうやるんですか?」
「そう、口で言うのは簡単だけど、注ぎ込む方法なんて普通はないからね。
ただし、魔獣が魔力回復する方法を観察したある研究者が、自ら実験して自身の魔力量を増やしたことがある」
「それってもしかして……」
「そう、魔獣の持つ魔石を食べるんだ。その研究者は魔石を細かく砕いて飲み込んだらしい」
「それで魔力が増えたんですか?」
「結果的にはランク1の魔獣の魔石を概ね20から30個食べると、数値が1ワリーシュ増えたらしい。最終的には100個食べて4ワリーシュ増えたそうだ」
「魔石100個……」
ランク1とはいえ、魔石はいろいろ用途があるのでそれなりの価値がある。それを100食べて増えた数字が4ワリーシュでは、ランク1の魔法1発分にもならない。つまり非常にコストパフォーマンスが悪い。




