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幕間その3 雲の上の話

 その報告を聞いた時、国の首脳陣は我が耳を疑った。


「ランク5超の魔獣を従魔にした? おとぎ話じゃあるまいし」


「確かに大きな魔獣が学園へ向かったという報告は入っているが、それのことか?」


 高官たちは口々に異論を述べたが、マダラン局長はそれを否定した。


「わたしとルース学園長の二人が実際に確認しております。ランク5超というのは間違いないでしょう」


 その言葉にルース学園長も頷く。

 魔術に造詣の深い二人に断言されると、他の者たちもさすがにそれ以上否定できない。


「お手元に配った報告書にもあるように、今回も小規模の魔獣暴走が発生し、その原因となったのが問題のホワイトタイガーです。

 で、それを学園の生徒であるメイリンという少女が従魔としたのです」


 マダラン局長が起きた事態の顛末について簡単に説明する。


「なるほど、ではこの娘になんらかの褒賞を与えねばならんな。どのようなものが良いと思うか」


 エリギナ帝国第四代皇帝バラル・エリギナがその場にいる者たちに尋ねた。


「平民ということですし、報奨金を与えればよいのではないかと」


 食料大臣のシャーハト・エルロンがまず答えた。


「まて、報奨金は傭兵ギルドからでるであろう。わざわざ改めて国から報奨金を払う必要があるか」


 財務大臣のナムラン・ドーテンが反論する。


「エルロン大臣、ドーテン大臣、国民が黙って国に仕えてくれると考えるのは間違いですぞ。

 我が国の国是は『信賞必罰』。必罰ばかり考えて信賞を与えないならば、いざというときに国民にそっぽを向かれることになりもうそう」


 相手が平民と聞いてできるだけ費用をかけずにすまそうとする二人の若手大臣に対して、軍務大臣のダンバート・ドットソンがそのように窘めた。


「確かに。お二人ともランク5超の魔獣の強さをご存じないとはいわないでしょう。もしもご自身の領地でその魔獣が暴れたならどうなさるおつもりですか」


 丞相のガットン・バットンがドットソンに同意したうえで、さらに尋ねる。


「いえ、もしもそのような魔獣が現れれば国軍による討伐を依頼するしかないかと……」


「最低でも一個大隊、できれば1旅団くらいは派遣をお願いするかと……」


「つまりそれだけの兵力と同等の力をその娘は味方に引き入れたのです。それに相応しく報いることを考えられず、大臣職は務まりませんよ」


 二人は顔を赤らめてうつむいた。




 その後、メイリンへの褒賞の件についてさらに話し合いが行われた。

 ほかにもいくつかの案件が議題に上がってから会議は解散となったが、皇帝と丞相、それに軍務大臣とマダラン魔術局長が部屋に残った。


「あの二人も、前任者から大臣職を継いでまだ日が浅い。見方が偏るのも仕方がないでしょう」


 バットン丞相が独り言のようにそういうと、ドットソン大臣も同意した。


「わしが言うのもなんですが、ああいうのを見ると貴族間での大臣職の持ち回りによる弊害を感じますな。特にあの二人は若くして当主となり大臣職に就くことになったので経験も浅い。われらがきちんとフォローしないとならん」


 この国では、大臣職はそれぞれ何家かの貴族が数年毎に持ち回りで就くことが慣習となっている。

 これにより、その貴族家ではその大臣職を務めるために必要な勉強を若いころから行うことができるうえに、父親が大臣職についている間、秘書や官僚としてその仕事を学ぶことも可能であった。

 実際ドットソン大臣は父親の秘書として経験を積んだ後に自分の伯爵家を相続し、その後ドットソン伯爵家に大臣職が回ってくるまでの間も軍務省で働いていたため、十分に準備ができた状態で大臣職に就くことができた。


 しかしシャーハト・エルロンとナムラン・ドーテンの二人は先代が若くして亡くなった上に、ちょうど跡目を継いだ直後に彼らの家に大臣の順番が回ってきたのである。

 経験不足を理由に断ることも可能であったが、しかし一度断ると二度と回ってこないのではないかという不安を感じた。

 実際大臣職を狙う他の貴族連中が、そうした瑕疵にもならないようなことを針小棒大に取り上げてあわよくば自分たちで取って代わろうとすることがあるため、その不安は決して根拠のないものではなかった。


 さらにいえば二人とも学園では優秀な成績で卒業したばかりで、自分に自信をもっていた。

 多少の経験不足についてもスタッフのフォローがあるのでよほどのことをしでかさない限りは大きなミスを犯すこともない。


 とはいえ先ほどのようにスタッフがフォローできない場だと、経験不足が露呈してしまうわけである。


 シャーハト・エルロン食料大臣には彼らが農地を守ったという視点が欠けており、ナムラン・ドーテン財務大臣は余計な出費を抑えることしか頭になかったのである。


 とはいえ子供と同じ年の二人に対し、ドットソン軍務大臣もバットン丞相もまだこれからだと考えており、今回の件も今後の糧になればよいと考えていた。


 そんな二人の雑談を聞き流し、皇帝がマダラン局長に尋ねる。


「それで、我々への追加の報告があるということだが、やはりメイリン嬢の件か」


「はい、その通りです。

 そもそもの今回の件には、彼女よりも彼女が召喚したレーリーという異世界出身だという魔獣が関わっています」


「ほう、例の人を従者にしたという魔獣か。そういえば報告は目にしていたが、名前は忘れていた。彼女がメイリンだったのか」


「メイリンの話によると、学園の討伐実習の際にレーリーがホワイトタイガーの出現を察知して飛び出し、それをメイリンも追いかけたそうです。

 そしてレーリーがホワイトタイガーと遭遇したところ、そのホワイトタイガーも元は異世界の人間で、名前もナナコだということです」


「なるほど、つまり対話が可能だったという訳か」


「その時点ではレーリーだけ可能だったそうです。どうやらかなり文明の発達した平和な世界だったようで、森の中で暮らすよりも人間の社会で暮らすことを望んで、レーリーの仲介によりメイリンの従魔になることを承諾したようです」


 荒唐無稽ともいえる話ではあるが、召還されたわけでもないランク5超の魔獣を簡単に従魔にできた理由として考えると、頭から否定もできない。

 なにしろランク5超の魔獣を従魔にするということ自体が荒唐無稽な話だからだ。


「まあ、その話が真実であるなら少なくともその魔獣の制御ができずに街中で暴れることを心配する必要はなさそうだな」


「おそらく問題ないかと。ただ今回の件、さらに気になる点があります。

 これも報告だけはされているはずですが、ここ半年の間に、似たような魔獣暴走が2件あり、そのどちらでも高ランクの白い魔獣が目撃されています」


「白い魔獣か。そういえばレーリーという魔獣も白いといったな」


「はい。もしかすると、それらの魔獣もこの世界に何らかの事情で飛ばされてきた異世界人の可能性があるのではないかと愚考したします」


 その報告を聞いて、皇帝はしばらく考え込んだ。


「……半年前、か」


「なにか心当たりがございますか?」


「海の向こうの話だ。きな臭い噂がいくつか流れてきているが、その中に半年前に勇者召喚に成功したという話がある。真偽を確認中だったが、どうも事実らしい」


「勇者召喚、ですか」


「ああ。禁忌の魔法だ。しかも今回、数十人規模での召還をしたということのようだ」


「それだけの大規模な召喚術を行ったのであれば、世界各地にその反動の影響がでるでしょうな」


 皇帝の言葉にドットソン大臣が付け加えた。


「そういうことですか。確かに勇者召喚の反動と考えるなら、立て続けに異世界出身の魔獣が出没したことも理解できます」


 マダラン局長も納得する。


「ということは、もしかすると先ほどの高ランクの白い魔獣も、うまく交渉できれば従魔にできる可能性があるのでは?」


 バットン丞相が意見を述べる。


「ですがそのためにはまず魔獣と会話しなければなりません。現時点ではメイリンの従魔を介してしかそれはできないでしょう」


「なるほど、そのこともあって先ほどの褒賞なのですな」


「まだ学生ですから、あまりこのようなことに駆り出したくはありませんが、もしも本当に異世界人であれば早目に保護をすべきであることを考えると今回は仕方がありません」


 マダラン局長がそう答えると、その場にいた全員が頷いた。


「どちらにしろ褒賞を与えてからの話だ。早めにガレール男爵とマイナル伯爵に話を通しておけ。多少予算から足が出ても構わんから、話をまとめることを優先しろ。

 あと、メイリン嬢には婚約者はいるのか」


「いえ、そのような話は聞いておりません」


「ならばシーベルが丁度いいな」


 大きな力を持つ者を取り込む一番の方法は身内に取り込むことである。

 普通ならシーベルが皇族のまま結婚することはできないが、ランク5超の戦力を皇家に取り込めるなら、その程度の横紙破りをすることにためらう理由はない。


「恐れながら陛下、シーベル殿下が先日引き起こした騒動はメイリン嬢の従魔の件です」


 マダラン局長がシーベルとメイリンの関係があまり良好なものではないことを伝えた。


「そうだったか。だが件の討伐実習の際には一緒のグループだったのだろう」


「謹慎を受けてグループを組むことができず、やむなく彼女と同じグループに入ったようです。そもそも彼にはエリナ・ジャナハン男爵令嬢がおります」


「まだ婚約が決まったわけではない。とはいえ本人が嫌がるようなら、無理強いするのも本末転倒か」


「平民や下級貴族出身だと、皇族との婚姻はかえって負担に感じることもございますので」


 バットン丞相が念を押した。


 別にここにいる者たちはメイリンを平民だと差別しているわけではない。

 厳然たる事実としてそういうものであることを伝えただけである。

 実際のところ臣下に降った元皇族との婚姻であればともかく、皇族に嫁入りするということは当然皇族に連なることになり、様々な公的な行事への参加やそれに伴う作法など、やることと覚えることが山ほど増える。

 軽々しく玉の輿だと思って皇族と婚約して、婚約期間中にあまりのプレッシャーに逃げ出してしまったという例もあるほどである。


「まあいい。とりあえずは褒賞の件を進めなければ始まらん。せかす必要はないが、後回しにしないように」


 皇帝の言葉に一同が頭を下げた。


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