討伐実習編その1
次の日以降、昼休みの食事にエリナ様も加わるようになった。
「ねえ、レーリーはどの程度のことができるの?」
「わたしもまだ正確に把握できているわけではないんです」
「ご自分の従魔なのに?」
「そもそも特殊個体ですから、どんな能力があるかわからない部分もあるんです」
わたしがレーリーについて秘密にしていることを察しているのか、妙にレーリーについて聞いてくる。
肝心のレーリーは我関せずという様子でサシャ様からパンをもらっては食べている。
わたしもレーリーにパンを上げたかったのに。
「ところでシーベル殿下のことはお聞きになって?」
サシャ様がレーリーにパンをあげながら、そう聞いてきた。
わたしは知らないが、エリナ様なら何か知っているのだろう。
「ええ、1週間の謹慎を言い渡されたそうです。わたしについては予想通り厳重注意ですみました」
「あなた、殿下とお付き合いされていたのでしょう。ずいぶんと淡泊なのですね」
「あの方のことは可愛いと思っていますよ。もしもわたしとの婚約ということになれば、臣下に降られることになりますけど。
それでもたとえ籍を抜いたとしても、皇家から一族に婿を迎えたとなれば、案外宣伝効果もありますので、別に皇家のコネが使えなくても我が家にメリットがあるのです」
「つまり打算でのお付き合いと」
「あら、貴族であれば親の決めた方と婚約するのなんて当然ではありませんか。むしろまだ婚約者のいない殿下がわたしを好きになってくださるように努力しているのですもの。本人の意思が介在する余地がある分、殿下を立てているといえるわ。
それよりも、サシャ様はまだ婚約者はいらっしゃらないの?」
「わたしは次女ですからね。おそらく寄子のいずれかの家に嫁ぐことになるでしょうが、今のところはちょうどよいお相手が見つからないと言われています」
「寄り親から嫁を迎えると、いろいろと気を使うのでできれば避けたいと考える寄子もいますからね」
それは聞いたことがある。自分より上位の貴族から嫁を迎えるなら、家同士の絆が強まるが、一方で相手の影響力が強まることになる。
向上心のある野心家であればそうやって成り上がることを目指すが、保守的な家の場合、たとえ寄り親だろうと他家からの影響力が強まることを好まない場合もあり、そうすると寄り親から嫁を迎えることも理由を付けて断るらしい。
おそらくサシャ様もそういった貴族的な事情で婚約者が決まらないのだろう。
そういう意味ではシーベル殿下も同様であろう。
皇太子様はすでに結婚されていて昨年子供も生まれているので、シーベル様が帝位をつぐことはほぼあり得ないのだ。
だからこのまま一生結婚せず年金で皇族としての一生を終えるか、もしくは臣下に降った上で、どこかの家に養子となるか婿入りしてそこの家を継ぐか、なにがしかの功を立てて自ら家を立ち上げるかのいずれかとなる。
ただし養子については普通は親族から取るので、わざわざ皇族から受け入れることはまずない。
現在5つある公爵家のいずれかで後継者がいなくなれば、皇族から養子をとる可能性もあるが、今のところそういう話は聞かない。
つまりシーベル殿下がエリナ様と結婚したい場合は、皇族から籍を抜き臣下に降るしかないのである。
「サシャ様も、いっそのこと三男以降の人と結婚して、自力で一家を立ち上げるという手もあるわよ」
「せいぜい軍の下士官になれるかどうかでしょうし、今のところは考えてないわね」
意外とサシャ様はエリナ様との会話が弾んでいる。
「メイリンはもう決めている方はいるの?」
おっと、わたしに話が振られてきた。
「いえ、わたしのような平民は在学中に婚約者を決める余裕はありませんから。
少なくとも卒業後は自領で仕事について領主様に恩返しをしないといけませんし、もしかしたら領主様が相手を決められる可能性もありますので」
「あらあら、それでは行き遅れてしまうわ。平民は結婚が遅いと聞いたけど、本当なのね」
確かに貴族は結婚が早く、20歳までに結婚していなければ行き遅れといわれるらしい。
平民も家を継ぐ長男は早いが、普通に20歳過ぎまで結婚しない人も多い。次男以降は結婚すら怪しい場合もある。
“メイリンは好きな方はいないの?”
おや、あまりこういう話に関心のなさそうなレーリーが参戦してきた。
『勉強に忙しかったから、そういうのはちょっと考える暇がないかな』
“好きな人ができたら、早目に自分の気持ちを伝えたほうがいいですよ”
『レーリーには好きな人がいたの?』
“いましたが、気持ちを伝えることもなく相手もわたしも死んでしまったので”
おおっと、なんか暗い話になってしまった。
“気にしなくていいですよ。わたしは事情があって打ち明ける予定自体ありませんでしたから”
かえって気を使われてしまった。
ただ、その日の夕方の訓練がちょっと厳しく感じたのは気のせいだと思いたい。




