召還編その15
「おい、おまえの従魔をおれによこせ」
午前の授業がすべて終わったので、昼食を食べるために食堂へ行こうとしたところで、先生の忠告が理解できない馬鹿が話しかけてきた。
ちなみにアルドア様は朝の先生の話をきちんと理解したようで、その後は特に何かを言ってくる様子はない。
今、わたしに話しかけてきたのはこの国の第四皇子であらせられるシーベル・エリギナ殿下である。
皇族でかつ魔力も多く、成績もそれなりに優秀なのだが、なにしろ俺様気質の方である。
ほかの皇族の方々はあまり悪い噂は聞かないのだけど、身近にいる皇族がこれだと、ほかの方々もどうなんだろうと思ってしまう。
「申し訳ありませんが、従魔には相性があります。簡単に譲ることができないことは、授業でも学ばれていらっしゃるのではありませんか」
学園内では同じ教室で同じ授業を受けられるが、それでも皇族とわたしのような平民が平等になるわけではない。
とはいえ、皇族だからといってどんなことをしてもいいわけではないし、そもそも召喚士と従魔の関係については国の法律でも守られている。
つまりわたしが馬鹿の申し出を断ったとしても、問題にはならないのである。
とはいえ、そのような正論が理解できるならこんな馬鹿なことは言ってこないだろう。
「そうだ。だがお前が命令したなら、従魔に他人を守らせることができるだろう。その従魔に俺を守るよう命令すればいい」
確かに護衛任務などでそのように従魔に命令することもあるだろう。護衛任務なら。
「学生の身分で、従魔に護衛任務を命ずることは国法に違反することになります」
「別に細かいことはいいんだよ。とにかくその従魔をよこせ!」
さて、困ってしまった。
道理はこちらにあるとはいえ、相手は無理を押し通せる権力がある。
これが普通の従魔であれば言われた通りにしたうえで、先生に事後報告するという手もある。
しかしレーリーをこの馬鹿に一瞬でも渡したいとは思わないし、そもそもわたしはレーリーに命令できないのである。
“わたしをよこすように言われているのですか?”
おおっと、レーリーにばれてしまった。
『そうなのよ。本当ならこういうことはないんだけど、相手が皇族だから無理を押し通そうとしているのね』
“なぜわたしが欲しいのでしょうか”
そういわれればそうだ。珍しいとはいえ、強いかどうかまでは相手もわからないはず。
「なぜそこまでしてわたしの従魔を欲しがるのでしょうか」
「そんなことはどうでもいい。早くよこせ!」
ああ、やっぱり通じない。
イライラしてきたけど、といって無下に退けるわけにもいかない。
「シーベル君、なにをしているのですか」
タイミングよくカイル先生が顔を出してくれた……と思ったら、どうやらサシャ様が呼んできてくれたらしい。
「この庶民が俺に逆らうのだ」
「どう逆らったのです」
「……従魔を見せるように言ったが、見せようとしない」
さすがに他人の従魔を奪おうとしたことを先生に知られてはまずいことは理解しているようだ。
この学園は私立であるが、では誰が出資者かというと、皇家であり、皇帝が理事長である。
もう国立ということでもよい気がするが、国立の学校は庶民向けに別に存在しており、こちらは皇家のポケットマネーで運営されているらしい。
そういう学校なので、当然皇族も通うことも想定している。
もしも皇族が立場を乱用するような態度をとるなら、そのことは当然のことながら理事長でもある皇帝にもすぐに伝わることとなり、その皇族に対して厳しい処罰が下される決まりがある。
もちろんその皇族と皇帝がずぶずぶの関係にあれば意味をなさないが、今の陛下はそのあたり厳しいとの評判である。
おそらくシーベル殿下の態度を見るに、その評判は間違っていないのだろう。
「見せるも何も、そこにいるではありませんか」
カイル先生の指摘に、シーベル殿下は黙ってしまった。
それにしても見た目でいえば殿下の従魔のほうが強そうなのに、なぜそこまでわたしの従魔に拘るのだろう。
などと考えていたら、第二の馬鹿が現れた。
「シーベル様、襟巻はどうなりました?」
わたしたちの教室へそういいながら入ってきたのは、隣のクラスのエリナ・ジャナハン男爵令嬢だった。




