指名依頼編その11
メイリン視点
「レーリーとの従魔契約は切れていませんから、彼女は生きています!」
ハーマイン様経由で聞いたマサトの報告を聞いて腹が立ったが、同時にレーリーらしいとも思った。
「ただ、まだ戻らないということはなにか戻れない状況にあるということです! 急いで助けに行かせてください!」
レーリーであればそうそうそこらの魔獣に引けを取ることはないはずだが、さすがに物量に押されれば動けなくなる可能性もある。
「レーリーなら、こちらが助けに入れば逃げてくることはできます! 早く助けに行かせてください!」
わたしがそういっているのに、誰も動こうとしない。
「メイリン、確かにレーリーのことは心配だが、さすがに日が暮れてから森の中へ行くことは承諾しかねる」
「レーリーだってメイリンが危険な目に合うことを望みはしないだろう。せめて日が昇るまでは待て」
シーベル様とアルドア様がそう止めるが、わたしは納得できない。
「そんなに待てない! レーリーに何かあったらどうするのよ!」
そう叫んだ瞬間、急に眠気が襲ってきた。
エリナ視点
ふう、さすがに興奮しすぎていたようなので少し眠ってもらうことにしました。
メイリンが心配なのでしょう。後ろにいたナナコがメイリンを受け止めています。
わたしがナナコをなでると気持ちよさそうに目を細めました。
「エリナか。すまんな」
わたしが魔法で眠らせたことに気付いたシーベル様から礼を言われました。
「いいえ、メイリンはレーリーのことになると少し過剰な反応をすることがあるので、無理にでも止めないと前のように本当に一人で飛び出して行きかねませんから」
そう、以前ナナコが現れたときも、メイリンは森の奥に向かっていったレーリーを追いかけて飛び出して行きました。
二人が親しい関係にあるのはわかりますが、どちらかといえば冷静なタイプのメイリンがレーリーと離れるとあのように豹変するのが少しひっかかります。
とはいえ今はそれどころではありません。
「それでハーマイン、相手はどの程度の戦力かはわかったのか」
「マサトによるとレーリーが探知で確認したのはゴブリンが200体ほどで、探知範囲外にいる数にもよるけど300体くらいではないかといっていたそうだよ」
「300体か。かなり多いな」
シーベル様が考え込みます。
「『鼠の牙』の人たちを含めたとしても、俺たちだけで対処できる数じゃないぞ。いったん近くの傭兵ギルドへ戻って応援を頼んだ方がいい」
「ですがメイリンは納得しませんわよ。第一、レーリーたちのことを伏せて森の中に300体もの魔物が潜んでいるとどうやって説明いたしますの」
アルドア様の意見は手堅いですが、サシャの反論ももっともでしょう。
「確かに一度は森の調査が必要か……」
みゃあ
突然、ナナコがそんなかわいらしい声で鳴いたので驚きました。
何か言いたいのでしょうか。皆もナナコに注目しています。
「……いま、マサト経由でナナコが言ったことを通訳してもらったんだけど、ナナコがレーリーを助けるために頑張るといっているそうだよ」
ハーマイン様がそう、翻訳してくれました。
「そうか、確かにナナコが本気で戦えるならゴブリンの百匹や二百匹、物の数ではないだろうが……本当にナナコは実戦で戦えるのか?」
「いや、少なくともナナコが前向きになってくれるだけで敵はナナコを避けようとするだろうから、敵に囲まれる心配はなくなる。
そもそもナナコ相手では、ゴブリンの上位種がいたとしても傷つけることもできないだろう」
シーベル様とアルドア様がそのように相談し始めました。
「ここはやはり、一度調査名目で森へまず入ってみるべきではないでしょうか。なにしろわたしたちはそれが目的でここまで来ていますし、いくらレーリーが確認しているとはいえ、わたしたち自身が森に一度も入らずに引き上げると村人たちにも傭兵に対する不信感を植え付けかねません」
私からそう提案してみます。
「ううむ、確かにそこがあるんだよな。よし、危険だが慎重に森に入ろう。危なくなったらすぐに撤退する」
最終的にシーベル様がそう決定しました。
「シーベル様はやはりエリナの言葉はすぐ受け入れるわね」
打ち合わせを終えて女性グループの寝室へ戻るとサシャがそんなことをいってきました。
「別に私の言葉だからというわけではないと思いますよ」
「ですが、やはりエリナの提案が決め手になったと思うわ。
別に責めているんじゃないの。それだけシーベル様がエリナを大事に思っているということでしょうし」
そう言われてみると、確かにその通りかもしれません。
「家族は最小単位の組織と言われていますし、誰が決定権を持つにしても、ほかの人の意見を聞くか聞かないかでその組織の柔軟性や強靭さがわかると父は言っていました」
「それは私の父も似たようなことを言っていましたね。元が商家だからでしょうが、組織のトップが偉いのは他の人に支えられているからであり、支えてくれている人たちに敬意を払い、その声を疎かにしてはいけないとよく話していました」
「それで暴走されてはたまりませんけどね」
サシャがそういうのは、シーベル様がメイリンに喧嘩を売った時の話でしょう。
「そのあたりの手綱をしっかり握るのも妻の務めということですね。さあ、明日は忙しいでしょうから今日はもう寝ましょう」