序章
四方を門に囲まれた石造りの巨大な城塞。
その胸墻は強固で、何ものも受け付けないような威圧感を放っている。貴族や王族、騎士団のお偉いのみ立ち入ることができる都市の中枢であるため、構造的にも精神の面でも簡単には立ち入れないのである。
城壁の外には商人の街が密集しており、賑やかで流通も滞りなく行われていた。最近の街のブームは林檎をサクサクとした生地で包み、甘味液を浸して焼き上げたものであるようで、その『アップルケイク』なる言葉を屋台の者共が阿呆のように反復して叫んでいる。
商街の外には農村と平民の居住区が存在していて、私はそこでしがない機織りの職に就いている。明朝、6時ほどに起きて牛の乳液を喉に流し、小麦を固めて焼いたもの、『パン』を食用の山菜などと共に食べる。朝のルーティーンワークである。
二つ隣の家に住む隣人が育てた蚕の生糸、だいたい21デニールほどの柔らかい糸を、撚っては成形して....
延々と作業をこなして暮れに職を置き、固形の乳脂をパンにつけ、トマトを煮詰めたスープと咀嚼する。
毎日の楽しみ、酢で漬けたキウリをポリポリとつまむのも乙であって。
ふつふつと沸いた湯で体を洗い、綿の詰まった掛物を掛けて宵を越す。
すっかり慣れたもので、父親から受け継いだ己の技量は誇示するに与うると自負している。そうして出来た織物を週に一度、商人街に卸に来るのだ。
「11着、652rukeで買わせてもらうよ」
「毎度」
ruke,都市の通貨単位である。好物の酢漬けキウリが一本1.45ruke程であったろうか。
気紛れに酢漬けの...ピクルース、初耳の漬物を一本買ってみる。
味気のない生活であろう。
私をこの充足たらしめる要素は外面にはない。
姦淫も贅沢もせず真っ当に善行を行える理由こそが、神の恩寵なのだ。
神は我々を見ている。悪行を行えば裁きが降るのだ。裏を返せば...善行は神への供物。
神は供物に対し、恩寵を授ける。この縮図こそ、我が生なのだ。