第八話~技とは見て盗むもののようです~
僕の名前はライト。ライト・アーヴィンといいます。
僕は時々、変な夢を見るんです。
五歳になってから見るようになったんですが、自分のことを先導者なんて言っている胡散臭い人が、一方的に僕に語りかけてくる夢なんです。
その人は、僕の周囲で起こりうることを予測していて、その上で僕がするべき行動を教えてくれるんです。
そのお告げみたいなものは、現実で起こることを必ず的中させていて、時には僕の周りのピンチをも救ってくれました。だから僕は基本的にはそのお告げを信じて行動します。お母さんが体調を崩した時、お父さんが怪我をした時、僕は夢で言われたことを頼りに事前に対処しておくことで、事なきを得ていました。
夢のお告げでは、兄さんに関することは今まで何も言われることはありませんでした。
兄さんは凄いし強いし賢いので、何も心配することがないのでしょう。今では、兄さんはお父さんに剣術で勝ててしまうんじゃないかと思います。
僕は今日も夢でお告げを聞きました。
静謐の森には近づいてはならない。だそうです。とても簡潔なお告げでした。
静謐の森とは、僕らの住むタウム村の近くにある危ない森だそうです。たくさんの魔物がいて、村の人から入ることは禁止されています。
そんな森、お告げが無くとも近寄らないのに。
おっと、兄さんが外に行くみたいです。
お母さんとの用事は終わったみたいなので、僕は兄さんを追いかけます。
兄さんと一緒にいると、とても楽しいので。
「行ってきます」
僕は今日も、兄さんの後をついていきます。
× × ×
村を回るにあたって、最初は武器屋の息子であるイサクに、お父さんを紹介してもらった。
なんでもイサクの父は、武器屋を営んでいるにもかかわらず、武器を使わずに拳で戦う拳型の紋証の持ち主らしい。昔は名を馳せた拳術士だったのだとか。
拳術士というのは、前世での舞踏家という認識でいいのだろう。
拳型は己の身一つを武器として戦う為、身体能力を向上させる術が多く、俺も是非とも習得したい。
「というわけで、俺に拳術を教えてください!」
俺はイサクに案内してもらって、街の武器屋を構えているイサクの父に直談判した。
「おお!元気なやつだなぁ!だが拳術っつってもな、紋証がなきゃ使えないぞ?坊主はクラッドのとこの子だろ?なら使えても剣術か魔術だ。拳術は無理だな」
やっぱりだ。俺が型無しであることは知らないみたいだが、両親の持つ紋証以外の術は使えないと思っているみたいだ。
といっても、俺はアーヴィンを名乗らせてもらっているけど、俺はあの両親と血は繋がっていないから、クラッドの剣術やミレーヌの魔術以外の術も使えるのではないかと踏んでいるんだが。
「じゃあ、拳術を見せてよ!俺戦いに興味があるから、いろんな術を見てみたいんだ!」
これは紛れもない本心だ。本心だけど、もちろん狙いもある。
魔術以外の術には詠唱というものが必要ないので、魔術以外の術は一度見れば真似ができるのだ。見せてもらった時にさりげなくやる時のコツを聞けばきっとできる。
前世では、上手い人の業を真似るのは得意だったから、この世界の術という名の技も、真似れるだろう。
「……見せるくらいならいいか。こんな辺境の村の武器屋は暇だからな。子供の相手くらいしてやる」
だそうだ。
俺はまだこの村を出るつもりはないから、世界地図なるものをちゃんとは見たことない。だから、このタウム村がどれほど辺境なのかはわからないけど、人の少なさや、緑の多さ、近くに危険と言われている森があるのにそれを放置されていることから、国に属していても、田舎なんだろうなということは窺える。
クラッドも、こんな地の領主によくなったものだ。
まあ、今はそんなことはいい。
早く拳術を習得したい。
「ありがとう!俺もいつか村を出て、世界を旅したいんだ!だから、そういう術もあるんだと知っておくのもいいことだと思って」
「おお!坊主旅に出るのが夢なのか!若いってのはいいなぁ!」
夢というよりは、義務なんだけどね。楽しみでもあるからいいんだけど。
「じゃあおじさんお願い!」
「よーっし、ちゃんと見てろよ?」
イサクの父ザックさんはそう言うと、武器屋から出てきて俺の方をじっと見た。
そして。
……っ!?
五メートルは離れていたはずの場所にいたザックさんは、一瞬にして俺の目の前に現れた。
この世界に来てから、術というものをいくつか見てきたけど、一番驚いた。
これは瞬間移動か。いや、少し違う、目で追えない早さだっただけで、動き出しの動作は見えていたし、警戒していればもう少し見えていたはずだ。
しかし、今がもし実戦だったらおそらく俺は首を刎ねられていただろう。たとえ戦闘態勢に入っていたとしても次の攻撃の対処には確実に遅れていた。
「はっはっは!どうだ、驚いたか。今のは四級拳術【無空間】だ!俺が使える一番の拳術なんだぜ」
驚愕を張り付けた俺を見たザックさんは天狗になってニヤニヤと術の詳細を語っている。
……うん、驚いたよ。いきなり四級なんて使ってくるお前の馬鹿さ加減にな!
まあでも、凄い術だったことは事実だ。
魔術みたいな派手さはないけど、なにより実用的だ。一瞬にして間合いを詰める今の【無空間】に七級剣術の【加速斬】を組み合わせるだけで、戦術が成り立ってしまいそうだ。
「びっくりした!凄い凄い!どうやったの!」
子供の好奇心感を前面に押し出して、さりげなくコツを聞き出す。
「そうだなあ、まずは相手の観察だ。そして相手がこちらへの意識を少しでも逸らした時、こう、グッと足に力を込めて踏み出すんだ。相手の瞬きをするタイミングとかそういう隙を見つけてな」
……馬鹿には似合わない、巧妙なコツだった。
俺にそんなことできるかなあ。
俺には圧倒的に実戦経験が不足している。どうにかして経験を積まないとな。
俺は【無空間】を試してみる為に、ザックさんから距離をとる。
よく観察するんだったな。
「ん?どうした坊主、そんなじっと見て」
相手の隙を見つける、か。難しいな。
へらへらと自慢げに笑うザックさんだが、実はその姿に隙は見えない。
さすが、型有りというところか。
今は視ることに集中するんだ。隙を見逃すな。
ふぅっと息を吐いて呼吸を落ち着かせる。
大丈夫、俺ならできる。
ザックさんの瞬きのタイミングはおおよそつかんだ。
俺はザックさんの言う通りに、踏み込む足に魔力という名の力を込める。グッと足に力を込めて踏み出す、とは多分こういうことなのだろう。
魔力で、脚の筋力に補正を掛ける。
後はタイミングを見極め…………思い切り、踏み込むだけだっ!
直後、俺の身体は低い体勢のまま前方に跳んだ。
……って、やばいやばい!勢い余ってザックさんにぶつかる!
俺はなんとか身体の重心を斜め下に持っていき、体を捻ることで衝突を避けた。
そして、捻った体勢に逆らわずに足裏でブレーキをかけると、ちょうどザックさんの真後ろに立った。
失敗、だよな……。魔力の制御が難しいな。しかも実戦では相手をあんなに観察する時間はない。どうしたものか。
「おじさん、これ難しいね」
「……はっ!?」
ザックさんは驚き顔で俺のいる後ろを振り返った。
あれ?もしや成功?
× × ×
息子のイサクは、捻くれた性格をしているせいで、子供の少ないこのタウム村には友達がいないと思っていた。
だが、そんなイサクはついに友達を家に連れてきた。思わず少し感動しちまったよ。
イサクの友達は、アーヴィン領主であるラクッドの、双子の息子のあまり表立って出てこない、兄貴の方だった。
そんなイサクの友達は、俺に拳術を教えてくれと言ってきた。
アーヴィンとこの夫婦は、剣型と杖型だ。その子供が拳術を使える可能性はほぼ無いだろう。
それに、俺は双子の兄の方は、賢くはあるけど型無しだと聞いていたから、口には出さずとも、術を扱うのは無理だということは分かっていた。
それでも、初めてのイサクの友達だし、旅をすることが夢だと言っていたから、気分良くした俺はとっておきの拳術を見せてやろうと思った。
俺も昔は白亜の巨塔を目指して旅をしたこともあったしな。
「よーっし、ちゃんと見てろよ?」
俺は、イサクとその友達にかっこいいところを見せようと、四級拳術【無空間】を使った。
本当は俺じゃ実戦では使えない術なんだけどな。魔力の消費が激しすぎて一度使うだけでへとへとだ。
魔力の補助により、瞬く間にしてイサクの友達の目の前へと移動すると、突如現れた俺に気づいたイサクの友達は、一瞬警戒したように見えたが、次には目を丸くして驚いていた。
……この子供、今の俺の【無空間】に反応した、のか?一瞬の警戒に帯びた殺気は本物だったような……。
いや、まさかな。
こうして驚いているんだ、気のせいだろ。
「はっはっは!どうだ、驚いたか。今のは四級拳術【無空間】だ!俺が使える一番の拳術なんだぜ」
「びっくりした!凄い凄い!どうやったの!」
誰に褒められても嬉しいものだな。久々の称賛にニヤついちまうぜ。
「そうだなあ、まずは相手の観察だ。そして相手がこちらへの意識を少しでも逸らした時、こう、グッと足に力を込めて踏み出すんだ。相手の瞬きをするタイミングとかそういう隙を見つけてな」
俺がそう言ってやると、イサクの友達は俺のことをジッと見つめてきた。
ああ、真似をしようというのか。
「ん?どうした坊主、そんなじっと見て」
気づいていない真似でもしてやろう。そして、こっちに近づいてきたら、成功したとばかりに大袈裟に驚いてやるんだ。
やれやれ、子供の相手をするのも大変ってもんだ。
「おじさん、これ難しいね」
ん?真後ろから声?誰かが近づいてくる気配なんてしなかったけどな。
………………っておい、どうしてお前が俺の背後にいるんだ。
まさか、これは【無空間】でやったのか?
いや、しかし、【無空間】で背後に回るなんてことはできないし、術を発動させる初期動作が見えなかった。
それこそ、こんなの瞬間移動じゃねえか。
仮に今のが【無空間】だったとしても、初期動作すら見えない速度を出したとしたら、魔力枯渇に陥る程だ。拳術の頂点にいるあいつでさえも、そんな魔力の使い方は恐ろしくてできないと言っていた。
でも目の前のこいつはピンピンしてやがる。
この子供は、何をしたってんだ?母の血を受け継いで、杖型の瞬間移動に似た魔術でも使ったのか?
だが、詠唱は聞こえなかったしな……。
「お、おい坊主、今何をした……?」
俺は動揺の隠せていない声音で、そう訊いていた。