第五話~子供達は鍛錬をするようです~
翌日、俺とライトは村長さんの家へと招かれていた。
どうせ大人たちの集まりか何かで暇なのだろうと思って木刀を持ってきていたが、今日は珍しく俺とライトに用があるそうだった。
「あなたがリヒトとライトね!一緒に遊びましょ!」
そう言ったのは、天真爛漫といった金髪の眩しい女の子だった。ちょうど俺やライトと同い年くらいに見える。
「今日は父さんと村長は大事な用事があるんだ。だから、村長の家でサラちゃんと遊んでいなさい」
クラッドはそう言って村長さんとどこかへ行ってしまった。村の長と領主は何かと忙しい。その子供たちを一緒に遊ばせておくというのはよくあることなのだとか。もっとも、女の子は村長の孫らしいが。
残された子供三人。さて、何をしようか。
とりあえずは、自己紹介をすべきだろうか。
「俺はリヒト・アーヴィン。よろしくね、サラちゃん」
少ししっかりしすぎているだろうか?三歳児の振舞い方というのが、いまいちわからん。
「僕は、ライトです。サラさん、仲良くしてください」
うん、大丈夫そうだ。うちの次男は三歳児にして既に敬語をマスターしたみたいだからな。前世の俺よりもしっかりしていそうだ。
「そんなことはいいわ!早く遊びましょ!」
これが年相応の返答だろうか。
「ライト、俺は剣術で試したいことがあるから、サラのことを見ておいて」
俺はライトにそう耳打ちをした。色々と試したいこともあるしな。
「えぇ……。僕も鍛錬したいよ。兄さんに置いていかれたくない……」
その泣きそうな顔で訴えかけてこないでくれ……。
「わかった、じゃあサラも一緒に鍛錬しよう」
「何して遊ぶの?私も仲間に入れなさい!」
このサラとかいう子、凄い押しが強いタイプだな。俺が前世で苦手だったタイプの女性だ。
「じゃあ少し待ってて」
俺はそう言うと、村長の家の近くに落ちていた、太い木の枝を持ってきた。
「サラにはこれあげる」
その木の枝を渡そうとすると、サラはこれから何をするのか悟ったのか、俺が持ってきていた木刀を見て、
「私それがいい!」
なんて言いやがった。
「ダメだよこれは。危ないから」
「いーや!私もそれがいいの!私にもちょーだい!」
なんて我儘な子なんだ。三歳だから当たり前だと考えるべきなのか……?でもライトはこんなにもおとなしいし。いや、ライトが例外なんだろうけど。
「……はぁ、わかった。貸してあげるけど、危ないことしちゃダメだからね」
結局俺は押しの強い女に弱いんだろうな……。
俺の木刀を握りながら目を輝かせているサラを見ると、憎めない無邪気さがあった。
「えいっ!」
思っていると、途端にサラは俺に向かて木刀を振り回してきた。
クラッドに教わった身のこなしで難なくそれをかわすが、今の当たってたらたんこぶじゃ済まなかったぞ!
俺はすぐに木刀を取り上げた。
「ああ!返して返して!取っちゃいや!」
「人に振り回しちゃいけないの!わかった?」
「ぶー!」
可愛く頬を膨らましても駄目なものは駄目だ。
「もう没収です!」
「……返してっ…………」
泣いても無駄……だぞ……。くそぅ。
「わかった、わかったから泣かないで?もう人に向かって振り回さないって約束できるなら、返すから」
「うん、わかった」
本当にわかっているんだろうか。俺もまだまだ甘い。この子とのき合いが長くなったら、いつか尻にしかれることになりそうだな……。付き合い長いんだろうなぁ。村長と領主の子という関係なんだし。
えへへ、と笑うサラを見てると、やはり憎めないなと思った。
「よし、剣術の鍛錬を始めるよ」
三人は動きやすい格好に着替えて庭に出ていた。
俺の合図でライトは真剣な表情になり姿勢を正す。サラもライトの変わった雰囲気にあてられてか、真剣に俺の言葉に耳を傾けているようだ。
「ライトは俺の剣術を真似してやってみて。サラは木刀の重さに慣れるところからね」
簡単に指示を出す。
問題は、木の枝なんかで剣術が使えるのか、だよな。
俺は昨日の感覚を思い出しながら、手元に力を送るイメージをする。そして、いつもの素振りに、捻りを加えて、一気に振り切る。
――ドコンッ。
直後、俺の足元には昨日より深くて大きなクレーターができていた。
「おお……」
「すごい……」
自分で思わず驚く。ライトは感嘆の息を漏らしていた。
そしてサラは。
「何今の!すごいわ!私にも教えて!」
興味津々だった。
なるほど。昨日の剣術は不発だったみたいだ。
おそらく、生まれてから魔力を使わずにいたから、いきなり使っても魔力がちゃんとは流れてこなかったんだ。でも、昨日魔力を活性化させたことで、今日はスムーズに魔力を溜めることができたから、この威力になったと。そういうことか。
魔力の消費も昨日より感じてる。あと十回も打てば、魔力が切れそうだ。
しかも、木の枝だったからか、武器が魔力の干渉を受けにくく、魔力の効果を最大には発揮できていなかった。多分木刀でやっていたら、もっとすごい威力になっていたはずだ。
この世界の武器は、攻撃力だけでなく、魔力との相性も大切なのだろう。
「はーやーく!私にもそれを教えて!」
そんなサラの声で、我に返った。
「ああ、二人とも一緒にやってみようか」
大人のいないところでは、子供を演じる必要はないだろう。そう思って、先生になったつもりで二人に剣術を教えていった。
× × ×
「どうして私にはできないのよ!」
サラは嘆いていた。自分の無力さに。なんて言ったらかっこいいんだろうけど、単純にサラには剣の才能が無かった。
というか、サラは紋証を持っているのだろうか。サラの両手の甲は指先の切れた手袋に隠されているため、型無しか型有りかは判別できない。
「サラ」
「なによ?」
「その手袋取ってくれないか?」
素直にそう言ってみる。
「それはダメよ。叔父様に、誰にも見せちゃいけないって言われてるんだもん」
ということは、何かがあるのだろう。
珍しい紋証を持っていて、見つかれば悪い奴に攫われるとか、そういうことがあるのかもしれない。型有りといってもまだ三歳だ。大人がこぞって襲いかかれば、攫うのは容易だろう。
思ってみれば、俺とライトの鍛錬に、剣の才能は無いながらも体力的にはついてこれていることこそが、型有りである証拠ではないか。
サラについては、まだあまり詮索しない方がいいのかもしれない。
「兄さん。もっかい見せて」
ライトは真面目で熱心だ。おかけで俺の魔力ももう底が見えてきた。次で六回目のお手本だ。
周りには五つの大きな穴があった。
そうだな、次はありったけの魔力を込めてやてみるかな。衝撃波とか飛ばせるようになりたいし。
「兄さん……?」
「いいよ、ライト。ちゃんと見てるんだよ?」
「うんっ!」
ライトは将来きっと良い剣士になるんだろうな。その真面目さから騎士とかいけそう。この世界騎士が存在するのか知らないけど。
「よしっ」
イメージとしては、衝撃波だ。剣での攻撃ではなく、強い衝撃波を飛ばしての攻撃だ。
対象は視界の奥にある村長の家の倉庫。ここから十メートルはあるだろうから、届かないとは思うけど、イメージとしては、そういう遠くに離れた相手が対象。
体内に残っている魔力を全て手元の木の枝に集結させる。
魔力を殆ど使っているため、脚がふらつくが気にしない。
思い切り、振り切るだけだ。
「たぁぁぁぁあ!」
袈裟斬りをするように振り切る。
すると、俺のイメージしていたように、木の枝から魔力が放出されて、それが衝撃波となった。
木の枝は魔力の出力に耐えられずに粉々になってしまったが、衝撃波は成功だ。
後はどこまで飛距離があるか、だが……。
次の瞬間には、村長の家の倉庫は見るも無残に弾け飛んでいた。
その光景を見送ると、俺は立っている力も失い、その場で倒れて気絶した。
ライトの必死の叫びと、サラの鳴き声だけが、その場に残っていた。