第十二話~初めての模擬戦のようです~
翌日、俺は我慢ならず、二日酔いに苦しんでいるであろうクラッドを叩き起しに行った。
「父さん!起きて!鍛錬の時間だよ!」
「ううっ……」
とても気分が悪そうだ。飲み過ぎが悪い。
「今日は実戦形式の稽古をしてくれるんでしょ!」
「う、あ、あと三十分だけ……」
お前は月曜日の朝のサラリーマンか!
「早く起きないと母さんに……」
そう言いかけると、クラッドの目は唐突に見開かれた。
「はい、起きた起きた!」
この男は、妻に対してやましいことでもしているのだろうか。
鎌を掛けただけなのに。
「で?何をするんだっけ?」
「鍛錬だよ、稽古だよ」
「稽古だぁー?」
「昨日言ったじゃん、俺と一戦交えるかって。実践を考慮した稽古をするって」
後半のは脚色だけど。
「ええ。嫌だよ。ライトとやっていればいい」
「なんでよっ!」
話が違うじゃないか。酒の勢いだったとでも言うつもりか。……まあそうなんだろうけど。
「だって六歳の息子に負けたくないもん」
三十過ぎのおっさんが口を尖らしても何も可愛くないからな。
にしても、情けない理由だなあ。
「なら負けなければいいじゃん」
「そうは言うけどな?三十過ぎたあたりから、体の衰えを感じてきてるんだよ。だからなぁ」
次は言い訳ですか、負けた時への保険ですか。
「そっか、そんな逃げ腰なんだね。六歳の息子相手に。そんな姿見たらきっと母さんは愛想尽かしちゃうよなあ」
「……はあ。わかったわかった。やるよ、やればいいんだろ」
「ありがととうさん!」
母さんという単語に弱いクラッドだった。
「だけど、やるからには手加減しないぞ。怪我しても俺は知らないからな」
そんなの願ったりだ。
「もちろん。俺だって手加減はしないよ!」
「いやちょっとは手加減してくれ。せめて魔術は使わないでくれ」
この期に及んでまだそんなことをぬかすか!
一対一の接近戦で詠唱を必要とする魔術なんて端から使えないわ!
ということで、初のクラッドとの手合わせが実現した。
観客はライトとミレーヌ、それにサラとイサクまでいる。
サラが見ているとなると、俺も負けられないな……。これが男の意地というやつだろうか。
「ミレーヌ、リヒトが怪我したらすぐに手当してやってくれ」
「ええ、もちろん……」
ミレーヌは不安そうな顔をして成り行きを見守っている。
それにしても、あんなにも自信なさげにしていたのに、剣を持つと、もう俺に勝ったかのような態度か。
さすがは実力で領主になった男だ。
政治的な話はよくわからないが、クラッドは腕が立つのが理由で領主に任命されているらしい。あと一歩先の強さがあれば、王に仕える騎士になれたかもしれないという話だった。
そんな実力者との一騎打ちだ。何よりの経験になるだろう。
「使っていい武器はお互いの持つ木刀一本と己の身体だけだ」
「うん」
蹴ったり殴ったりもありということなのだろう。実戦形式なのだから。
「ライト、開始の合図を頼む」
「は、はい!」
緊張感がアーヴィン家の庭に張り詰める。
クラッドの研ぎ澄まされた集中力をヒシヒシと感じる。殺気とはまた少し違う、もっと鈍く重い気がクラッドを支配しているのがわかる。
すごい威圧感だ。その気にあてられただけでたじろいでしまいそうになる。
数秒の沈黙。そして。
「開始!」
簡潔な始まりの合図が、ライトの口から発せられた。
俺はすぐに動き出す。
様子見に徹すると思っていたクラッドは、予想通りに俺の動きを見ている。
ならば、見切れない速さで動けばいいだけだ。
先手必勝。
四級拳術の【無空間】で人外の速度をもって一気に間合いを詰める。
そして間合いに入った瞬間に、七級剣術の【加速斬】の一撃で仕留める!
おそらくこの世界で俺にしかできない戦法。
二つの型の合わせ技だ。
しかし。
「はあっ!」
剣先がクラッドの腰に届くかという瞬間、死角からクラッドの剣戟が飛んできた。
それを対処するために咄嗟に防御に回る。
コボルトの件でレベルが上がってなかったら、反応できなかっただろう攻撃だった。
寸前のところで受け流し、もう一度距離をとる。
「驚いたな、【無空間】か。姿が全然見えなかった」
驚いたのはこっちの方だ。なぜ反応できたんだ。
「見えてないのに反応できた理由は簡単だ。姿を目で追えなくても、リヒトの気は追えた。俺に攻撃することに躊躇している気だな。それを読めたから対応ができた。リヒトは、技量は一流だが、戦いは初心者そのものだ」
俺が最近思い悩んでいることを一言で言い切ってきた。
「まあ、俺はそこまでの術を使える人間をほとんど知らないし、そんなやつへの決定打をしらない。だけどな、俺の勝ちだ」
クラッドはそう宣言すると、木刀を地面に置いた。
「さあ、かかってこい」
その後の俺は惨めだったに違いない。
クラッドは家かライトやミレーヌを背にするので、俺が使える術の中で一番の攻撃力を誇る三級剣術【断空斬】は使えない。かわされたらクラッドの後ろにいるものが危ないし、といってもあの術を生身で受けたらクラッドが危ない。そんな思考の甘さが俺の攻撃を制限した。
結局、俺の攻撃は丸腰のクラッドに一度も当たらないまま、攻撃にも回避にも【無空間】を乱用し続けた結果、魔力が枯渇し、疲労の余りその場に倒れ伏した。
「リヒトは俺の術の腕を大きく上回っている。だけど、単純な剣の腕には差がありすぎる。術に頼りすぎだ。もっと素の力を身につけろ」
そう言い残し、クラッドは家の中に戻っていった。
……悔しい。
自信があったから、尚更悔しかった。
この自信も、自分の力に溺れていただけなのかもな。
今の俺は、宝の持ち腐れなんだ。
神様から授かった特典に、器用な体。だけどそれを使いこなせない自分。
もっと強くならなくちゃ。
今に満足することなく。
× × ×
昨日のクラッドとの一戦で課題は見えた。
それは大きく分けて二つあった。
一つ目は術を使わない戦い方を身につけることだ。
これは昨日クラッドから指摘を受けていたものである。
間違いなく必要なことだろう。
二つ目は戦術の増幅だ。
俺はいろいろな型の術を使える。なのに戦い方は少ない。
もっと様々な術を習得し、誰にも読まれない戦い方を身につけるべきだと考えた。
何と言っても、俺が使える術は、七級剣術の【加速斬】、三級剣術の【断空斬】、四級拳術の【無空間】、そして昨日の戦いでは使えなかった三級風属性魔術の【スラシュゲイト】だけだ。すべて偶然できるようになった感が強い。
俺はもっと様々な種類の術を習得すべきだ。
せっかく、村の人から様々な型の話も聞いたんだし。
「兄さん」
「お、なんだライト」
ライトが改まって何か言いたそうにしている。
「あの……」
「どうしたどうした。言ってみなよ」
「えっと、僕とも手合わせしてほしいなって」
ということで、俺はライトと手合わせする代わりに、その戦いの中で色々な戦法を編み出すことにした。
ちなみに、ライトとの手合わせ中、俺だけ術の使用は禁止。
ライトは対等じゃないからとムッとしていたが、俺が理由を話すと納得してくれたようだった。
こうして俺とライトは二人で切磋琢磨していった。
よくイサクが参加することもあったが、その時は普通の鍛錬にした。
それにしても、クラッドが鍛錬に参加することが減ったな……。




