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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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あの未来までにどんな歴史を積み上げるのだろう

「魔王大祭が行われたのが、もう百年も前の事なのでありますねぇ」

 そう言ってパルシオネは、しみじみとタヌキの顔をうなづかせる。

「その当時は、まさかこんなものを作ることになるとは夢にも思わなかったでありますねー」

 パルシオネがつぶやきながら目を向けた「こんなもの」とは、大きな建物だ。

 ちょっとした城の居住棟のようにも見えるほどに大きな、石造りの建物。

 だが丁寧に組み上げられた石の色合いは柔らかで、持ち主の威ではなく、むしろ広く迎え入れる懐の深さを示しているよう。

「……まあ、作ったと言っても、わたしの権でのモノではないのでありますが……」

 パルシオネがつぶやき、目を向けた先にはまた別の大きな城がある。

 それはこの一帯を預かっている、公爵の持ち物である。

 パルシオネが前にしている建物は、この城に住まう公爵が命令して作らせたものなのだ。

 いわば、公爵城の一部である。

「さてさて、本来の持ち主うんぬんはさておき、お客様を迎える前にもう一度点検であります」

 自分に言い聞かせるように口に出して、パルシオネは優美な彫刻の施された扉を開いて中に入る。

 するとまず広々としたホールに迎えられる。

 象牙色の壁や柱に、要所要所に深いブラウンを添えた色合いは穏やかで上品にまとまっている。

「うーん。やはりいいでありますねぇ。派手好きな方には物足りないと言われるかもでありますが、わたしはやはりこういう落ち着いた雰囲気が好みであります」

 鼻からも雰囲気を味わおうとしてか、ぷんすぷんすと鼻息激しく、ムジナ女のデヴィルはホールを歩いていく。

 そうして向かった先に飾られているのは一振りの剣だ。

 数千年以上も昔の、古い古い形式の拵えであるが、魔力をおびて、今なお燦然と刃を輝かせる魔剣である。

 刀身を支える飾り台の背後には、この魔剣が背負い伝える魔族の偉業が、絵物語として描かれてある。

 そして台座部分はこの魔剣の銘と、逸話を端的に伝える解説を添えた鑑定書を彫り写したものとなっている。

 百年前の魔王大祭にて、大公の一人が開き、パルシオネも見に行っていた武具展を思わせる展示である。

 実際参考にしたのはその通り。だがこうして飾られているのは魔剣ばかりではない。

 色の褪せた古い壺。

 形式は古いものの、輝きを失っていない宝飾品。

 腕や角が折れて失われながらも、しかしモデルの力強さと美しさを伝える彫刻。

 魔術の仕掛けが施された浮き彫りの板。

 永久の氷に閉ざされたかのような氷像。

 特に広大な広間には、現在見られない形の角をした竜の、ほぼ全身の骨格まで。

 そのような、魔力の有無を問わず、歴史ある品々がそこかしこに展示されているのである。

 この建物はパルシオネがこれまで蒐集した品々を納め、展示する特殊な形式の宝物庫なのである。

 もちろん部屋のひとつには歴史的な手記や、古書を納めた書庫もあり、パルシオネの特殊魔術による写本に限ってではあるが、閲覧できるようにもなっている。

「こんな建物まで用意していただけて、旦那様には感謝ばかりでありますよ」

 そんな自分の趣味を詰め込んだ建物にあって、パルシオネはもうご満悦である。

 だが見学自由に開放した宝物庫とはいえ、好きこのんで訪れる魔族などそうそういるものではないように思える。

 魔族は基本的に道具、特に武具への関心が薄い。

 そして過去は事例、記録として参照はしても、それそのものを楽しむような感性の持ち主はまずいない。

 しかし、それはそれで構わない。

 この展示宝物庫は、そもそもがパルシオネの歴史研究の成果を収めるためのものであり、また研究に集中するための場所である。

 見学できるように展示してあるのは、単純にパルシオネの趣味であり、見物客を求めての事ではない。

 しかし、興味を持って見てもらえるのならば、それに越したことはない。そう思っているのも偽りない本音ではあるが。

「それにしても、大公閣下が直々に訪ねてこられることになるとは、まさかでありますよ」

 そんな個人的な建物へ訪れようとしているお客様に、パルシオネ緊張に笑みを強張らせる。

「いやまあ、良い趣味をなさってるあのお方なら、興味を持たれても何もおかしくは無いでありますけども。<奪爵>ゲームのお相手も、何度かさせていただいたでありますけれども……き、緊張するものは緊張するであります!」

 きちんと知り合ってから何度も顔を合わせてはいる。

 だが、圧倒的な上位者である大公が、自分の趣味全開の空間に訪れようとしているというのは、どうしても緊張するものである。

「……とにかく、無作法の無いように! 多少のところはお許しいただけるでありますでしょうが、甘えきってはおれんでありますよ!」

 パルシオネはそう言ってタヌキ顔をアナグマの肉球でサンドイッチ。気合の熱で強張った体を無理やりに溶かし解しにかかる。

「張り切っているところ申し訳ないのですが……」

「うひゃおぅッ!?」

 そこへ不意打ちにかけられた声に、パルシオネは毛を逆立たせて飛び跳ねる。

「な、なんでありますかッ!?」

「いえ、旦那様の竜が大公閣下を連れて飛んできておりますので……」

「も、もうそんな時分でありましたかッ!?」

 公爵城勤めで、この開放宝物庫の清掃、管理を任されているトカゲ顔からの報告を受けて、パルシオネは点検を手早く切り上げ、迎えに出る。

 すると、ちょうど展示宝物庫の前に、大公と公爵の操るそれぞれの竜が舞い降りようとしている所であった。

 その羽ばたきが巻き起こす風を術式で受け流しながら、降りてくる二人へ敬礼を向ける。

「やあ。出迎えご苦労様、パルシオネ」

 竜から降りるなり、気安い労いの言葉をかけるのは、赤茶の髪をしたデーモンの男だ。

「いえいえ、苦労だなどとトンでもないでありますよ。フェブルウス公爵」

 そう。スラリとしまった長身を軍服に包んだ赤茶髪のデーモンは、他でもない成人したフェブルウスである。

 その腰には、邪竜の瞳をはめて完全になったガンナググルズを佩びている。

「もーやだなー。公爵、だなんて。夫の呼び方じゃないよね?」

「いや、それはそうでありますけれども。でもお仕えしてる大公閣下の前でありますよ? それに、わたしはただの無爵でありますし」

 二人が言ったとおり、パルシオネはフェブルウスに妻として迎え入れられている。

 それも成人直後に、卒業試験と称した戦いで爵位と一緒に身柄をもかっさらわれる形で、である。

 それからほどなく、フェブルウスはこの大公領で公爵の位を奪爵。娶ったパルシオネと共に移ってきたというわけである。

 なお、パルシオネはフェブルウスに爵位を奪われて以来、男爵位を得ようともせずに無爵の地位に甘んじている。

「ただの無爵位ってなに言ってるの。その気になれば伯爵位くらいは取れますよ……って修練所で見せてたのに」

「いやいやいや、あれはまぐれでありますよー。あの時はたまたま伯爵に空きが無かったので授かれませんでしたが。もう一度やって上手くいくかどうかは分からないでありますね。いやー残念でありますよー」

 わざとらしくすっとぼけてみせるように、パルシオネもただ無爵位でいるはずもなく、狙われるような地位に就くことは避けつつ、周囲への釘刺しになるようなアピールは忘れていない。

「あー……種族違いでも仲睦まじいのはもう分かったから、そろそろ中に案内してもらいたいんだが?」

 そこでかけられた一言に、デーモンとデヴィルの夫婦は慌てて姿勢を正す。

「し、失礼しました! どうぞこちらへ!」

 パルシオネが急ぎに取り繕って展示宝物庫へと招くと、金髪に赤金の瞳をしたデーモン美男子は気を取り直して、とばかりにうなづく。

「フェブルウスから、パルシオネのためにこんものを作らせてるって聞かされて、出来上がりを楽しみにしてたんだよね」

「いやー……閣下にそうまで言っていただけて、光栄でありますよ……って!?」

 案内役として先導しようとしたところで、パルシオネはふと大公が剣と一緒に腰に下げているモノに目を止める。

 魔獣革のベルトで留められたそれは、ワニにウシといったいくつもの獣の革を継ぎ接ぎにした装丁の書物。「死に至る甘き夢」であった。

 読み手を「もしも」の世界に閉じ込め、死に至らしめる危険から、禁書として厳重に封印したはずの魔本である。

 パルシオネが魔王領を離れたことで封印を解かれたのか。

 否、いかに書物に関心が薄い魔族とはいえ、危険な力を秘めていると知れているものを雑に扱うほど杜撰ではないはず。

 さらに赤金薔薇紋章の大公が、本を武器のように腰に帯びるはずもない。

 この事から導かれる答えはひとつ。

「死に至る甘き夢から抜け出なくてはッ!!」

 叫び、大公が下げた魔本を掴むパルシオネ。すると案の定、パルシオネの周囲の景色がねじれて歪む。

 そして正しく戻った景色の中でパルシオネは、眠り倒れる同僚たちの中で、魔本を両の肉球で固く挟み込んでいたのであった。

「お、思い出したであります……引っ越しの最中の手違いかなにか、あり得ないところにこの本があって、中身を確かめようと開こうとしたのを止めに入ったのでありました」

 甘き夢の残り香を払おうと、パルシオネは頭をふりふり、現実の記憶を口に出して振り返る。

「あり得ない……と言えば、封を解かれて棚に納まっていたような?」

 そして書を開いたのも、見覚えのない人物であったように、パルシオネは思い出す。

「……たしかワニの頭に、ウシの胴……手足はヒツジのモコモコ……」

 うすぼんやりとした記憶をたどり、それはどんな人物だったかと特徴を並べていく。

 だが、そんなデヴィルは倒れた者たちの中にはいない。

 むしろその特徴に合致するのは、パルシオネが肉球で挟んで捕まえている魔本の方であった。

 つまり、本を開いたあのデヴィルは、魔本の元にされた魔族だということに――。

「い、いやいや!? まさか、まさかでありますよ! 魔武具、魔道具の意思を否定するつもりはないでありますが、しかしこれは……」

 下手をすると、生半可な封印では自力で出てくるまである。

 この想像に、パルシオネは総毛立って身震いする。

 封じても無駄かもしれない。

 その想像は恐ろしいことであるが、しかしみすみすと野放しにすることは出来ず、パルシオネは厳重に厳重に魔本に封印を重ねていく。

「あのような素晴らしい未来があるかも、というのを見せてもらえたのは感謝するでありますが、あれにたどり着くためにも安全第一に……! そのためにも、手心は加えられないであります!」

 そうして、申し訳なさをにじませた言葉と共に完成した封印は、閉じ込めた魔本から倍以上の厚さになってしまっている。

「さて、あの望ましい未来に至っても恥をかかぬように、歴史研究にはまい進するでありますよ!」

 そんな魔本の封印を前にして、パルシオネはたどり着けるかもしれない未来へ向けて決意を新たにするのであった。

突然ですが、今回のお話で歴女デヴィルの研究レポートを締めとさせていただこうと思います。

一応は前回の話を着地点として考えていたのですが、いざ書いてみるとどうも収まりが良くないと感じましたので、今回の話を一つ。とさせていただきました。


今回までお付き合いくださり、ありがとうございました!

そして二次創作を快諾してくださった原作者の古酒さん、改めましてありがとうございました!

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