興味深い不正の方法とそれが成立する理由についての推論
魔王城西の宮の下に位置する官僚区。
土台である丘の中にありながら、平野にあるがごときその区画にある公文書館。
その職員であるパルシオネは、本日数多ある資料の中に、ある記録を求めて探し回っていた。
その文献記録、資料とは、先日魔王の元に届けられた、ある不正についてのものである。
「別のモノに倒させた、トドメを刺させた場合に紋章の下るところはドコになるのか……で、ありますか。実に興味深い話であります」
魔族にとって、地位を上げて身を立てるには、力でその地位の持ち主を打ち倒すか。あるいは高位の者に気に入られるか。それに今後は、修練所にて空きのある地位にふさわしい力があると示すか。この三つしかない。
しかし数日前、大公の地位を奪おうと謀り、滅ぼされた侯爵は、それまでの地位も異空間に閉じ込めていた強大な怪物によって奪っていたことが分かったのだ。
「少なくとも正式に地位を得ていたということは、紋章はきちんと下っていたわけでありますね。いやはや考えもしなかった方法であります」
パルシオネに限らず、他の魔族が考えもしなかったのも無理はない。
地位はそれにふさわしい力でもって得るのが魔族にとっての常識である。
「おそらくは、召喚魔術で呼び出した魔獣がトドメを刺してしまった場合に、同じように召喚魔術の使い手に紋章が下るのでありますでしょうが……一緒にしては召喚魔術の使い手に対する無礼でありますね」
そもそも召喚魔術の使い手も、魔獣が直に爵位持ちの魔族を打ち倒すことを期待して喚び出しはしないだろう。
付け加えて、魔族を殺害できるほどの強力な魔獣を召喚し、従えられるのだとしたら、それはそれで相応の力を備えていることになる。
ただ空間魔術で魔獣を閉じ込めて、標的をそこに送り込むだけなのとは根本からして違うのだ。
「それにしても、さすがは赤金の薔薇の大公閣下であります。ロリコン候とその孫を、不正小細工などものともせずに打ち滅ぼされてしまうとは。凄まじきことであります」
パルシオネはそうつぶやいて、深まる敬意に従って敬礼の姿勢を取る。
そう。この不正侯爵の行いを報告したのは、謀を仕掛けられた赤金薔薇紋章の大公自身であった。
数多の軍団長もろともにネズミ大公を滅ぼし、さらに争奪戦でその力を示して無情大公と恐れられ称えられるようになった赤金薔薇紋章の大公。
彼の大公を相手に、不正侯爵とその孫の行いはいささか無謀が過ぎる。と、パルシオネは思う。
が、そのおかげでこれ以上不正な奪爵の犠牲者が出ることは無くなったのだから、喜ばしいことである。
「……それにしても、無情大公の異名はいささか言い過ぎな気がするでありますが」
無情大公への敬意を深めていたパルシオネは、そのいかにも冷徹で恐ろしげな呼び名に苦笑を浮かべる。
配下に無茶な命令をしたとの噂もまるで聞かないし、異種族を毛嫌いして周囲に無体な仕打ちを強いたという話もない。
身に秘めた強大な魔力を強調するように、更地を作った逸話はあるにはあるが、そのどれも敵に対してのこと。
その強さを称えこそすれ、ことさらに残虐残忍な行いだとするようなものでもない。
「歴史を紐解けば、あのお方よりもよほど無情な行いを重ねてきた大公閣下などいくらでもいらっしゃるのでありますのに……」
パルシオネが苦笑交じりにつぶやくように、情けのかけらもない大物魔族は数えきれないほど存在する。
彼らに比べれば、赤金の薔薇紋章の大公は穏やかなもの。
むしろ過去に「無情」の二つ名を冠していた者たちからすれば一緒にするなと言われてしまうかもしれない。
「やはりわたしとしては……技巧大公とか、魔剣大公、佩剣が増えたら双剣の……なんて呼び名の方が、彼の方にはよほどふさわしく思えるのでありますがねー……」
しかし、誰もがパルシオネのように歴史に詳しいわけでもない。
その強さと、敵対者に対する容赦の無さ。とにかく強く目を引くその点に対する畏敬が先行しての異名なのだろう。
「それとも案外に「情」を交わしている相手が見え「無」いから……というところもあるのかもしれないでありますね」
パルシオネはそんな思い付きに、ひとりで自画自賛の笑みをこぼす。
確実確定な浮いた話が無く、魔族としては異常なまでに身持ちの堅い無情大公である。
が、まさか本当にそんな意味を含ませて呼んでいる命知らずなど、居はしないだろう。
「おっと……いけないいけない。資料探しに集中しなくては、でありますよ」
そんな風に無情大公について思いを巡らせていたパルシオネであったが、頬を肉球で挟み込むように打ち、仕事に意識を向け直す。
「……さてさて、さっきの召喚魔術でうんぬんは、どれかで見かけた覚えがあるのでありますよねー……ど・の・文献・で・あ・り・ま・し・た・か……っと」
パルシオネは文献資料の背表紙に爪を向けつつ、おおよそのあたりをつけた辺りを探っていく。
「ああ、演習録のこれと、これ……あとはこの騎獣試合の本に……他には、たしかこの戯曲たちにもそれらしいのがあったでありますかね」
そうして記憶を頼りに、次々と関連記述を含んだ書籍を本棚から抜き取り抱えていく。
勢いのまま取り出し集めていくと、やがて抱えて運ぶに億劫な量に。
そうなったらば、パルシオネは術式で作り上げた不可視の本棚に納めて、また必要だと判断した書物を手に取る。
「さて、と……珍しい事例でありますから、文献自体も多くはないでありますね」
多くはない。と言いながら、見えない棚まで使って集めた書物は、机の上にちょっとした塔を作り上げている。
その天辺の一冊、真っ先に手に取った演習録から、パルシオネは求める情報を探し出しにかかる。
「ああ。やっぱりこの本で当たりであります」
目当ての記述。その出だしを見つけたパルシオネは、自分の記憶が正しかったことに安堵の息を吐く。
「らんと……ンンッ! もとい実戦を想定した激突の中、伯爵の召喚した大型魔獣が傷つき倒れていた無爵位たちを踏み潰し、噛み殺している。後の調査で死亡した無爵たちの紋章は、魔獣を召喚していた伯爵に下っていたことが分かった、と……」
演習中に起きた事故と、その結末。
それをパルシオネは別の紙面にメモする。
「なるほどなるほど。深傷を負っていれば召喚された魔獣によって殺害されることもあり得るでありますし、そうなると紋章がこのように下るのはやはり、でありますね」
無爵とはいえ魔族。肉体的だけでも人間とは比べ物にならないほどに強靭、頑健である。
だが、一対一ではまず遅れをとることのないだろう魔獣相手であっても、重傷を負って動けずにいるところを食いつかれれば、命を落とすことは大いにあり得る。
「こちらの趣味で騎獣での戦闘をさせていたお方の記録によりますと、致命傷を負って地に落ちたところを魔獣の足がトドメとなった事例もあるでありますし」
だがそちらの場合には、試合相手に紋章が下っていない。と、文献にはある。
「こう見ると、やはり決め手になるのは召喚の魔術のようでありますね。命を奪った魔獣は召喚主と魔術によって支配というつながりがあるわけでありますから、紋章が召喚主に下るのも自然でありますね」
そうそうあり得る話ではないが、魔族以外が魔族を殺害したところで、その紋章を得られる筈もない。
騎獣試合の例のように、あったとしても普通であれば何物にも捕らわれることなく消滅するだけだろう。が、魔族と魔術的なつながりを持つモノによる殺害であれば、つながった魔族に紋章が下るというのも考えられる話である。
「それにしても、不正で侯爵にまで至っていたということは、少なくとも侯爵位の持ち主を殺害できる巨大魔獣だったということでありますよね? 冷静に考えると恐ろしい話であります」
無情大公が異空間で相手取ったという巨大魔獣の存在について考えて、パルシオネはその恐ろしさに身震いする。
自分を殺害できるだろう力を持った、言葉を交わすこともできない怪物である。恐ろしいと思わない方がどうかしている。
勉強・研究熱心で、それなりに知識を蓄えているとパルシオネは自負している。だがそんな怪物の存在は初耳で、世界の広さと奥深さにもおののくばかりである。
幸いなことは、すでに不正大公と同じく、利用されていた怪物もすでに抹殺されていることだ。
もっとも、不正侯爵が異空間に閉じ込めていた怪物がその最後の一匹とも限らないのであるが。
「ふむ? しかしそうなるとおかしいところがあるでありますね」
と、そこでパルシオネは違和感に首を傾げる。
「不正侯爵は自分の特殊魔術で異空間に閉じ込めていただけで、支配していたわけではないでありますよね?」
自分自身に改めて確認を取るように一人つぶやき、首を逆に捻る。
無情大公が得ていた情報によれば、不正侯爵もその孫も、命からがらに巨大魔獣から逃れた、あるいは空間魔術の中に閉じ込めたかしたのだと言う。
つまり、不正侯爵と怪物の間に魔術的な繋がりは無いということである。
これはやはり召喚魔獣によるものとは話が違ってくる。
「いや、赤金の薔薇の閣下の報告には、不正侯爵の作った異空間に送り込まれて、ということでありましたね。つまり、空間そのものが不正侯爵の魔術的な支配下にあった、と考えれば……」
つまりは呼び出すか、送るか、その違いでしかないと言うこと。
その推論に至ったパルシオネは魔術まで使ってペンを走らせて、自分の考えを紙面に書き出していく。
「……うん。こんなところでありますか」
文献資料と証言。そこから考えうる仕組みをまとめた資料に目を通して、パルシオネはうなづく。
証言と資料の外は推測推論の塊であるが、使い手本人が死人に口無しな状態である以上、確実な情報はまとめようがないので仕方がないところでは、ある。
これ以上詳細な情報を得るには、不正侯爵と同じ型の特殊魔術の使い手を見つけるしかない。
だが――
「まあなんにせよ、この手段は滅ぼされた侯爵とほぼ同じ空間系の特殊魔術の持ち主が、有爵者を殺せる怪物と出会って捕獲できない限りは、再発のしようがないのでありますが」
このような具合に、どれほどの期間を置けば再現されるのか分かったものではない。
こうしてパルシオネ著「召喚された魔獣などによる紋章下りにおける推論」は、魔王に提出された後に公文書館に資料として納められることとなったのであった。
「それはそれとして、「凡俗の司書」殿からの手紙がまた届くようになって嬉しい限りであります。大祭の途中やここしばらく、お返事が遅れることがあったでありますからね」
しかしパルシオネはそれはさておきと、文通友達からの返事が普段よりも遅れながらも無事に届いたことを喜ぶのであった。




