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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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史上初の試みに、いくら試してもやりすぎということはない

「いやあ……楽しかったでありますねえー先輩」

「そうねぇーパルちゃん」

 ふんにゃりと笑顔をかわしあうのは、魔王城公文書館に勤めるデーモン先輩とデヴィル後輩である。

「そうだね。お祭り楽しかったよね」

 そう言うのはデーモン先輩であるクレタレアの末の子であり長男であるフェブルウスである。

「で、ありますね。百一日にも渡って続いたお祭りでありましたが、楽しかったでありますね」

 今上魔王在位三百年を記念し、祝う大祭は先日閉幕を迎えた。

 デーモンデヴィルの二種族総員を上げての祭りが終わった今、魔族たちは普段通りの日々に戻っていた。

 それはもちろんパルシオネとクレタレアも例外ではなく、大祭中に新調されたものではあるが、公文書館での業務に勤しんでいる。

 もっとも、書に寄り付く魔族はそう多くはないので、談笑する余裕はあるのであるが。

「最後の魔王様対弟君と大祭主様の戦いも見応えがあって素晴らしいものでありました……いやー。さすが陛下粋な計らいでありました」

「ねー」

 最終日に披露された戦いを思い出して、パルシオネがにんまりとうなづく。するとそれにフェブルウスも倣うように同意する。

 大公、それも上位陣二人がかりでも全く歯が立たない領域の強さ。自分たちが王と頂く存在の圧倒的なまでの力はまさに雲の上の、天に輝く太陽のごとき輝かしさを持っていた。

「うん。お祭りも確かに楽しかったわよね。でもね、いまパルちゃんと話してたのはつい昨日あったことの話なのよ」

「きのうの? 何があったの?」

 そうしてパルシオネとフェブルウスは祭りを振り返っていた。が、そうではないという母親の言葉に、フェブルウスは柔らかな赤茶色の髪を揺らして首を傾げる。

「昨日はね。修練所の視察に、発案者である大祭主をされていた大公閣下がいらしたのよ」

「そうなんだ!? あの大公さまがッ!?」

「ええ。視察にいらっしゃったのよ」

 驚く息子に、クレタレアは微笑みうなづく。

「私たちも……特にパルちゃんが未成年や無爵者向けの仕掛けに頼られて会議に参加していたから、ちょうど出くわすことになったのよ」

 鍛練と実力を計る新たな試みである修練所。

その運営のために担当者たちによる話し合いの会議が連日設けられている。そこへ昨日、たまたま魔王城を訪れていた赤金薔薇紋の大公が会議のことを聞きつけて加わられたのだ。

 発案者を交えての話し合いはおおいに盛り上がり、ああでもないこうでもないと、見取り図と照らし合わせた上で何をどう仕掛けるのかという話で溢れ返った。

「と言っても、わたしは自分の発案した仕掛けについて先輩に補足していたくらいで、大公閣下からは大勢いたデヴィルの一部くらいにしか思われなかったでありますでしょうが」

「そんなことないわ。私がパルちゃんにお任せしてた子ども向けの仕掛けの計画は良くできてるものだって誉めてたもの」

「でも、もっと全体的に難しくしてもいいんじゃないか、とも言われてしまったでありますから……」

 パルシオネは知っている未成年者、無爵位の実力から考えて、適度な難易度でまとめたつもりであった。が、もともとの素質の違いか、赤金の美男子から見ると簡単すぎるようであった。

 未成年にとっては遊びになっても、あくまでも主目的は鍛練である。頑健丈夫な魔族の子どもの鍛練には、多少の怪我は気にしないくらいがいい塩梅なのではないか。欠損さえしない程度なら、気にするほどでもないのではないか、と。

「たしかにそう仰っていたけれど、私はそこまで簡単でもないと思うのだけれど……あらかじめ知ってないと難しいような、その場での判断力を試される仕掛けが多いし」

「ありがとうであります、先輩。でも、実はそのあたりも反省材料なんでありますよね。繰り返し挑んだり、知ってる者から聞いてしまえば、簡単に抜けれるような形になってしまっているでありますから」

「それは……たしかにそうかもしれないわねー……知ってれば備えられるっていうのは、どれでもだもの」

 クレタレアの言葉に感謝をのべながらも、しかしパルシオネは自分の企画したものの欠陥からは目を背けない。

「でもパルちゃんが考えたしかけかー。おもしろそうだなー。はやくやってみたいなー」

 頭を捻るパルシオネとクレタレアの横で、フェブルウスはただ無邪気に修練所が開かれるのを楽しみに目を輝かせている。

「そんなに楽しみにしてもらえると、手を抜けないでありますね」

 パルシオネはそんなフェブルウスの頭に肉球を弾ませる。が、ふとそこで電撃の術式でも直撃したかのように背筋を伸ばす。

「そうであります! 出来上がって、実際に解放する前に、お試しでやってもらうべきでありますよ!」

「それは、修練所担当の中から何人か選べばいいんじゃないかしら?」

「いや、それとは別に、でありますよ。設営に関わった者なら、全部じゃなくても仕込みを知ってる訳でありますし、それにやっぱり未成年向けのところには実際に未成年の意見があるべきであります!」

 そこまで言ってパルシオネは、フェブルウスの背中を押すようにクレタレアの前へ。

「幸い素質もやる気も備えた子が、ここに一人いるのでありますから」

「それもそうね……パルちゃんの言う通りだわ。次の会議ではそういう話も出しましょう」

「はいであります! そもそもが魔王城での修練所運営が世界全土にとっての試しなのであります! その前にどれだけお試ししても、やりすぎと言うことはないであります!」

 同調するクレタレアに、パルシオネはプンスと鼻息荒く、熱く主張を重ねる。

「ぼく、みんなよりもはやく修練所をやらせてもらえるの?」

「わたしも先輩も、そのつもりで動くでありますよ。ただ、フェブくんだけというわけには行かないと思うでありますが」

「どうして?」

「だってフェブくん、未成年としてはだいぶ強いでありますからね」

 潜在魔力に触れていることもあるが、フェブルウスはすでにその幼さに見合わないほどに強い。

 それ事態は結構なことだが、飛び抜けて優秀なところとは別の層の意見というものは必要なのである。

「それじゃあしかたないよね。なりたい強さはもっともっと上なんだけど」

 同年代、子ども世代としては強すぎる。

 そう誉められて悪い気がするはずもなく。フェブルウスは胸を張って満足げな鼻息を吹く。

「そうでありますね。フェブくんならきっと百式だって使いこなせるような、そんなところにまでたどり着けるでありますよ」

 大祭のなかで披露された頂きにある者たちの強さ。それを遠き目標と見ているのだろう愛弟子の頭に、パルシオネはまた肉球を弾ませる。

「そうであります。ここはひとつ、わたしが考えた仕掛けのどれかを試してみるでありますか?」

「いいの!? やるやるー!」

「じゃあ準備をするからちょっと待ってて欲しいでありますよ」

 パルシオネは乗り気のフェブルウスを待たせて、準備に取りかかろうとする。

「いいの、パルちゃん?」

「はい。即席なのでどうしても小ぢんまりしてしまうでありますが、なんとかなるでありますよ」

 クレタレアに心配無用と返して、パルシオネは仕込みのために公文書館から出ていく。

 それからしばらくして、戻ったパルシオネは先輩母子を仕掛けた場所へと案内する。

 そこは魔王城から少し離れた森……竜舎になっているところとはまた別の方角にある、小さな森である。

「さて、フェブくんには、わたしが仕掛けをしたこの森を抜けて欲しいでありますよ」

「わかったー!」

 フェブルウスが意気揚々と木立の間を潜っていく。

 パルシオネはそれを見送ると、造形魔術で長椅子を作り、浮遊の魔術を刻んでいく。

 すると長椅子はふわりと浮き上がり、主人が跨がるのを待つ魔獣のようにその場に待る。

 それにパルシオネとクレタレアがならんで腰かけると、空飛ぶ長椅子は音もなく高さを上げて高い木々のさらにその上に。

「本当に器用よね、パルちゃんは」

「いやあ……それほどでもありますけども?」

 即席魔道具の出来に感心するクレタレアに、パルシオネはドヤ鼻息をひとつ。

 しかし自慢げなその顔はすぐに苦笑になる。

「まあしかし、転移陣や即席魔剣の真似っこなのでありますけども」

「あら。見せて貰ったものを自分でものにしたのだから充分に器用だと言えると思うけれど?」

「いやーははは。そう言われると照れちゃうでありますね」

 そうしてタヌキ顔に照れ笑いを浮かべたパルシオネは、下に広がる森に青い光が弾けるのを見つける。

「お、フェブくんは順調に進んでいるでありますかね?」

「そう言えば、この森にはどの仕掛けがしてあるのかしら?」

 パルシオネが魔術による光を目印に空飛ぶ椅子を動かす横で、クレタレアが首をかしげる。

「いまは迷路仕立てにした森の中においた的を、順調に壊しているみたいでありますね。ありますが、本番はそろそろでありますよ」

 パルシオネはそう言って、程近くで輝いた魔術の光を爪で指す。

 その先では、ちょうどフェブルウスが自分に向かってきた魔術を撃ち落としているところであった。

「お、やってるでありますね」

 術式を迎え撃ったフェブルウスは、すぐさま反撃にと青い火の玉を放つ。しかしそれは的を燃やすことなく散ってしまう。

 そして火の玉を受けた的からは全く同じ青の火の玉がフェブルウスに向けて跳ね返る。

「あら。跳ね返しの仕掛けなのね」

「はい。お察しの通りであります」

 豊かな胸の前で手のひらを合わせるクレタレアに、パルシオネは笑顔でうなづく。

 跳ね返しの仕掛けとは、その名のままに、受けた魔術を吸収、再現して使用者に返すというものである。

 しかし反射と言っても、当然限界はある。

 パルシオネが的に刻み付けた術式によって発動するため、刻んだ術式以上、究極的にはパルシオネの能力を超える魔術を跳ね返すことは出来ない。

 加えて即席魔道具であるため、無限に反射を続けられるわけでもない。

 そして、反射という特性である以上、相手が魔術をぶつけなければ何も起きることはない。

 なので正解としては三つ。

 的に刻まれた術式を上回る規模の術式をぶつけること。

 耐久力を超えるまで打ち合いを続けること。

 そして最も消耗が少なく効率的なのが、反射されてると見切って攻撃を止めることである。

 もっとも、脳筋揃いの魔族であるので、反射にムキになって先の二つを選択する事がほとんどだろうと思われる。

「さてさて、フェブくんはこれにいったいどう対処するのでありますかね」

 それをパルシオネは高みの見物とばかりに空飛ぶ椅子にゆったりと構える。

 そうしてパルシオネとクレタレアが見守る中で、フェブルウスは罠の仕組みをおぼろげに察したのか、反射をされた術式を打ち落とし、反撃せずに身構える。

 そうして警戒を緩めずにじりじりと的との距離を詰めて、反射する的を土台から倒す。

「おお! さすがフェブくんであります!」

 フェブルウスが脳筋ゴリ押し解決法でなく、消耗の少ないスマートな攻略法を取ったことにパルシオネは肉球を叩き合わせて喝采を上げる。

 そうしてフェブルウスは的を壊しつつ、時折混ざる反射仕掛けをかわして森を順調に抜けていくのであった。

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