土の下から新発見
「うーん。拵えからして安っぽいとは思ったでありますが、やっぱり模造品でありましたね」
太陽が真上から少し過ぎた頃合い。
朽ちかけた塔の下に入ったパルシオネは、アナグマの手に持った物を見比べている。
左手に握っているのは刀身が黒く、持ち手の長いショートソードで、右手にあるのはその剣が秘めた情報を書き出した紙だ。
ショテラニーユ大公の佩剣ガンナググルズ。それを模して作られたという小剣を布に巻いて保護すると、タヌキ紋の鑑定書とまとめる。
「いくらか見つかりはしたでありますが、これは、というのには当たらないでありますね」
今回の発掘品をまとめた荷の上にショートソードの包みを乗せて、パルシオネは腕を組む。
「しかし、ポンポン出てこないのも調査の醍醐味でありますか」
「や、むしろこれだけ色々出てくるのが驚きなんですけど。城を改めるならちゃんと宝物は持ち出しますよね?」
むふんと鼻息を吹くパルシオネに、ラグからのくちばしが突っ込まれる。
言いながら彼女は、目の前の鍋から自分の器にスープのおかわりをよそっている。
そのスープには、カサから何から毒々しいまでの赤一色のキノコが浮かんでいるが、これが中々に風味と歯ごたえが良くて、喜んで食べられているものなのだ。ただし、「魔族にとっては」と頭に付くが。人間は触っただけでもコロリである。
「いい質問でありますね。実にいいでありますよー」
そんなキノコのスープを頬張るラグに対して、パルシオネは軽やかな鼻息といっしょに何度もうなづく。
「あ、長くなるヤツですか? できるだけ短めにお願いしますよ」
「わ、分かってるでありますよ」
語りに入ろうとしたところに釘を刺されて、パルシオネは咳払いをひとつ挟んでから改めて自分たちの周りを囲む朽ちかけた壁を指さす。
「この壁でありますが、防護、保護の術式は不完全ながらまだ効いているのであります。普通に城を移して片付けるなら、こんな風にはならないでありますよね?」
「……城が壊れたのは、戦のせいってことですか?」
「わたしはそう見てるであります。他にも残っているところでは……」
あそこも、そこも、と、パルシオネは見える範囲の城壁や建物の痕跡を指さして、戦いによる損傷の根拠を重ねていく。
「つまり、正規の手段を踏んできちんと持ち出されていないから、こうやって遺跡として残っていて、持ち出し損ねた品々もあるという訳でありますよ」
「その正規の、普通のでないっていうのは、戦のやり方も含めて、なんですよね?」
「その通りであります! ここは数千年前のものとはいえ大公城であります。城攻めがあったとしても、城主が決まればそれで決着。城が捨て置かれるほどになるまで戦いが続くことはまずないのであります!」
ラグからの反応に、パルシオネは目を輝かせて繰り返しうなづく。
「この城がなぜそこまで激しい戦争に見舞われたのか、そもそもどうしてそんな戦いが起きたのか。気になって来たでありますか? ありますよね!?」
「いや、正直そこまでは」
前のめりに興味の芽生えを尋ねるパルシオネに対して、ラグはただカラスの頭を左右に。
そんな冷や水を浴びせるような反応に、パルシオネは体の支えをすくわれる。
「どう、してで、ありますかあ!?」
しかし縞模様の尻尾と背筋ののけ反りとで落としかけたバランスを取り戻すや、従者に向けて叫ぶ。
「普通でない事が、おかしな事が起こったのは間違いないんでありますよ!? なにがどうして、どうなったか、知りたいと思わないでありますか!?」
「いやあ、そんなには。ふーん、そうなんだ……って思うだけですね」
そう言ってラグはキノコスープをまた一口。
この答えにはパルシオネも完全に脱力してしまって、その場にへなりと崩れる。
「あー、そうでありますか。まあそうでありますよねー」
地面に頬を着けて、丸い尻だけが高く上がった姿勢でふて腐れるパルシオネ。
デーモン、デヴィル種族を問わず、魔族に魔力関連の外に知的好奇心を誘うのが難しいのは知ってはいる。
しかしそれと、がっかりしないというのは別問題だ。
「あの、食べないんですか? せっかくご主人様が作ったのに、冷めますよ? 美味しいですよ?」
そんなパルシオネを気遣って、ラグは食事を勧める。
「いや、わたしもちゃんと食べたし、野外レシピ本の内容を試せて満足でありますから、残りは食べていいでありますよ」
「は、はい。じゃ、いただきます」
遠慮なく残った料理を平らげにかかるラグに、パルシオネはため息混じりに笑みを浮かべる。
なんだかんだで、自分の作った物をちゃんと扱ってもらえて悪い気はしないのである。
パルシオネは肉球のある手を支えに身を起こす。
だがその動きは背筋が伸びきらぬままの半ばで止まる。
「ご主人様、どうしました?」
顔や服についた土も払わず、四つん這いに一点を見つめるパルシオネの姿に、ラグは首を傾げる。
しかしパルシオネは、従者の問いには答えずに走り出す。
それは獲物を仕留めにかかる猛獣じみていて、まっすぐに。迷いがない。
だがパルシオネが飛びついたのは獣ではない。
土だ。
小さな山を作って盛り上がった土だ。
「これは……まさか……」
「ご主人様? そんな盛土がどうかしたんですか?」
「いまどうかしたものか確かめるのでありますよ」
ラグに振り返りもせずに答えて、パルシオネは盛土に触れた左手をそのまま、右手に紙を持つ。
パルシオネの特殊魔術が読み取った情報が、掴んだ紙にひとりでに書き込まれていく。
「やっぱり、やっぱりであります!」
タヌキ紋入りのその結果を見て、パルシオネは鼻息を荒くする。
「なにがやっぱり、なんです?」
「コレ! コレを見るでありますよ!」
盛土の前から動かずに紙を掲げるパルシオネに、ラグは残ったキノコスープを急いで胃袋に片付けて立ち上がる。
「……術式、ですか? なんでまたこんな土くれの山から?」
「封印がされてるんでありますよ! 防護術式の応用で!」
言いながらパルシオネが肉球をぶつけるが、土の山はへこみもしなければ崩れもしない。
「つまり、どういうことです?」
「封印がされてるってことは、この下に誰かが何かしら埋めたのかもしれないってことでありますよ!」
「おお! それはワクワクものですね!」
大きな発見、宝物の予感にラグも色めき立つ。
宝物そのものへの興味というよりは、単に宝探し遊びでターゲットにたどり着けそうで浮かれてると言ったところだろう。
それはもちろんパルシオネもわかっているが、いまさらその程度でケチをつけるつもりはない。
「というわけでありますから、土を固めてる術式を解除して掘り返すであります!」
そんなことよりも今は土の下の宝物だ!
勢い込んだパルシオネはさっそく紙面に写し取った術式を読み解いていく。
「術式の解除って、そんなことできるんですか? 下位魔族以下で破れるようなやわな術式だとは思えないんですけど?」
「それは出来ないでありましょうが、でも「破る」とは言っていないであります。わたしは「解く」のであります」
パルシオネは鼻息も軽やかに言葉が違うと説く。
だがラグは何が違うのかとカラス首を傾げるばかりだ。
無理もない。
魔族にとって魔術を解除するというのは、それ以上の力で無理矢理にぶち破るということだからだ。
穏当な手段として術者自身に消させるか、あるいは解除系の特殊魔術持ちにやらせるという手もあるにはある。が、まず思いつかれる事もない。
「まあ、見てるでありますよ。太い鎖の雁字搦めを外すのに、溶けるほどの炎など必要ないのでありますから」
そういってパルシオネはむふんと鼻息を一つ。術式構造の資料をポケットに収めて、両手を土の山へかざす。
「まずはそこ!」
パルシオネが鋭い声とともに放った術式が土くれの中に吸い込まれる。
しかし何も起こらない。
「次!」
だがラグが疑問の声を挟む間もなく、パルシオネは次の術式を土の中へ。
「これで出来上がりッ!」
そしてこれで最後と三つめの術式を放つ。
するとどうか。
土の山の一部が、支えを失ったかのようにぐしゃりと崩れる。
「おお!?」
「まあ? ざっとこんなもんでありますよ」
従者の感嘆の声に対して、パルシオネはどやぁあっと鼻息を高らかに吹き出す。
「しかしこんな、風や水で押し流すでもないやり方って、どうなってるんです?」
「別に難しいことはないでありますよ。言ったでありましょう? 鎖を外すのに獄炎で溶かすような真似はしないでいいのでありますって」
そう言いながらパルシオネは乾いた砂になって崩れた盛土に爪を向ける。
「あそこと、そこ。それとここ。この三ヵ所の術式を崩して乱しただけでありますから」
パルシオネの指さした三点。それを頂点とした三角形を描く形で土の山は崩れている。
退ける必要があるところ、それを取り除くに必要な、重要な結び目だけを解くなり断ち切るなりしたというのが、この封印解除の仕掛けである。
「って言っても、これは今回みたいなのだから使えた方法なのでありますけどね?」
「というと?」
「いくら必要な結び目を崩すだけって言っても、崩せる程度のものでなくては無理であります。これがわたしでも崩せる程度だったこと。あとはわたしの名誉に絡んでないからでありますね。同格以下の作った術式に何度も打ち込んだとか、知られたら侮られるだけじゃ済まないでありますから」
高い地位を得たからには、見合った力があることを証明し続けなくてはならない苦労。
それが比較的軽い自分の立場に感謝しながら、パルシオネは腕を一振り。
合わせて、発動させた術式による風が崩れた土を押し流す。
するとさらさらと流れた砂の下から石造りの階段が姿を現す。
「地下室、ですか?」
「で、ありますね。この下に、封印してまで隠したかった何かがあるのでありますよ!」
「あ、ちょいと待ってくださいよご主人様!」
いそいそと地下への階段を下り始めたパルシオネを追いかけて、たいまつに火をつけたラグが続く。
「……封印に保護されていただけあって、壁の状態も地上部分よりもずっといい状態であります」
炎の明かりが降ってくる中、パルシオネはきらきらとした目をあちこちに向けながら階段を下っていく。
やがて空気がしっとりと冷たくなるほどに階段を降りると、正面に扉が現れる。
「いよいよですかね?」
「ワクワクでありますね」
封印も錠も施されていなかった扉は軽く押しただけであっさりと来訪者を迎え入れる。
「ああ、歴史の匂いがするでありますよ」
パルシオネはそんな風に鼻をひくつかせながら部屋に踏み入る。が、その部屋の中央にあるものを目にして足を止める。
「これは?」
「剣、でありますね」
炎の明かりに浮かぶのは一振りの剣であった。
石の床に突き立てられた、わずかに反った刀身。
赤い炎を受けてなお、その刃は朱に染まらずさめざめと青く輝く。
握り手を守る大ぶりの鍔には黄金の装飾が施されていて、柄尻には鮮やかな青い宝玉が納まっている。
「大業物の魔剣でありますよ! 特徴を見るに、ファイドラ大公が佩剣としていたアヴェルスに見えるでありますが……」
鍔よりあふれ出る水は刃を洗い、血を含んで落ちた水は自ら刃となって敵を襲ったと語られる魔剣である。
所在がはっきりとしないものではあったが、まさか本物かと、パルシオネは首をひねる。
だがその横をラグが気楽な調子ですり抜ける。
「まあ、なんにせよご主人様が手に取れば鑑定書の出来上がりでしょう? 抜き取ってしまえばちょちょいのちょいで……」
「待つであります!」
気楽な調子で剣を抜こうとするラグを、パルシオネの鋭い声が止める。
「ど、どうしました?」
「いいから、ちょっと待つでありますよ」
戸惑う従者を追い抜いて、パルシオネは足元の小石を拾って剣に投げる。
すると狙い違わずに黄金の鍔を撃とうとした礫は、その直前で真っ二つに。
落ちて、乾いた音を立てて転がる石。
その断面はまるで鏡のようになっている。
「ひぅッ!?」
「やっぱり思った通りであります。剣の力を利用したものかなんなのか、攻撃型の結界が張ってあるであります」
「あ、ありがとうございます、ご主人様。ところであの、これ……もしあのまま抜きにかかってたら?」
「掴んだ手は無事では済まなかったと思うでありますよ。掴んだ瞬間に主だと認めさせれば問題ないと思うでありますが」
「無理じゃないですか!? 元・大公閣下の剣だったかもしれないんですよね!? 抜けるわけがないじゃないですか!?」
両断された石ころと重ねてか、ラグは鳥の足みたいな手を背後に庇って叫ぶ。
「まあわたしも、普通に引き抜こうとしても出来るわけが無いとは思うでありますね」
たかが魔剣。されど魔剣。
特に、永く年月を経て魔性を高めたであろう大業物である。
その使い手と認められる自信はパルシオネにはない。
第一、パルシオネは剣の来歴やらのうんちく語りは好きだが、扱うのは苦手だった。
「じゃあどうするんです? 興味のありそうな方に話を持っていきます?」
「いや。ここは知恵比べと行くでありますよ」
カラスの頭を傾けるラグをよそにパルシオネは腕捲り。青いサーベルから少し離れた床に手をつく。
「さてさて「知は弱者の杖」なんて言葉はあるでありますが、そんな杖だから出来ることはあるのでありますよ」
そして、ふすんと鼻息をひとつ吹いて、術式を展開する。
「なるほど、突き刺さった石畳を吹き飛ばせばいいんですね!」
「そんな荒っぽいやり方するわけがないであります。まあ、直に触らないっていうのはいい線いってるでありますが」
答えを逸るラグへの冷やかな突っ込みに続いて術式が動く。
石畳に手をついたパルシオネ。その両わきの床から大きな腕が立ち上がる。
鎌首もたげた蛇。それを思わせる形で構えたのは砂の塊だ。
砂で出来た手は、サーベルの柄に向けて真っ直ぐに掴みかかる。
当然この動きに対して斬撃が放たれ、砂の手の手首から先が二つとも落ちる。
しかしそれでもかまわず砂の塊は切られた先を作り直して柄へ進み続ける。
だがそれもまた切り落とされて石の床に散らばってしまう。
切られてもめげずに再生する砂の手と、そのたびに切り落とす刃の結界。
絶え間ないその繰り返しは、やがて石の床に砂の山を作っていく。
「あの、ご主人様? なんというか、これではなんというか根比べにしか……」
この不毛な繰り返しに、ラグがおずおずとくちばしを挟む。
だがその瞬間、床に突き刺さっていた魔剣が浮かび上がる。
「え? どうして、です?」
だが砂の手は柄に触れてはいない。また柄を掴むことができずに、切り落とされたばかりだ。
そして切り落とされた先は床にできた砂山の一部となって――サーベルを埋まった刃から押し上げていた。
「ふう。足元がお留守でありますよ作戦、成功であります」
床から抜けて大人しくなった青のサーベルを横に押し流しながら、パルシオネは両手の肉球をすり合わせて手汗をぬぐう。
「え、あ、なるほど! 上に集中させて、その隙に下から!」
「そういうわけであります! まあ意識がある、かどうかは分からないでありましたので、念のため程度の意味合いでありますが」
納得する従者に捕捉しつつ、パルシオネは砂の波に乗って流れる魔剣と、それが突き刺さっていた場所に目を向ける。
「あれって?」
「どうしました?」
「いや、魔剣の刺さってたところに、まだ何かあるようであります」
ラグに手招きして松明を寄せてもらうと、パルシオネはサーベルの刺さっていた石畳を慎重に剥がす。
「箱?」
「それもこの紋章、ファイドラ大公のものであります」
床下にあった、跳ねるシャチの紋章を刻んだ長い箱。
それをパルシオネは、万が一にも壊さないように、そっ……と開く。
「反り身の鞘に、これは……日記、でありますか、っと?」
箱の中をあらためていたパルシオネは、日記の下にあったものに気付いて、それを取りあげる。
それはやはりファイドラ大公の紋章を焼きつけた、一通の手紙であった。
「愛しき我が娘、ショコラリースへ?」
その宛名を読み上げて、パルシオネは絶句していた。