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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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残虐ではなく悪趣味な仕打ちにはブチ切れちゃっても仕方ないよネ?

「なんということを……! なんということをなさったのでありますか、ラマの大公様ッ!!」

 怒りも露わにパルシオネが地を踏む。

 感情のままに叩きつけられた魔力は地響きを起こし、亀裂を生む。

 パルシオネをここまで怒らせた原因は、吐き捨てたその言葉の通りラマ頭の大公に、彼が試合の後に行った行動にある。

 大公位争奪戦九日目の午後。三七戦において、彼のラマ頭の大公は対戦相手であるデヴィル女王の隠していた脚を暴いたのだ。

 それも戦っている最中の事故ではなく、気を失って倒れているところを、衆人環視の前で晒しモノに。

 デーモン、デヴィルを問わず、残忍残虐で知られる魔族であるが、このような相手を辱めるやり口を好むものはそうはいない。

 パルシオネのみならず、憤りにかられた者は少なくないであろうし、観衆の大多数は不快感に眉をひそめたことだろう。

 それこそデーモン、デヴィルの区別なく。

 実際、観戦席で試合を見てきて、この話をしたクレタレア一家の面々も気分を害したまま。

 暴挙の現場を直に見ていないパルシオネでさえ怒りを抑えられないのに、目の当たりにしてきたクレタレア一家はなおのことだろう。

 そう。例によって例の如く、パルシオネはラマ大公の戦いを見るのを避けている。

 順位通りの結果に終わった一五戦を観て、クレタレアの家族と昼食を一緒にした後、そのまま観戦席の外で午後の三七戦が終わるのを待っていたのだ。

 そうして聞かされたのがラマ大公の暴挙である。

「どうやって消滅した足を取り戻されたのか、好奇心があったのは否定しないであります……ありますけれどもがッ!!」

 敗者に対するあまりにも無体な仕打ちに、パルシオネは興味を満たされたことさえどうでもよくなるほどに憤って吐き捨てる。

 この一件でパルシオネのラマ大公に対する感情は地に落ちるどころか、沈み埋まるほどに下がった。

 特に尊敬していた大公を討ったこと。呪詛を蓄えているがゆえの悪臭のこと。

 これらもあって、もともと好感を持ってはいなかったが、もはやネズミ大公相手にでさえ持っていた、力への敬意さえ吹き飛んでしまった。

 しばらくは面従腹背の姿勢さえ取れないかもしれない。

 パルシオネは己の胸に暴れる軽蔑の意識に、割りきることさえできないかもしれないと心配をする。

「……みっともないところをお見せして、申し訳ないであります」

「落ち着いたかしら、パルちゃん」

「ええ。もう大丈夫であります。しばらくラマの閣下の顔は見たくないでありますが」

 深呼吸をして気を沈めたパルシオネは、上官とその家族に向けて頭を下げる。

「ムリないよね。だってパルちゃん、サイの大公さまのこと気にしてたみたいだし」

「ええ、まあ。争奪戦まではデヴィルとしての最上位の美しさと力を兼ね備えたお方として、敬意を持っていたくらいなのでありますが」

 尻尾を撫でながらのフェブルウスの言葉に、心がさらになだらかになっていくのを感じながらうなづく。

 この大公位争奪戦から、デヴィルの女王はさんざんな目に会い続けてきた。

 蹴散らすように倒され、角を切り飛ばされ、翻弄されるままに打ち負かされ、ライバルには脚を消し飛ばされ、続く戦いでは情けをかけられて。その挙げ句の果てに、痛々しい敗北の痕跡を晒しモノにされたのだ。

 親しくなかろうと、不遜と叱られようと、同情の想いも湧こうと言うものだ。

「しかし辱めの是非はともかくとして、これでデヴィルの女王様は全敗ということでありますか……」

 しかし同情しようが、何をしようが、勝負の結果は変わらない。

 デヴィル女王の得た結果にパルシオネは苦々しい顔でつぶやく。

「じゃあこれで、七位がサイの大公さまに決まりっていうこと?」

「そういうことであります。ということは、これからどういうことになると思うでありますか?」

「サイの大公さまが七位に決まったっていうことは、今の大公さまたちの中で一番弱いってわかったってことだから……ねらわれることになる!」

「そのとおりであります」

 答えに至ったフェブルウスの赤茶の髪に、パルシオネは肉球を弾ませる。

 大公位、そしてさらにその上の魔王位。

 揺るぎなき強者の証たるこの地位は、力ある魔族のほぼすべてが欲するものである。

 パルシオネですら、もし仮にその地位を望める力を備えていたとしたら、ネズミかラマから奪い取るのもいいかもしれない。そんな夢想を抱くこともある地位なのだ。

 そんな誰もが望むと言っても過言ではない地位の中で、狙い目だと証明されたものが出たとしたら。

 この瞬間を待っていたんだとばかりに、野心をみなぎらせた者たちに食らいつかれることは必至である。

 付け加えて、特に今回は試合の直後。勝負の中で手の内をいくらか見せてしまっている。

 奪い取る側からすれば、これ以上は無い好機だと言える。

 遠からず、デヴィルの女王は挑戦を受け、その地位と命を奪われることだろう。

「それ自体は仕方の無いことであります。寂しくも悲しい話ではありますけれど……」

「どんなに強くなっても、えらくなっても、だれかより弱くなったらとられちゃうんだよね」

「みんなそうしてきたのであります。それが魔族の歴史なのでありますよ」

 勝利して、奪い取り、支配する。これが魔族の倣い、歴史である。そこにパルシオネも異を挟むつもりはない。

 否、たとえどれほどの地位を得ようとも、仮に玉座についたとしても、この仕組みを変えることなどできるはずがない。

 強くあることを良しとする。シンプルで分かりやすいこれは、伝統として、常識として魔族の歴史の中に根付いた価値観である。

 これを一息にすべて改めることなどできるわけがない。よしんば玉座からこれを試みたところで、その地位を狙うものを勢いづかせるだけに違いない。

 歴史の力を受け、当たり前としてあるこの仕組みが、脳筋魔族にとってこれ以上はない仕組みなのだろう。

 修練所という仕組みが加わって、公爵位以下の地位の奪い合いがいくらかでも減る。現状ではこれがもっともすんなりと、流血無く受け入れられる改革だろう。

「急いで位を極めようとするのも悪くはないでありますが、長く生きようとするならば、やはり地位に対して余裕のある魔力と魔術を持っておくのが良いのでありますね」

 パルシオネはそう言って、平和で長生きするには、余裕をもって男爵位であり続けようとする自分の考えが正しかったのだと噛みしめるようにうなづく。

「でも、適当な地位に落ち着いていても、上の怒りを買ったりしたら叩き潰されるわけですよね?」

「それはそうでありますね」

 だがミケーネからの指摘にはすんなりと首を縦に振る。が、「しかし」と挟んで言葉を続ける。

「なんにせよ上からの、と考えますと、極端なところ魔王位に至らなければ安心できないわけでありますし」

 ただいま在位三百年を祝われている魔王陛下であれば、むやみに大公をすげ替え世を乱すような暴政を執るなど無用の心配だろう。

 だが、先王の御世であれば、頂点に立たない限り、上位者の気まぐれな残虐に怯え続けていなくてはならないのは真理である。

「じゃあうえに行っても、行かなくても、危ないんだよね? どうしたらいいんだろう?」

 魔王に至ろうと無爵であろうと、確実な安全というものは無い。

 ならばどうすればよいのかと悩むフェブルウスに、パルシオネは肉球を乗せる。

「どうするにせよ。魔力を鍛えて、魔術の技を磨いておくに越したことはないであります。高めた力の範囲で、なりたい自分を目指せばよいのでありますよ」

 どの地位に落ち着こうと、潰されたり討ち取られたりということとは無縁ではいられない。ならば悔いが無いように自分の望むように生きるしかないのだろう。

「……うん」

 フェブルウスに今の言葉が完全に受け入れられたわけではないだろう。だが、今は敬愛する師匠の言葉を胸に刻み付けようとしているのだろう。

 パルシオネは微笑みながらそんなフェブルウスの頭に肉球を弾ませる。

 そして竜の体に水牛の頭を持つごついデヴィルがほくそ笑んでいるのを遠目に眺める。

「……届くかは別にして、大公閣下に警告のお手紙は出しておいてもいいかもしれないでありますね」

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