会議録を楽しもう
「はいどうぞ。これが陛下が大公になった時の会議録でありますよ」
「ありがとーパルちゃん!」
「他にも面白かったのいくつかまとめておいたので、合わせて楽しんで欲しいでありますよ」
パルシオネたちがいるのは、魔王城と共に改められた公文書館だ。
午後の試合を観終えたパルシオネは、午前の試合の前に話していたとおりに、フェブルウスを連れてやって来たのだ。
「はえー! ここが公文書館ですかー!? 初めてきましたー!」
「珍しいのは分かりましたから、静かにしてくれませんかクーシェさん」
本人たちが言っていたとおりに、ミケーネとクーシェも一緒だ。
クーシェは中に入ってからずっとこの調子で、興味深そうに初めて見る景色を見回している。
そうしてピコピコと揺れる燕の尾羽を、ミケーネが追いかけながら注意する。
クーシェが成人済みで、ミケーネの方が未成年で年下のはずなのだが、これではどちらが年上だか分かったものではない。
「魔族としては特に珍しくないことでありますからね。でも興味を持って見てもらえるのは嬉しいでありますよ」
書物に興味を持つ魔族は数少ない。
一冊も読まずに生涯を終えるような極端な例はそうそう無い。が、書庫と呼べるような場所に何百年も足を踏み入れないというのは、珍しくないどころか一般的だと言ってもいい。
「はい! なにせ師匠の多彩な魔術の源ですからね!」
書に親しむ変わり種魔族のパルシオネとしては、拒否感のないクーシェの言葉は、それだけでも充分に嬉しいことであった。
「ところで師匠! 他の選定会議の奴はないんですか!?」
「どなたのを読みたいのでありますか?」
「そうですねー……じゃあ三位の閣下のでお願いします!」
「三位の閣下の、でありますか」
「はい。でも、この呼び方ももうじきに別のお方を指すようになってしまいそうですね」
「……そうでありますね」
パルシオネはクーシェの言葉にうなづいて、午後の試合の事を思い出す。
大祭主直々に入念な処理を施された戦場。
そこで行われた二三戦の結果は順位通りとなった。
デヴィル女王はどうやったのか、先の試合で消滅したはずの片足を取り戻して試合の場に現れた。
しかしながら魔力比べにおいては不思議なことは起こらず、二位の赤の美男に不得手である氷の魔術で完封されることとなった。
またも敗北を重ね、一言もなく対戦場を去るその姿に、観戦席からは嗚咽が漏れ、パルシオネも痛む胸を押さえて見送った。
現状ではデヴィル女王の戦績は全敗。改められる順位は七位か、あるいは六位に留まれるかどうか、といったところだろう。
上り詰めればいずれ討たれるときも来る。
それは真理であるだろうが、それでも侘しさを感じずにはいられない。
「はい。お望みの会議録でありますよ」
「ありがとうございますー!」
ともあれ、リクエストには応えなくてはならない。
話している間に探し当てた記録から写しを作って手渡すと、クーシェは小躍りする勢いではしゃぐ。
「はいはい。こういうところでは静かにするものでありますよ? 程々にしないとダメであります」
「はい! 分かりました師匠!」
パルシオネがやんわりとたしなめるのに、クーシェは元気に溢れた声を返す。
本当に分かっているのか分かっていないのか判断のつかないその返事に、パルシオネは和むしか無くなって力の抜けた笑みを浮かべる。
そんなパルシオネの反応を気にした様子もなく、クーシェは受け取った記録に目を通し始める。
「やっぱりデーモンの女王様とは、こんなころから仲が悪かったんですねー」
「そうでありますね。選定会議のところからもうすでに激しい言い争いを始められていまして、今日まですっかり定番のやり取りになってしまっていたわけでありますね」
デーモンとデヴィル。それぞれの種族で最も美しい女として選びだされ、ともに七大大公に名を連ねる両者。
対となる形で並び立ち、好敵手とみなされていた二大女王の口撃戦の記録に、クーシェとパルシオネは揃って首を縦に振る。
「しかし、こちらは予想してましたけど、意外だったのは金獅子様です! まったく口説きにかかってないです!」
その一方で、クーシェは金獅子大公が厳粛に会議に参加していたという記録に驚き、大きな目を落としてしまいそうなくらいに見開く。
「いやいやいや。金獅子様は大祭が始まってからアレな感じでありますけど……もともと公私混同、というか、切り替えができてないのを嫌うタイプでありますからね?」
だがそれをパルシオネがすぐさまに訂正。
新たなデヴィル最高の美女へ恋して以来の、熱情に力強く吠え猛っているのが印象的なので、美女と出会えば所かまわずに恋心をぶつけに行っていると思われるのも無理もない話ではある。
しかし、本来の金獅子大公は謹厳な人物である。
破壊行為が禁じられている会議の場で、勢いあまって魔術のぶつけ合いを始めてしまうこともある。が、基本的には公私にきちんと区別をつけることを良しとする、真面目な部類に入る魔族であることに違いはない。
今大祭も大公内では唯一開催時期を把握していて、始まりの音頭を取るくらいには真面目である。
新たな美女との出会いにハッスルしているのは、お祭りに中てられて、という部分もあるのだろう。
「まあ……会議の外、舞踏会やらなんやらでは、顔を合わせるたびにその美しさを褒めたたえて誘っていたようでありますが」
パルシオネはそう苦笑しつつ話を落とす。
しかし会議のために魔王城に訪れている間は、熱情のままに突っ走らずにいられるだけ、魔族の中では充分に自制の利いている部類だと言えるだろう。
もっとも、己のルールに忠実な辺りは魔族らしさと言えるのかも知れないが。
「え!? そういうお話も見たいです! どこにあるんです!?」
「ああ、それは会議録とは別の個人的な手記に載っていた話なのでありますよ。ええと、確か補足資料としてこのあたりに……」
興味津々と本棚を見回し始めるクーシェに、パルシオネは苦笑しつつ会議録とは別の資料を探し始める。
「そうそう、金獅子閣下のはともかく、デヴィルの女王様に興味があるのでありましたら、お人柄を知れる資料がまだまだあるでありますよ」
「あ、いや! そんな、いっぺんに渡されても処理しきれませんですよー! とりあえずこれだけ、これだけで十分ですー!」
そのままパルシオネは勢いに乗って、方々に手を伸ばし始める。
それに嫌な予感を覚えたクーシェが慌ててこれ以上はいいと待ったをかける。
「えー……遠慮しないでいいでありますのにー……せっかくの司書っぽいお仕事でありますからもう少しおすすめのを……」
「いえ、ダイジョーブです! っていうか、読んだりなんだりに慣れてない私は、もうおつむいっぱいですー!」
それでも書物を引き出そうと食い下がるパルシオネに、クーシェは蝶耳犬の顔をぶんぶんと横に振り回す。
これを受けてパルシオネは――
「それもそうでありますね。慣れてないうちからあんまりに増やしては、受け止めれるものも受け止めきれないというものであります」
首を縦に振って納得する。
これにはクーシェも深々と安堵の息を吐く。
「いやー! 申し訳ないであります! 書物に親しむものを増やすチャンスだと、ついつい一人で舞い上がってしまって……」
「い、いいえ、いいんですよー。師匠のおすすめに興味あることはありますから。でもちょっとずつでお願いです」
パルシオネが反省して素直に詫びるのを受けて、クーシェはホッとした笑顔で応じる。
「ねーねー、パルちゃん。ここのところってどういうことなの?」
「お? はいはーい。どこでありますか? わたしにお任せでありますよー」
そしてパルシオネはフェブルウスの呼び声をきっかけにきれいに切り替えて、愛弟子の方へと向かうのであった。




