そっとしておいてさしあげましょう
「……やはりそういう判定になったのでありますか」
一六戦の結果は第一位、金獅子大公の勝利とする。
観戦席で会議の結果を聞いたパルシオネは納得の表情でうなづく。
「ゆうべのよそうの通りだね!?」
「そうでありますね。状況からどのように話が流れていくかを読めば、こんなものでありますよ」
フェブルウスの素直な感心の声に、パルシオネは胸を張ってどや鼻息を吹く。
「でもどうしてか。は、おしえてくれないんだね?」
「試合を待ち遠しくしてる方もいるので、そこは仕方ないでありますよ。それに、閣下も言ってらっしゃったでありますよね? 詳しくは公文書館の会議録を読むように、と。いやー今から読むのが楽しみであります!」
近日中に追加されるであろう資料を思い、緩んだ顔で深く息を吐く。
「その……かいぎろく? って、そんなにおもしろいの?」
「んう? そうでありますねー、わたしには凄い面白いでありますよ?」
パルシオネはフェブルウスの傾けた頭に肉球を弾ませて微笑み返す。
「それその物は名前の通り、会議の記録なのでありますが、これが読んでみるとなかなか愉快な内容だったりするのでありますよ」
「たとえばー?」
「そうでありますね。今の大公様方で序列一位のお方と二位のお方は、まあ仲が悪くてでありまして、よく口論されているのでありますが、勢いあまって殴り合いや魔術のぶつけ合いが始まったりすることが、まあよくあるのでありますよ」
「おお! たたかい!? そうだつせん!?」
「まあ、ここで行われている争奪戦ほど激しくはない、はずであります。たぶん、きっと……」
断言できないのは、パルシオネも以前にそのぶつかり合い余波で、今は亡き旧魔王城が揺れたりしたのを知っているからである。
しかしその時に消し飛んだりしていない以上、なんだかんだと自重が効いているのが金獅子様と赤の美男子様なのである。
当人同士の思惑はどうあれ、魔力の貧弱な勤め人としては非常にありがたい話である。
「まあその様子が、記録官次第では実に臨場感、迫力あふれる読み物になっていることがあるのであります!」
そんな事であるので、公文書館の勤め人たちの中では、治められる会議録の担当者をチェックしてはあたりだはずれだなどと言い合うこともある。
「書き手がよかったわけではないのでありますが、わたしが最近特に興味を引かれたのは、大祭主様が無効化魔術でもって仲裁に入ったものでありますね」
「あ! あれだよね! 大祭主さまが魔術をけしちゃうヤツ!?」
「そうであります! あれで百式三陣をぐっと抑えて、会議を進めさせたことがあったのでありますよ!」
感動ものであった。と、パルシオネはしみじみとその会議録を初めて目にした時を思い出し、うなづく。
「もちろん力の激しいぶつかり合いだけじゃなくて、言葉のぶつかり合いもあるのでありますが、それが魔王様、大公様の間の関りを知らせてくれるのでありますよ。それも記録が残ってる限りでありますが、色んな時代の大公様方のやり取りを知ることもできるのでありますよ。たとえば、今上陛下が大公入りした時の選定会議の様子とかも」
「わあ! それ見たいな! 読みたいな!」
「じゃあ今度公文書館に来た時に、でありますね。ああいや、今日の争奪戦が終わったら公文書館に寄って写しを作ってくるでありますかね?」
「わーっ! いきたいいきたい!」
「そう言うことなら私も!」
「私も! 不肖クーシェもお供しますですよ! 本は苦手ですが、荷物持ちに!」
観戦後の予定を立てるパルシオネたちに、ミケーネとクーシェが同行を申し出る。
「……えー……」
が、フェブルウスは露骨なまでに肩を落としてがっかりした顔を見せる。
「ふぇ、フェブ!? そんなに私と一緒なのがイヤなの!?」
「そうじゃないけどー」
「そうじゃないならどうしてぇええ?」
口では違うと言いながらも、その態度はとてもそうは思えない。
弟に邪険にされたブラコンお姉さんは許しを請うように縋りつく。
「ほらほら。戦いが始まっちゃうわよ」
だがクレタレアが一声かければ、ミケーネも渋々ながら対戦場に向き直る。
そうして始まった五六戦。
大祭主は二日連続での試合であったが、昨日に負った傷はもうまったく問題ないようだ。
今も五位のデヴィル大公が放った風の魔術を、派手な囮と、その影に隠した本命まで含めて見事にかわし凌いでいる。
そこからはその繰り返し。目を引く大がかりな魔術と、その奥に隠した罠。それを大祭主がかわしつつの反撃をデヴィルの大公もまた無駄なく紙一重でかわす、という。
「わ、わー! すごいすごーい!」
派手な攻防の繰り返しに、フェブルウスばかりでなく、多くの魔族がこの勝負を楽しんでいる。
しかし派手は派手だがいささか単調である、とパルシオネは感じていた。
特に若く力押しの目立つラマ大公が、付け焼刃の戦術を試しているというのならばともかく、カタツムリ紋の大公がこれだけで終わるだろうか。
この陰にまだ何か仕込んでいるのではないか。パルシオネはそんな疑念に目を鋭く細める。
そんな中、様子見は終わりだとばかりに大祭主が百式二陣で仕掛ける。
猛烈な衝撃波はカタツムリ紋の大公が放った空気弾とぶつかる。
二つが拮抗したところへ隠し玉の烈風が大祭主へ迫る。が、それを返して衝撃波を後押し。
結果、空気弾を打ち砕いた衝撃波が五位の大公を吹き飛ばし、背中から地面へと叩きつけた。
そして真っ向から撃ち負けたデヴィル大公は降参だと、両手を上げて負けを宣言するのであった。
だが問題はその後である。
白星をつけた大祭主が、立ち尽くしたまま動かないのだ。
「どうしたんだろう?」
「もう勝負はついたのに、どうなさったのかしらね」
それにはフェブルウスやクレタレアのつぶやきと同じような声が観戦席のそこかしこから上がってどよめきになる。
それは審判側も同じようで、いつまでも動かない大祭主に、赤い美男子が声をかけつつ背中を押す。
すると大祭主は、吐いた。
まるで親友の手に押し出されたかのように、その場に膝をついて嘔吐したのだ。
「え!?」
「なんでありますと!?」
観戦席からどよめきが起こる中、引き金を引いた赤の美男子は、親友である大祭主から逃げるように距離を取る。
そうして心配のあまりに対戦場に飛び込もうとする大祭主の妹姫を抱えて制止する。
「うーん。こうしてみると、まるで私が勝って、君が負けたようだね」
一方で両手両膝を地に着いた大祭主の近くには、五位のデヴィル大公が歩み寄り、青い顔をした大祭主を見下ろしている。
その構図は傍目にもカタツムリ紋の大公が言った通り、実際の結果と逆転して見える。
「どういうことなの?」
「なんで、どうしてですか!?」
この逆転の図にミケーネやクーシェが混乱する内心を口に出し、答えを求めるように頭を右往左往させる。
そんな中パルシオネは、対戦場からそよいできた風の中に、あるにおいをかぎ取る。
「これは、酒のにおい……でありますか?」
随分と薄まりささやかなものであったが、それは間違いなく酒の匂いだ。呪詛に絡んだ悪臭ではない。
つまり五位のデヴィル大公は魔術の中、恐らく最後に破裂した空気弾の中に酒を仕込み、そのために大祭主は苦しんでいると言うことになる。
だが魔族は普通、酒を飲んだところで酔っぱらうことはない。
しかし例外はある。酒に酩酊状態を引き起こす呪詛がかかっていたり、あるいはごく一部の、魔族でも酔う酒を飲んだ場合には。
大祭主を悠々と見下ろしているデヴィル大公が仕込んだ酒は、恐らくその魔族にも「効く」酒だったのだろう。
そして大祭主は効く酒には覿面に弱くて、匂いを嗅いだだけでも吐き気を堪えられなくなった。そういうわけなのだろう。
そこまでパルシオネが推理したところで、五位のデヴィル大公は満足げな足取りで対戦場を後にする。
「ねえパルちゃん。大祭主さまどうしちゃったのかな?」
「すっかり問題ないように見えたでありますが、やはり昨日の傷が癒えていなかったのかもしれないでありますね」
パルシオネは弱点に関わる推理については濁して、観戦席から早く去ろうと立ち上がる。
それにはクーシェが大きく立ち上がった耳を揺らして首をかしげる。
「どうしたんですか師匠?」
「いやだって、きっと大祭主様も今の姿を見ていられたくはないでありますよね?」
このパルシオネの気づかいになるほどと、クレタレア伯爵の一行はいち早く観戦席を後にするのであった。




