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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
63/76

心配とか風情とかそういうの全部吹っ飛ばされました

 夜。

 高々と昇った月の柔らかな光に照らされたパルシオネ男爵邸の前。

 そこに開けた野原で、パルシオネは掲げた肉球の上に術式を展開する。

「魔獣……招来!」

 それは召喚の魔術だ。

 昼間に大公に挑戦する戦いの場で披露された術。それを、パルシオネが知る召喚魔術を基礎にして再現したものである。

 効果を唱えて発動させた魔術は、そのとおりに一頭の魔獣をこの場に呼び寄せる。

 だがそれは、シマウマ副司令官が呼び出した岩狼獣ではない。

 鋼以上に硬く甲質化した皮膚を持ち、特に首の付け根に分厚く大きな装甲を備えたサイ。

 鉄甲犀と呼ばれる魔獣だ。

 六脚重馬程ではないが、歩行騎獣として親しまれている魔獣で、特にその重厚で力強い見た目と、そのとおりの怪力から、一部根強い愛好家もいる魔獣である。

 術で従っているとはいえ、突然の呼び出しに動じた様子もなく、大人しく伏せているその姿には、確かに重々しい風格がある。

「すごーい! パルちゃん一回でしょうかんしちゃったッ!」

 そんな鉄甲犀に駆け寄るのはフェブルウスだ。

 分厚く硬い皮膚を遠慮無く撫でては、その感触を物珍しそうに確かめている。

「召喚魔術は一応知ってはいたでありますから。それに、晩餐を過ぎてしまうくらいに時間をかけてしまったでありますし」

 そんな愛弟子の反応に、パルシオネはくすぐったそうに笑う。

 その日の内に完成したとはいえ、日の高い内に構築し始めて、夜までかかってしまっている。

 見たその場で、即時に応用までしてした大祭主閣下という前例があっては、ドヤァと鼻息は出せるものではない。

「ねえねえ、ボクにもできるかな? やってみたいな!」

 だがフェブルウスはそんなことは関係ないとばかりに、教えをねだる。

 そんな息子の姿に、少し離れて見守っているクレタレアは笑みを深くする。

「あらあら。それじゃあパルちゃん、お願いできる?」

「はい。もちろんでありますよ!」

 保護者からもお願いされては、パルシオネも遠慮する理由はない。

「ではフェブくん。まず肝心なのはここの図形の組み合わせでありましてね?」

「うんうん……ぶきを呼ぶんならどうしたらいいの?」

「うん? その場合は、ここのところを入れ替えるのでありますよ」

 保護者お墨付きをもらうやいなや、早速授業が始まる。

 実は、最初から教えるつもりで魔力消費も少なく、術式も可能な限り単純に編み直していたのである。

 間に合って何よりだ、というのがパルシオネの本心であった。

「……それでこの部分でありますが、ここを間違うと他の場所で飼われてるモノを呼び寄せてしまったりで大変でありますから注意して欲しいでありますよ」

「わかった! じゃあやってみるね」

 パルシオネの説明を受けたフェブルウスは、さっそくと魔術を展開。

 目の前に、母の伯爵城で飼っている六脚重馬のベイヤードを召喚する。

「やった! できたよパルちゃん! お母さま!」

「おぉー! 素晴らしいでありますよフェブくん!」

「まあ! 良くできたわね!」

 見事に愛馬を召喚してみせたフェブルウスを、パルシオネもクレタレアも惜しみなく褒める。

 元々難度の高い術ではなく、それをパルシオネがさらに分かりやすく扱いやすく仕立てたとはいえ、教わった一回目での成功である。

 褒めるのを渋る理由がないというものだ。

「やったやった! できたできた!」

 成功に浮かれるフェブルウスを眺めて、パルシオネは柔らかく目を細める。

 秀でた才を持つ子が、順調な成長を見せてくれる。

 教える側として、これ以上の喜びはない。

「……だからこそ、まだ早いであります」

 そう呟いて、パルシオネは腰のポーチにアナグマの手を添える。

 そこには固く、がんじがらめに封じて縛った魔宝玉「邪竜の瞳」が収まっている。

 実はパルシオネには、大祭主の魔剣召喚の魔術を見てからあるひらめきがあった。

 それは魔術によってガンナググルズの片割れ、刀身部分を召喚することである。

 岩に隠されていた邪竜の瞳。この例からして、刀身部分も誰かの手元には、宝物庫には収まっていない可能性が高くなった。

 むしろ同じく見つからないように、何かに隠してあることもあり得る。

 ならば魔術を用いて手元に呼び寄せるのも、手に入れる手段の一つではある。

 しかし、所在の見当もついていないものをどう召喚するのか。

 それについては邪竜の瞳を利用して、半身を招き寄せる補助とする。

 おそらくはこれで成功は見込めることだろう。

 だがパルシオネには思い付いたものの、この方法を避けたい理由があった。

 それが、まだ成長途中のフェブルウスである。

 フェブルウスは確かに豊かな才を持っていて、順調な成長を見せている。

 だからこそ、いま邪竜の瞳に曲げられ、潰される訳にはいかない。

 仮に召喚に成功して、ガンナググルズとして完全になった場合、封じておける保証はない。

 封じておけなければ、またかつての主に並ぶ、自身に相応しい持ち手であることを強いるのである。

 それはフェブルウスのために、絶対に避けたいところ。

 たとえ完全なガンナググルズを手にすることが運命づけられていたとしても、まだ早い。

 振り回されるのでなく、自在に振るえる持ち主になる未来まで、その時を待たせなくてはならない。

 そこへもうひとつ付け加えるなら、魔術で召喚して手に入れるというのはいささか風情に欠く。ともパルシオネは思っている。

 少ない手がかりを頼りに、自分の手で探し当てた時の喜びは、手放すには惜しいものがある。

 ひとつはフェブルウスのため。

 もうひとつは自分のために。

 これらの理由から、パルシオネはすぐにでも手に入れなければ危ない、とでもならなければ、刀身召喚を避けるつもりでいた。

 もっとも、まだ理論上は可能だろうという段階であるため、本番の前に別の品物同士で呼び合わせるなり、知人の失せ物探しに使ってみるなりで実験、実証しなくてはならないが。

「パルちゃーん!」

 なんにせよ、まだ時ではない。

 その事をパルシオネが噛みしめていると、愛馬の上に立ったフェブルウスが手を大きく振って呼ぶ。

「お? どうしたのでありますか?」

 それにパルシオネが意識を向ける。

 するとフェブルウスは六脚重馬の上に立ったまま振っていた手をまっすぐに掲げる。

「みててみてて! まけんしょーらいッ!」

 そしてこの手に止まれと伸ばした手に術式を展開する。

「うえッ!? ちょ、魔剣って!? そんないきなり何をッ!?」

 大祭主の真似のつもりなのか、唐突に魔剣召喚を試みるフェブルウスに、パルシオネは目を白黒とさせる。

 フェブルウスとガンナググルズにはすでに何らかの縁が、運命的な結びつきがあるように思える。

 もしそのつながりでもって手繰り寄せてしまったとしたら。

 その恐れにパルシオネは焦る。

「あらあら……もしよそ様のを召喚してしまったのなら謝りにいかないといけないのかしら? 伯爵相手でも穏便に済ませてくれる方のだとありがたいのだけれど」

 しかし対するクレタレアの心配はのんきなもの。

「そ、そう……! そう、でありますね! それは心配でありますねッ!」

 だがそれを聞いて、パルシオネは決めつけ染まり切っていた自分の考えを振り払う。

 可能性としては、クレタレアが口にした事故が起こる方が大いにあり得ることである。

 そう己に言い聞かせるようにして、パルシオネは愛弟子の魔術が何を招くのかと見守る。

 果たして、フェブルウスがその手の中に呼び寄せたのは――黒い小剣であった。

 黒い魔石で作られた、鋭い三角形の刃。

 握りは、鋭くも短いその刀身とは不釣り合いに長い両手持ちのもの。

 そしてその長い柄のすぐ上。刃の根本にはぽっかりと、あるはずのものを抜き取られたような空洞がある。

「……が、ガンナググルズ……でありますと……!?」

 それはもう疑いようもなく、完全にガンナググルズであった。

 邪竜の瞳に続いて、フェブルウスは実にあっさりと、パルシオネの研究も段取りも心配も、なにもかもを吹き飛ばす勢いで手繰り寄せてくれた。

 これにはパルシオネも呆けるしかない。

「いや! フェブくん、一度手放して!?」

 だがそれもつかの間。我に返ったパルシオネは封印符を作り出し、魔剣を手にした愛弟子へ踏み込む。

 刃の方も宝玉と同じく、持ち主を乗っとろうという手合いであったなら、早く封じなければならない。

「うん、いいよ。どんなまけんなのかおしえてね」

「あ、はい、であります」

 だがフェブルウスは何の抵抗も無く、長い柄を向けて差し出してくれる。

 この予想外の反応に、パルシオネは肩透かしを食らった気分になりながらもガンナググルズを受け取る。

 さんざんに手を焼かされた邪竜の瞳の半身だというのに、あまりにも大人しい。

 だが油断してはいけない。

 この刃はあの宝玉と重なり、一振りの魔剣となるものに間違いないのだから。

「では、読み取ってみるでありますよ」

 パルシオネは気を入れ直して、ちゃんと封印符を張りつけた上で、魔剣の情報を逆の手に持った紙束に写し出していく。

 フェブルウスの期待に輝く目を受けて程なく、魔力で自動書記された鑑定結果にパルシオネは目を通す。

「なんと!?」

「なになに? なんて出たの?」

 パルシオネが目を瞬かせるのに、フェブルウスは自分でも見ようと飛び跳ねる。

 そしてその母もどんな結果が出たのかと、興味深そうに身をよせてくる。

「危険なものだったのかしら?」

「いえ、先輩。心配すること無かったと言うでありますか、心配しただけ損だったと言うべきでありますか……」

 どうにもあやふやな安全宣言をしながら、パルシオネは母子に見えるように明かりの魔術で照らしながら、鑑定書を差し出す。

「魔宝玉の力を引き出し、制御する役割を求めて作られたものだったようであります。これだけではただ頑丈で、魔力を吸い取るだけの小剣でありますね」

 いわば邪竜の瞳が頭脳で、この刀身部分は肉体とでも言うべきか。

 剣の部分だけでは、空っぽの器でしかないのである。

「それにずっと封じられていたままで、その封印から直に呼び出されたので、持ち主もいないであります」

「つまり?」

「召喚したフェブくんが持っていても、何も問題ない魔剣だということでありますよ」

「やったぁ! ボクのまけんだー!」

 問題なしと封印を解いて魔剣を返すと、フェブルウスは喜びのままに飛び跳ねる。

 その一方で、封印したままの宝玉から不平不満を訴えるような波動が漏れ出てくる。が、パルシオネは当然それを無視するのであった。

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