折れたぁあああッ!?
「本来の大公位に対する――いいや、爵位に対する挑戦は、魔武具の使用を禁止していない。故に、大公位の奪爵をもくろむ戦いの場だけは、双方にその使用を許可するものである」
争奪戦を取り仕切る赤のデーモン大公の宣言を受けて、歓声が上がる。
大公位争奪戦の場では、当日戦いの無い大公に対する挑戦も受け付けている。
しかし本日この時まで、挑戦に名乗り出るものはいなかった。
争奪戦期間中初の挑戦者ということもあり、見る側としてはその心意気をおおいに讃えて送り出そうともなるものだ。
それも挑戦する相手が彼の大祭主閣下であればなおの事。
観戦席が帯びる熱も高まるというものだ。
「いやー。こんな場面に巡り合うとは、ラマ様の以外だけでもいっしょに見ようと、フェブくんが誘ってくれたおかげでありますね!」
「えへへー」
そんな熱気の中。パルシオネは珍しい場面に遭遇する機会をくれた感謝を込めて、愛弟子の頭に肉球を弾ませる。
昨日の五日目。六日目の本日と、連続してラマ大公の戦いがあったので、パルシオネはこの二日間の観戦を避ける予定であった。
だがフェブルウスにせめて、と誘われては否と言えるはずもなく、午前中はクレタレア一家との昼食の準備に費やし、食事を共にしてから午後の四五戦を拝見したというわけである。
その戦い自体は、四位の白の美女様があっさりと勝利を収めて終わったのだが、そこへ挑戦の申し込みである。
素晴らしい偶然だと言う他ない。
そうしてワクワクと見守っている中、挑戦者であるシマウマ頭のデヴィル公爵、デヴィル女王の副司令官は戦いのために長柄の武器を持ち出してくる。
およそ二メートルほどの柄の先端に、刺突用の穂先とトゲ付きの鉄球を備え、さらにその下に鎌のように大きく半円形に歪曲した刃を持った武具だ。
刺突やトゲ鉄球の打撃をかわしても、弧を描いた刃の内に捉えられれば断ち切られる。
扱うに難いが、凌ぐにも厄介。そんなニングと呼ばれる長柄武器である。
「あれはニング……それも「竜伐シェアミット」でありますか!?」
パルシオネは遠目に、そんなシマウマ公爵の獲物を眺めてその正体を見定める。
「知っているのですかパルシオネ男爵!?」
ミケーネの問いに、パルシオネはタヌキ頭に精一杯の引き締め顔を作ってうなづく。
「ええ。本で読んだことがあるであります。その昔、竜の脚をいくつも切り落とし、「竜伐」と称号されたニングあり。その名はシェアミット……と」
「おぉー! すごそう! お話だけでもすごそう!」
パルシオネの重々しい語りにフェブルウスは興味津々といった様子で目を輝かせる。
「それはもう! あの太い上に鱗でびっしり守られた竜の脚を、曲がった刃の内側に入れたらばスパン! スパン! とたやすく切り落としてしまうのでありますよ!」
「おぉー!?」
プンスプンスと、いつもどおりに鼻息荒い語りに戻るパルシオネ。
だがフェブルウスは気にした様子もなく、戦いの場に出てきた魔武具の威力に目を輝かせる。
「ふむ……となるとやはり、やることは長柄相手の定番。リーチの内側に入っての接近戦しか……それも刃に捉われないように腕の内側まで潜って密着して……」
一方、知っているのかと尋ねた当人は、ブツブツとニング相手の攻略法を組み立てている。
体を揺らし、拳を小刻みに打つその様は、完全に脳内での模擬戦に入ってしまっている。
そんな観戦席はともかく、珍しい武器を携えたシマウマ副司令官は、大公席へ、そこで見守る自身の主へ向けて一礼する。
そして長柄を片手で軽々と振り回し、大祭主へ構える。
対する大祭主も、応じるように腰の魔剣に手をかける。
「あの魔剣は……」
「ロギダームだ! うたうつるぎの!」
「詳しいのね、フェブ。パルちゃんに教わったの?」
クレタレアは、息子の知識に微笑ましげに出どころを尋ねる。
「うん! ふたりで大祭主さまのぶぐてんで見たよ!」
「あらあら、いいわね」
「や、ちょっと、二人で? 二人でって……」
問い詰めようとするミケーネ。
だがその問いは抜き放たれた刃から響く歌声に遮られる。
『詠えや詠え~ロギダーム様のお出ましだ~俺様ちょーカッコいい~! カッコよすぎてしびれちゃう~』
だみ声でナルシズム全開の歌声に。
「うわぁ……」
モヒカン頭のマッチョデーモンが中指をおっ立て、舌を振り回す。
そんなイメージの被さる歌声に、パルシオネは引いた。
まさか名剣百選の内に名を連ねるほどの魔剣が、こんな下品な物だとは思いもしていなかったのだ。
だがパルシオネのそんな感想など知ったことかと、ロギダームの歌は続く。
『世の中の女はみんな俺のもの~俺の雄々しい<ピー>で<ピー>を<ピー>してやんよ~……』
しかしここまでで歌声は遮られる。
大祭主が苛立ったように刀身を鞘に戻したからだ。
「ふざけているんですかっ!」
剣は黙らされたが、シマウマ副司令官が怒りも露にシェアミットを一閃。
覚悟を決めて戦いの場に上がったのに、品のない歌でお迎えである。
ふざけているのかと怒るのも無理もない話だ。
「お母さま、今の<ピー>って……」
「あらあら、それはね……」
「お母様! フェブに何を教えようとしてるのッ!?」
大祭主がひらりと飛びかわすのをよそに、息子の質問に答えようとするクレタレアをミケーネが遮る。
「あら、だってそのうち覚えなくちゃいけないことよ?」
「けど早い、早すぎるわ! 八十年は早い!」
「それだといくらなんでも遅すぎるわよ」
「そうよねケレー。なるべく早くパルちゃんとの孫を見せて欲しいもの」
「孫が見たいのなら姉様たちを急かしてよ!」
「ねえねえ、それで<ピー>ってなんなの?」
そんな母と子どもたちのやり取りに、パルシオネは正直微笑ましさよりも、少し席を外したい気分がこみあげてきた。
しかしすぐに席を外すわけにはいかない状況になる。
「魔獣招来!」
シェアミットをかわされたシマウマデヴィルが、召喚魔術を発動したのだ!
「召喚の魔術でありますと!?」
パルシオネが驚きの声を上げる前で、召喚された岩狼獣と呼ばれる長大な牙を持つ四足獣五十頭が、一斉に大祭主に襲い掛かる。
「わあ! はじめて見る! なにアレなにアレ!?」
「わたしも知識にはあるでありますが、召喚魔術が戦いで使われるのを見るのは初めてでありますよ」
初見の魔術に、フェブルウスの興味は完全にそちらに移る。
魔族の中で召喚の魔術の使い手は非常に珍しい。
それは術式の難度ゆえに――ではなく、魔族には、召喚魔術を使おうという発想がないものばかりだからだ。
パルシオネが知っている召喚魔術も、竜なり何なりの騎獣を呼び寄せるためのものでしかない。
「確かにかなりの数を呼び出していますが、魔獣程度が大公閣下に通じますか?」
それにミケーネの疑問ももっともなところ。
男爵位を奪い合う程度の争いならばともかく、魔獣などいくら味方につけたところで、大した戦力にはならないのだ。
「通じないでありますでしょう。挑戦者の副司令官閣下も、魔術に耐性のある岩狼獣を選んで喚んだようでありますが、相手が悪すぎるとしか……」
なにせ挑んだ相手は「あの」大祭主である。
ネズミ大公をその配下とまとめて殲滅したことのある大祭主にしてみれば、シマウマ副司令官の工夫も多少手間が増えた程度のことでしか無いだろう。
だがその手間の間に、シマウマ副司令官は強力な魔術を編み上げるつもりであるようだ。
どうするのかとパルシオネらが見守るなか、大祭主は慌てず騒がず、群がる岩狼獣たちを前に手を掲げる。
「魔剣招来!」
そして魔獣たちの牙をかわしつつ、挑戦者に倣い術の名を詠唱。
するとその手には、白い鞘に収まった第二の魔剣が現れていた。
「死をもたらす幸い!?」
「まけんって、しょうかんできるのッ!?」
パルシオネとフェブルウスが揃って声を上げる中、大祭主は呼び出した剣を抜き放つ。するとその刀身を濡らす露が霧と広がり、瞬く間に魔獣の群れを飲み込む。
そして霧の中からは爆発音と、飲み込まれた魔獣たちの悲鳴が上がる。
「何が起こってるの!?」
霧に覆い隠され、ただ爆音と獣の悲鳴が聞こえるばかりの戦場に、ケレーアリアのみならず、観戦席のそこかしこからどよめきが起こる。
「あのモヤのなかはね、さわるとばくはつするアワがいっぱい浮いてるんだよ!」
「しかもその泡の中には麻痺毒が含まれていて、その効果で魔獣たちが苦しんでいる、のだと思われるであります」
「……なるほど」
フェブルウスとパルシオネの解説を受けて、クレタレア一家は霧の中で何が怒っているのかを理解する。
そんな爆音轟く深い霧の中から、鋼のぶつかり合う鋭い音が響く。
そして霧から飛び上がったシマウマデヴィルがシェアミットを振るい、霧を晴らす。
そして痺れて倒れる岩狼獣と、その中心に立つ大祭主に向けて、すかさず術式を放つ。
八十五式ものそれは、大地をねじ上げ、横たわる岩狼獣たちを巻き込んで、大祭主を襲う。
だが大祭主は平然とその魔術を防ぎ、さらに挑戦者の展開する魔術を片っ端から解除し打ち消していく。その上、痺れて横たわる魔獣たちを転移、避難させる余裕も見せてだ。
「なんとッ!? なんという魔術の腕前なのでありますかッ!?」
「すごい、すごーいッ!?」
この鮮やかな手並みにはパルシオネたちのみならず観戦席のあちこちから惜しみない称賛の声が巻き起こる。
大公閣下の魅せる力に大いに観戦席が沸く中、シマウマ副司令官は全身全霊の力を込めてシェアミットを一閃。
輝きを増したようにさえ見えるその刃は、大祭主の受けた魔剣を折る。
それはもう、見事なまでにぱっきりと。
「お、折れたぁああああッ!?」
名のある魔剣の損失。
これに悲鳴を上げたのは持ち主、ではなくパルシオネの方だ。
武具とは戦いの中で振るわれ、血に濡れ、いずれは折れて朽ちるもの。
それこそが武具の本懐。名具、美品と飾られるばかりでは、刃を身として生まれた意味がない。
それはパルシオネにも分かっている。
分かっているがしかし、歴史ある武具が失われるのを惜しむこととは、また別問題である。
そこへさらに、決着をと大祭主が描き出した大猫の造獣魔術がシェアミットをも粉砕。
名だたる魔武具二つが揃って失われたこの衝撃に、パルシオネはへなへなとその場にへたり込む。
「そ、そんなぁ……」
「ぱ、パルちゃん!? しっかりッ!!」
フェブルウスは、そんなパルシオネを支えるように手を添える。
対するパルシオネは男の子の心遣いに、肉球を手に重ねて応える。
「……だ、大丈夫。けっこうショックではありますが、こういう時こそ、わたしの仕事であります! 名のある魔武具の最後を、その歴史の締めくくりを、キチンと記録に残すのであります!」
パルシオネは歴女デヴィルとして、自分がやってやれること、やるべきことがあると己に言い聞かせ、ぷんすと気を入れ直して立ち上がるのであった。




