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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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なぜに初手でそれ!?

「さて、四日目の対戦は、二四戦でありますね」

 大公位争奪戦を眺める一般の観戦席。

 ラマ大公の戦いの無い今日は、パルシオネもクレタレアの家族とともにここへ来ている。

「今日はどんな勝負になるのかな?」

「楽しみでありますね」

 どんなものを魅せてくださるのか。

 期待に目を輝かせるフェブルウスに、パルシオネは微笑んで同意する。

 なにせ、これまで派手な魔術の応酬を披露してくれてきた大公閣下同士の対戦である。

 パルシオネとしても、正直どのような術が飛び出すのか楽しみでならない。

 序列二位の王弟が戦うとあって、大祭主による試合開始の宣言がなされる。

 その直後に飛び出したのはキスであった。

 繰り返すが、赤き美男子の唇が、白き美女の唇を直撃したのだ!

「や、やったッ!?!」

 観衆の中から、誰からともなくそんな素直な驚きの声があがる。

 それを皮切りに起こる大歓声。

「は? え? は? し、勝負、試合はッ!?」

 四方八方から押し寄せる大音量の波に、パルシオネは触発されて内に起こっていた混乱を口に出す。

 どんな魔術が出るのかと、楽しみに構えていたところでのまさかのキスである。

 貞操観念強めの魔族としては動転するのも無理もない。

 赤の美男子が女好きで、度々白美女を口説いているのはパルシオネも知っている。

 だが戦いの場で、舌まで入れるようなのをやるとはまさか思っていなかった。

「あらあら激しいわね」

「さすがは数々の浮名を流した閣下。噂に違わず、その髪の色以上に情熱的なお方だね」

 一方のクレタレアとアダマスの夫妻は、関心しきりと絡み合う美男美女を眺めている。

「いや、ちょ!? え、えぇえ……!? なに? なにやって……うわぁ……!?」

「……あんた結構ウブよね? いや、指の隙間からガッツリ見てるし、むっつり?」

「ね、姉さん!?」

 また一方でケレーアリアは照れながらもしっかりと覗き見ている妹に苦笑を向ける。

「ねーパルちゃん。チューばっかりで、勝負はじまらないの? しんぱんの閣下ははじめって言ったよね?」

 そしてフェブルウスが、訳が分かんないね。と、首を傾げる。

「え!? ああ、はい! そうであります、そうでありますよね!? いやどうなっちゃってるんでありますかね!?」

 この愛弟子の問いにパルシオネが答えを持っているはずもなく、ただあたふたとうなづくほかない。

 そうこうしているうちに大祭主が赤の美男子を一喝。

 それを引き金にようやく五層百式魔術の応酬が始まる。

「わぁ! やっと始まった!」

 この大規模な術式によるぶつけ合いに、フェブルウスだけでなく観戦席の大部分から歓声が上がる。

 が、その一方で美男美女の絡み合いが終わったことに対する落胆の声もちらほらと混ざっている。

 しかしそれらの声もすぐに裏返ることになる。

 なにせ赤の美男子は、白の美女を押し倒す隙を狙っていたからだ。

 兄である魔王陛下の寵姫、王妃最有力候補とされている人物を、である。

 それから先については、パルシオネは試合運びを見守るどころではなかった。

 ミケーネと共にフェブルウスの目と耳を塞ぐので忙しかったからだ。

 なのでこの勝負については、順位どおりの勝敗に決まったということしか、パルシオネは知らない。

 付け加えるなら、魔王陛下が弟君へ怒りの鉄拳を叩き込んだ、ということくらいか。

 兄弟仲が良いことで知られている二人であるだけに、鉄拳制裁の件は衝撃をもって広まることになった。

 合わせて、魔王陛下の寵姫への愛情と独占欲の深さも知られる事に。

 ともあれ、午前の勝負に決着はついて、午後の三五戦である。

 こちらは意外な事に、終始現五位の閣下が三位のデヴィル女王を翻弄。勝利を納める事となった。

「あらまあ。この結果は予想していなかったわ」

「そうだね。こう言っては無礼かも知れないが、強さの印象としては逆だったからね」

 飄々と構えていて、序列にはさしたる興味も無さそうな五位の大公と、力でその序列を勝ち取ったデヴィル女王。

 多くの者はここでデヴィル女王が勝利し、負け続きの印象を覆されると予想しただろう。

 だが現実にはそうはならなかった。

「やはり、相手の手のことごとくを塞ぐように詰みに持っていっているでありますね……御見事、と言う他ないであります」

 パルシオネは、完璧な盤上勝負のような戦いの運びを魅せられたことに、ただただ、感心の言葉を出す。

 そして同時に、五位の閣下が何らかの手段で正確な先読みをしているだろうということへの確信を強める。

「ねーねーパルちゃん」

「んぅ? どうしたでありますかフェブくん?」

 考え込んでいるところにアナグマ腕を引かれて、パルシオネは横を見る。

「なんでみんなこんなにビックリしてるの? 大祭主さまがさいしょの戦いでも昨日のでも、上のかたに勝ってるのに」

 なるほど当然の疑問である。

 確かに、これまでの争奪戦で序列の高い者に下の者が打ち勝った例ははじめてではない。

 にも関わらずこの驚きようは大げさに過ぎるというものだ。

「いい質問でありますよ、フェブくん」

 この問いにパルシオネは男の子の頭に肉球を乗せて弾ませる。

「なぜ大祭主様は驚かれなかったか……ということでありますが、大祭主様はほぼ間違いなく順位を上げられるだろうと思われていたから、でありますよ」

「そうなの?」

 目をまんまるにするフェブルウスに、パルシオネは笑顔でうなづく。

「そうなのでありますよ。先代のネズミ……大公様を討った時の暴れぶりはいまでも語り種なのでありますよ」

 先代の大公当人ばかりか、追従した軍団長をもろともになぎ倒したのである。

 普通大公位の奪い合いというものは、一対一で互いに死力を尽くして、となるものだ。

 それをそもそも正式な挑戦でなかったためとはいえ、多勢に無勢。それを余裕をもって打倒して見せたのである。

 四位より上に食い込んだとして、納得をもって迎えられるだけだろう。

「生き残った方はこの時の話になると、怯えてまともに動けなくなるほどとのことでありますから、いかに凄まじい力が振るわれたのかが知れるというものであります!」

「そんなにすごいんだ大祭主さまって!」

 ただただ素直に力への感服を示すフェブルウスに、パルシオネは笑みを深める。

「そうであります。凄いんでありますよ。これで魔力と権力を振りかざして臣民に無体を強いるでもなく、さらに異種族デヴィルとも同盟を結び、種族を理由に側近の配下を遠ざけたり入れ替えたりもなさらない。下位のデヴィルとしては、お仕えするならこうあってほしいという高位デーモンでありますね」

「でもきのうはサイの角をばっさーって切っちゃってたよ?」

 大祭主を手放しに褒めたたえていたパルシオネであったが、この問いにはさすがに言葉を詰まらせてしまう。

 なにせパルシオネに例えるなら、アライグマの尻尾を半ばから切断されるか、タヌキの耳の大半を持っていかれるようなものである。

 生で観戦こそしていないが、この話を聞いた時には同情を禁じ得なかった。

「あれは……その……ほかの閣下方が腕を切ったりなんだりしていますので、それよりはマシなところを狙ったおつもりだったのでは? ……と思うのでありますよ。たぶん、きっと……」

 所詮は推測に過ぎないので、庇う言葉は見る見るうちにその勢いを失っていく。

「前から思っていましたけれど、大祭主様に随分と好意的ですよね、パルシオネ男爵?」

 そこへミケーネが訝しむような目を向けてくる。

 実際、美男美女コンテストでも大祭主に一票を投じるなど、パルシオネは深く肩入れしている。

「そうね。パルちゃんは異種族でも大丈夫って言うのは知ってるけど、そのあたりはどうなってるのかしら?」

 娘に合わせてクレタレアも、興味津々と視線を送る。

 対してパルシオネは困り笑いを返して後ろ頭を掻く。

「いやー……趣味も良いようで、陛下以外にお仕えすることになるなら、あの方がいいかな、というだけでありますよ。偶然とはいえ親の仇のネズミも討ち取って下さいましたし、そういう意味でも好感はあるでありますが……」

「わかった! じゃあボクは大祭主さまみたいになれるようにがんばればいいんだねッ!?」

 フェブルウスはそんなパルシオネの言葉を聞いて、拳を握り立ち上がる。

「フェブッ!?」

 そんな男の子の決意表明に、ブラコンお姉ちゃんは涙目になって青ざめる。

「いいわねフェブ、その意気よー」

 だが母は、軽い拍手を添えて息子の高い目標に声援を送る。

「高い目標を持つのは良いことでありますよ。でも何から何まで同じになろうっていうのは違うでありますからね?」

 そしてパルシオネも、フェブルウスのせっかくのやる気を削がないように、と声をかけるのであった。

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