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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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信用のできない魔力上昇法に頼るわけにはいかない

「分類は蘇生。全身が腐り落ち、一度死して後に甦る特殊魔術。腐敗と蘇生の過程で苦痛を伴う。以下詳細不明……と」

 新魔王城と共に作られた、新たなる公文書館。

 そこでパルシオネは、新たな特殊魔術名鑑の編纂作業をしている。

 付け加えられている物の中で目玉といえるのは、ラマ大公が所持していることが発覚した不死の特殊魔術。

 パルシオネが密かに「呪詛喰い」と仮の名をつけているあの特殊魔術だ。

 先日の争奪戦の中、多くの観衆の前で、そして遠見の魔術によって全世界に向けて暴かれた以上、記録されることは自然なことだろう。

 しかし実際に記される情報は、まるで分かっていないに等しい。

 恐らくパルシオネ以外には、単に死体になっても蘇ることができる魔術だとしか映らなかっただろう。

「呪詛喰いが呪詛を取り込んで復活する力だ、というのは間違いないでありますが……だとしてもアレほどにまで大量に取り込むことに意味が? 取り込んだ分だけ蘇生できる? それとも力が増す、とかでありますか?」

 だがパルシオネとしても、呪詛が絡んでいるだろうことを嗅ぎ取っただけ。

 実際の効果については、あまりに強烈な呪詛の臭いからの推測でしかない。

 相手の魔力を感知する特殊魔術を持っていないパルシオネには、ラマ大公の内で高まっているものが見えるはずもない。

 だからこそ、パルシオネが嗅ぎ取った呪詛関連の情報を書き加えるわけにはいかない。

 そこから辿られて始末されるような事態は避けなくてはならない。

「力が増す……と言えば、わたしも妙に魔力が増えているのでありますよね」

 パルシオネはつぶやいて、アナグマの肉球に目をやる。

 それで自分のものとはいえ、魔力が見えるわけではない。

 しかし己の内に満ちた力である。

 目で見る必要すらないと言える。

 およそ十六分の一の増量。

 少女時代ならば五十人分ほどの魔力が、気を失う前と後とで増えているのだ。

「意味が分からないであります。意味が分からないであります」

 この急激な増量に、パルシオネは浮かれるでもなく、ただ不気味だと震えるばかり。

 一割増にも満たない増加であるし、大公閣下たちから見れば微々たる変化であるだろう。

 パルシオネももちろん、魔力の強化は歓迎するところである。

 だが、これほどの魔力上昇は生涯初めてのことで、手放しに喜ぶには不気味に過ぎた。

「……恐らく原因は、ラマ大公閣下でありますよね」

 ラマ大公の特殊魔術による死と再生。

 それを目の当たりにした前と後での急増である。

 無関係であるはずがない。

 恐らくは呪詛を感知する嗅覚が、おぞましいまでの塊の存在を受け、対抗しようとしたのだろう。

 以前、遠目にラマ大公を見たときは、ただ吐き気を覚えただけだった。だが、今回は呪詛喰いが発動した現場に居合わせたために、こんな反応が起きたのだろう。

「となると、ラマ大公が特殊魔術を発動させている現場にいれば、わたしの魔力が増す、ということでありますか」

 再現したとして、魔力増加が起こる確証はない。

 だが状況からするに、充分に可能性のある話である。

 それを繰り返したところで、仮にパルシオネ魔力がどこまで増すのかは分からない。

 しかし愛弟子のため、百式を用いれる魔力が欲しいパルシオネには、手早く魔力を増す有効な手段であるだろう。

「そうなると、今日も観戦に行くべきだったかも知れないでありますね」

 今も、大公閣下同士による熾烈な争奪戦が繰り広げられていることだろう。

 大祭主閣下の三六戦もあるので、観に行きたかった。

 だが午後が件のラマ閣下の一七戦であったために今日は見送ることにしたのだ。

 昨日の今日ではさすがに、遠目にラマ顔を見ただけで気分が悪くなりそうだと思ったためだ。

 だが観戦に行っていたところで、また都合良く呪詛喰いが発動するとも限らない。

 金獅子の閣下がまた一撃で沈めて終わりという展開も多いにあり得る。

「しかしだとしても、そんな方法に頼るのも不安であります」

 手早く魔力の強化が出来る。

 その可能性を認めながらも、頼るべきではないというのがパルシオネの結論だった。

「安直な方法で増やして、いつかその分をゴソッと落としかねないとも限らないであります」

 パルシオネは言いながら繰り返しうなづく。

 それは自分を納得させようとするかのようで、また誘惑を振り払おうとするかのようでもある。

 対抗すべき何者かに呼応するかのような上昇。

 仮にそうして伸ばしたとして、その抗うべき相手が居なくなればどうなるのか。

 残っているかどうか分かったものではない。

 それよりは徐々に、地道にでも着実に魔力を増やして行くべきだというのがパルシオネの考えだ。

 何も急いで爆発的に魔力の底上げをする必要は無いのだから。

「……このあたりが、わたしの才能の無さでありますかね」

 その考えに、パルシオネは苦笑を浮かべる。

 真に力を、上に行こうと求めるのならば、力を増すのに手段など選ぶべきではない。

 パルシオネにはそこそこの、爵位を得るのに至る素質はあった。だが、ほどほどで満足できて、貪欲に上を目指す才能は無かった。

 それを分かった上で良しとしてしまえるあたり、やはり高位・上位に至れる才能は無い。

 だがそれでこそだ。

 自分自身が強く、高みに至るよりも、教えられることが増えて、教えて鍛えた者たちが昇っていくことの方が嬉しく、誇らしい。

 それがパルシオネという魔族の心根だ。

「鍛える……と言えば、修練所、一番右の塔最初の統括者を任されることになってるんでありますよね」

 新魔王城のお披露目と時を同じくして公表された新たな試みである修練所。

 魔王、および大公たちの持ち回りで運営されるこれは、その名の通りに修練と、それに加えて爵位の授与のための公営の鍛錬場である。

 とにかく爵位を持っている者から奪い取る。

 これが魔族社会現在の主流であり、爵位を巡っての争いが絶えない。

 だが今後は修練所を攻略することで、奪わずとも爵位が得られるようになるので、牽制や争いは減ることだろう。

 なお、これを利用できるのは成人魔族に限らない。

 子ども、未成年からでも遊びながら挑戦できるように整えられる塔が用意されることになっている。パルシオネが最初の統括者を任されることになっているのは、まさにこの子どもからでも挑戦できる塔なのである。

「いやーこれはやりがいのある仕事でありますね! 最初はやはり基礎の基礎から少しずつ、最上階前の少し前から本格的に男爵位試験とする形で……いやあ持ち回りが来るのが楽しみなくらいでありますよ!」

 そんなところを任されたのならパルシオネとしてはウキウキものである。

 有望な若者を鍛えて育てて、立派な爵位持ちに育てる。

 そのための仕掛けや試練のアイデアを、特殊魔術名鑑の編纂そっちのけでまとめ始めてしまう。

「聞けば修練所の原案は大祭主閣下だとか。ホントに面白いことを思いついてくださったものであります! 正しい実力を認識できて、平和的に爵位持ちが増えるということは、無謀な挑戦によって命を落とすものが減るということであります! 素晴らしい!」

 パルシオネはプンスプンスと鼻息荒く、修練所の発案を手放しに称える。

「豊かな才を持つ子どもたちを大勢育てることができて、鍛練に連れていくことも出来る。万々歳! 万々歳であります! ただ、わたしが統括者として戦いに立つ時には、うまい具合に加減しませんとパルシオネ男爵の時だけ難度高過ぎとか言われてしまうで……ッ!」

 尻尾が踊るほどに浮かれていたパルシオネだったが、ある気づきに体を強ばらせる。

「……実力に見合った地位に着きやすくなる、ということは……実力以下の地位に甘んじるな、ということでは、ない……でありますよね?」

 呻くようにつぶやくパルシオネ。

 タヌキの顔なので分からないが、その顔はデーモンであったならば目に見えて血の気が引いていることだろう。

 パルシオネの魔力は確かに高い。

 だがそれはあくまでも男爵位の中ではの話だ。

 もともと平穏に長生きして歴史研究を続けるため、難度高めの男爵として挑戦を牽制するべく高めた力だ。

 相手次第では伯爵を下すこともできるかもしれない。だがそうなってしまえば、挑戦の不安で平穏な研究どころではなくなってしまう。

 そしてもしもパルシオネの力が高すぎて男爵にそぐわないとなれば、地位を上げて後進のために男爵の空きを作るように圧力がかかるかもしれない。

 それはパルシオネにとって不安につながる、断じて歓迎できない道だ。

「い、いやいや! なにも魔力に見合った地位に着くのを強制する仕組みではないであります!」

 パルシオネはそう言って首を横に振る。

 それは頭にこびりついた不安を、振りほどいて逃れようとしているかのようであった。

「新たな仕組みができたのなら、それに合わせた立ち回りでどうにかすべきところであります!」

 そうして今後も平穏な歴史研究と魔術教師に明け暮れる暮らしを守るべく、気持ちを新たにするのであった。

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