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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
59/76

家に帰って寝た記憶が無いのですが

「あぅ?」

 間の抜けた声と共に、パルシオネが体を起こす。

「うぇ? わたしの寝室……であります?」

 アナグマの手で寝惚けたタヌキ顔をすりすり。

 自分が木目調の見慣れた部屋と、馴染みのあるベッドにいることを認める。

「……いつ戻ってきて眠ったんでありましたっけ?」

 しかしどうして、いつの間に自分が寝床にいるのか。

 その辺りが曖昧で、どうにかはっきりしないものかとしきりに首をひねっている。

 そこでドアをノックする音が響き、パルシオネはそれに返事をする。

「目が覚めたのですね、ご主人様」

 安堵の息を吐きながら入ってきたのは、デーモン族の使用人であるユークバックであった。

「目が覚めた……って、何があったのでありますか?」

「覚えておられないのですか?」

 主人の問いかけに、ユークバックは神妙な顔で問い返す。

 その口ぶりから、パルシオネは何かしらあったらしいことは察する。

 だが、その何かしらにはまるで見当もつかない。

「どうにも思い出せないのでありますよ。確か大公位争奪戦、四七戦を観戦していたはずで……」

 パルシオネは頭の整理のため、はっきり記憶しているところを言葉に出す。

 するとそこで控えめなノックの音が響く。

 それにパルシオネが返事をすれば、ドアを外れかねない勢いで開いて飛び込んで来る者がある。

「パルちゃーん!!」

「フェブくん!?」

 駆け込んできたデーモンの男の子を、パルシオネはベッドに座ったままで受け止める。

 そうして、離すまいと言わんばかりに力いっぱいに抱きついてくるフェブルウスの頭に、肉球を弾ませる。

「心配かけてしまったのでありますね? ありがとうであります。でも、もう大丈夫でありますよ」

 感謝を告げて微笑みかける。

 するとフェブルウスは抱きつく力を緩めぬまま、パルシオネの顔を覗き込む。

「ホントに? あんな急に、気持ち悪そうにして倒れたのに?」

「倒れた? でありますか?」

 フェブルウスの言葉を受けて、パルシオネは首を傾ける。が、固まったかのようにその動きをなかばで止める。

「そう……そうであります。レイピアの一撃……ラマ様の悲鳴……デロデロに溶け……そして、再生……うぷっ……!」

 意識を失う前、最後に見たグロテスクな光景。

 そしてそれに伴う耐え難い悪臭。

 記憶の蓋を開けて取り出されたそれに、パルシオネはたまらずにえずく。

「パルちゃん!?」

「へ、平気……大丈夫、でありますよ……うぅっぷ!?」

 愛弟子の前だからと強がっているが、どう見ても平気ではない。

「ムリしないで! あんなの見ちゃったあとだもん! わすれよ、わすれて!?」

 そんな吐き気をこらえるパルシオネから、フェブルウスは逃げることなく、背中をさすって落ち着かせようとする。

「うぅ……ありがとうでありますよ、フェブくん」

 気を失った際に嘔吐しているのも見ているはずだろう。にも関わらず、離れようとせず介抱してくれる男の子の心遣いに、パルシオネは弱々しい声で感謝を告げる。

「ふう……どうにか落ち着いたであります。もう大丈夫でありますよ」

 忌まわしい記憶のフラッシュバックに振り回されて、起きるなりに胃袋のひっくり返りそうな気分を味わったパルシオネであったが、どうにか粗相をすることなく落ち着くことができた。

 もっとも、ひっくり返ったところで、スッカスカの胃袋からは胃液くらいしか出てこなかっただろうが。

 そこへクレタレアとミケーネがフェブルウスに遅れて入ってくる。

「無事に目覚めたのね。良かったわ。倒れた時はどうしたことかと思ったけれど」

「心配かけて申し訳ないであります」

 パルシオネはケレーアリアからだという果物の篭を受け取って、包丁(ショコララムス)で手早く皮剥き切り分ける。

 それを見舞いの上司母子にも振る舞いながら、パルシオネも空きっ腹に物を入れていく。

「いやあ、果物の甘さもでありますが、心遣いが沁みるでありますよ」

「あらあら、その様子ならもうすっかり平気みたいね。運んでる間はうめき声もなしにぐったりしてたから」

 食欲を無くしていないパルシオネの様子に、クレタレアはふうわりと安堵の笑みを浮かべる。

「お手数かけたようで申し訳ないであります。そう言えば、あれからどれくらい経ったのであります? その、四七戦から……」

「まだその日の夜よ。晩餐にはちょっと遅いくらいかしら」

 パルシオネの問いかけにクレタレアは柔らかな笑みのまま答える。

「それにしても男爵にも苦手な物があったのですね。吐いて気絶するほどだなんて……いや、まあ……確かに酷い光景でしたが」

 ミケーネはそう言って、四七戦の決着の前後を思い出してか、顔色を悪くする。

 それにはフェブルウスも、クレタレアでさえも、同じく表情を曇らせる。

 腐り落ちて死して、その逆回しに蘇生する。

 この場の誰もが、そんなグロテスクな光景を楽しめる感性の持ち主とは違うのだ。

「いやまあ、見た目もキツかったでありますが、何より効いたのはあの臭いでありますね。いやあ酷かったであります」

 腐敗臭ばかりか、およそ考え得るあらゆる汚臭を混ぜ合わせたかのような悪臭。

 嗅げば誰もが吐き気を催し堪えられないだろう臭いを振り返って、パルシオネは顔をしかめる。

「臭い?」

「確かに大公様の体が腐り落ちていく臭いは観戦席にまで来てたけど、そこまで濃かったかしら?」

 だがミケーネとクレタレアは言うほどだったろうかと首を傾げる。

 その反応でパルシオネは気づいた。

 あそこまで強烈だったのは呪詛の臭いだったのだと。

 パルシオネは呪詛の存在を嗅ぎ取ることのできる独特の感覚の持ち主であり、所有する箒杖ムンブルームの呪詛払い能力と合わせて、呪詛という手段に対する強力なカウンターとなっている。

 だが嗅ぎ取るたびに、必ず吐き気を催すほどのダメージを負っているわけではない。

 呪詛の程度や種類によって臭いも様々で、モリー・レイに酩酊状態にさせる呪いをかけさせた酒ならば、強めの発酵臭を感じる程度のものだ。

 時折嗅ぎ取ることがあるモノも、多少種類や強弱の差はあれどその程度でしかない。

 そこでパルシオネの意識を刈り取ったあの臭いである。

 どれほどのものを重ね、混ぜ合わせ、混沌とさせた呪詛の坩堝(るつぼ)だというのか。

 考えるだにそら恐ろしくなる。

「つまり、あの死して甦る特殊魔術には呪詛が絡んでいる、ということかしら」

「先輩、それ以上は!?」

 今回の戦いでラマ大公は、確かに大勢の前で蘇生の特殊魔術の持ち主であることを暴かれた。

 だが細かな条件については知られていない。

 完全な口封じをするには、もはや魔族すべてを滅ぼさねばならなくなっている。だが詳細を、完全な不死ではないと悟っているものは限られる。

 それらを語る口の無い死者にしてしまうならば、難しいことではないだろう。

 ましてや相手は大公。こちらは伯爵が最大戦力。抗ったとて敵うはずがない。

 始末するにはさぞ気安いことだろう。

 そんな状況で口に出してしまうのは、あまりにも危険である。

「ええ、そうね。この事は秘密にしておきましょう」

 そしてパルシオネとクレタレアは、神妙な顔でうなづきあう。

 だがその一方でフェブルウスが拳も固く立ち上がる。

「パルちゃん、まっててね! ボクぜったい大きく、つよくなって、あのラマの大公さまをやっつけるからッ!」

「フェブッ!?」

 幼いが故の恐れ知らずの決意表明.

それにミケーネがたまらず飛び上がる。

「なんて恐れ多いことをッ!?」

「どうして? ラマの大公さまがいるとパルちゃんが気持ちわるくなっちゃうんだよ? だから強くなってやっつけてやるんだ!」

 確かにフェブルウスの才、潜在能力はいにしえの大公の佩剣が再来と認めるほどである。

 だが古代の大公に並ぶほどの力が、現代にも通じるとは限らない。

 それに、ラマ大公がこれからどれほどに力を伸ばすのかも分からないし、フェブルウスが成人する以前に、別の者に討ち取られる可能性もあるのだ。

「それはありがたいであります。ありがとうでありますよ、フェブくん」

 しかしそれを告げて、せっかくのやる気に水を差すのもよろしくないと、パルシオネは素直に男の子の思いに感謝を述べる。

 そうして頭に肉球を弾ませれば、フェブルウスは気持ちよさそうにはにかんで大人しくその手を受け入れるのであった。

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