目の良さが命取り、ということにはならないといいなぁ
「昨日の一三戦のようにはならないといいのだが……」
「大公様同士の戦いの迫力を楽しむ前に終わってしまったものね」
アダマスが顎に手を添えて言うのに、クレタレアが同意する。
序列の近さから接戦になるとの予想に反して、一撃で終わってしまった一三戦。
観戦側の勝手な意見ではあるが、盛り上がる間もなく、ただ序列第一位の力を称えるしかできない試合であった。
現デヴィル第一の美女に選ばれた彼女が現れるまで、幾度となく妻に、でなければ一夜をと迫っていた間柄であっただけに、容赦なく焼き払う仕打ち対する驚きの声もあったが。
「力の差を理解していたからこそ、長く痛めつけるでなく一撃で……ということかもしれないでありますけれども……」
パルシオネは金獅子大公の考えを推し量ってつぶやく。
もっとも、単純に序列第一位の実力をいかにして見せつけるかと考えてのことかもしれないし、戦うに値するかを試していたのかもしれない。
あるいはそのすべての理由を噛み合わせたがゆえに、か。
しかし、心と魔力は見えぬもの。
どれだけパルシオネが頭を捻ったところで、当て推量以上のものになるはずもない。
パルシオネはタヌキ頭を振って、金獅子大公の考えに推測を立てるのを止める。
「ねーねーパルちゃん。この戦いってどうなるとおもう?」
そこへフェブルウスが、二五戦について尋ねる。
「そうでありますね。二位の大公閣下は一位の閣下と何度となく戦っていると聞いているでありますから、勝敗は順位どおりだと思うであります」
「じゃあまたいっぱつでおしまい?」
「そうはならない、と思うでありますが……」
そのあたりはパルシオネにも断言出来ずあやふやになってしまう。
魔力を感知する能力を持たないパルシオネに、細かな戦いの予想をつけるのは難しい。
それが雲の上の実力者同士の戦いならなおの事。
双方の実力に見当をつけるのも覚束ないのだから、予想してみるというのが土台無理な話である。
そうこうしているうちに大祭主による開始の声が響き、戦いが始まる。
「まずは剣! でありますかッ!?」
剣を抜いて肉薄する赤の大公にパルシオネは声を上げる。
しかし、ありえない戦術ではない。
魔力魔術偏重の魔族の中で武術はおまけ扱いである。
だからこそ初手踏み込みはアリだ。
相手の魔術を恐れず懐へ切り込み、相手のペースを狂わせ、自分で戦いの流れを握る。
そういう形に持っていける可能性は大いにある戦術である。
だが対する五位のデヴィル大公は、悠々と構えて剣を篭手で受け流し、すかさずの魔術を返す。
しかし王弟閣下もそれを読んでいたかのように対抗の魔術をぶつける。
そこからは至近距離での激しい攻防が繰り広げられる。
攻めては避け、返しては凌ぎ。この絶え間ない応酬に、観戦席は大いに沸く!
「スゴいね、パルちゃん! ズバーン、ズドーンって!」
「そうでありますね! こんなにも激しい戦いを見せてくださるとは!」
手に汗握ったフェブルウスに、パルシオネもまた鼻息荒くうなづく。
だがそうして戦いに目を戻したところで、ふと感じた違和感にタヌキ頭を傾ける。
「どうしたのかしら、パルちゃん?」
「あ、いえ……五位の大公様の動きに、ちょっと」
尋ねるクレタレアに、パルシオネは正直に首を傾げた理由を答える。
「余裕を感じる……のは何もおかしくないのでありますが、どうも……ありすぎるように見えるのでありますよ」
「どういうことですか師匠?」
らしからぬ要領を得ない返答に、クーシェのみならず、固まっている知人全員が首をひねる。
それにパルシオネは首の後ろをかきながら呻く。
「うあーっと……どう説明したものでありますかねー……とりあえず、ちょっと大公様方の攻防を見てて欲しいのでありますよ」
全員がその言葉にうなづいて、戦いに目を戻す。
そこでは今まさに、王弟閣下の放った炎を、五位のデヴィル閣下が待ち構えていたかのように水の盾で受け止めたところであった。
そうして生じた蒸気の幕に隠れての反撃を、王弟閣下は長い赤毛をなびかせながら対抗魔術を返す。
まさにそこだ。と、パルシオネは爪で指す。
「今の! 今のであります! まるで分かってたって感じの! 待ち構えてギリギリにかわしての攻防であります!」
パルシオネは興奮気味にまくしたてる。
「そうだね……言われてみれば確かに……」
だが周囲からの反応は芳しくない。
さすが大公閣下。見事な攻防だと感心はするが、どこがおかしいというのか?
そんな心の声が聞こえてきそうな表情で首を捻っている。
「分かってるみたいって言ったら両方ともそのように見えるけれど?」
違いがよく分らない。
そんなケレーアリアの言葉に、ミケーネもうなづく。
「そう……で、ありますね。確かに弟君の方も素晴らしい反応と対応であります。間違いなしに……でも、あちらの方のは、こう……馴染みがあるというか、たとえるなら奪爵ゲームの時に先の手を予測してる感じなのであります」
「それとは違う、と?」
「そうであります! 五位の御方のはそういう予測して備えているというよりは、もっと確実な……先の手を見て知っているかのように思えるのであります!」
パルシオネは、自分が感じている違和感をどう伝えるか、と身悶えしながら言葉を重ねる。
「これからどんな攻撃があるか、さきに知ってるみたいってこと?」
そこへのフェブルウスの言葉に、パルシオネは目をまん丸にして男の子を見る。
「そう! そうでありますフェブくん! 先を、未来を予め知って対応しているように見えたのでありますよ!」
「なるほど……言われてみれば」
パルシオネの言葉を受けて、アダマスとクレタレアは納得の表情を見せる。
迫る魔術、剣撃の数々。それらのことごとくをギリギリの紙一重でかわし凌ぎ続ける姿は、どうくるのかすべてを予知していると言っても不思議はない。
「……つまり師匠、五位の閣下は未来予知の特殊魔術をお持ちだ、ということですか?」
クーシェの問いかけに、パルシオネはうなづきかけて固まる。
特殊魔術は普通は秘するものだ。
戦いに役立つかどうかは関係なく、おおっぴらにするのを避けるものが大部分を占める。
それを公の試合で使っているとはいえ、七大大公という大物のを推測してしまった。
それを知られたら、その上にもしも正解に近かったとしたら。
パルシオネは考えるだけでも恐ろしくて、尻尾がうずくような気分になる。
「……もしかしたら、そうかもしれないでありますね。そんな風に見えた、ということでありますから」
だから、返事が曖昧なものになってしまうのも仕方がないことであった。
「それなら、この戦いは五位の大公さまの勝ち?」
ならばとフェブルウスがこの勝負の結末を下剋上になると予想する。
確かに、打つ手がすべて予知されるというのならば、自然予知できる側が勝つということになるだろう。
だが、それは実力差がある程度の範囲内である場合に限る。
仮に先読みできたとして、範囲、速度、威力などが対応できる範囲を超えていたとすれば、凌ぎようはないからだ。
仮に昨日の一三戦で、三位のデヴィル美女に同じ力があったとしても、結果は全く変わらなかったことだろう。
だがパルシオネには、いまその序列を争う二人の実力がどれほど違うのか分からない。
雲を貫く二つの山を、ふもとから見上げただけでどちらが高いと判断することができないように。
「かもしれない、でありますが……わたしではこの先の結果を見通すことができないであります」
可愛い弟子の問いに答えられない。
パルシオネはその悔しさに呻きながら、正直に頭を振る。
パルシオネを含む一行だけでなく、観戦席全体がどのような決着に行き着くのか、見逃すまいと視線を注ぐ。
そんな中大公二人は一度動きを止めて対峙する。
そこから決着はすぐであった。
赤のデーモン大公がその剣に魔術を使ったかと思いきや、篭手を構えたデヴィル大公へ踏み込み、とっさに重ねた守りの魔術もろともに両断!
切り飛ばされた腕が宙を舞う間に百式が展開。
デヴィル大公の全身からわずかな空間を残し、範囲半径五メートル。高さ一メートルの氷の山を瞬時に作り上げる。
そしてほぼ同時に、篭手もろともに腕を斬り飛ばした刃は首筋に当たっている。
切っ先が薄皮一枚を破り食いついたその様は、誰の目にも明らかな決着であった。
激しい攻防が繰り広げられていた間は長引くかと思われた二五戦であったがしかし、いざ勝負となればまさに一瞬。
決着はあっけないものであった。
「うぅん……もし予見できているのなら、今のはかわせなくもないと思うのでありますが……そうなると、未来予知できる、というのは勘違いでありますかね?」
医療班が飛び出していく中、パルシオネは自分の推測が誤っていたのかと首を捻る。
魔剣でもなしに防御魔術をも切り裂く剣というのは確かに驚きである。が、しかしこれまでの攻防を見るに、完全に手に負えない攻撃でもないはず。
未来が見えているのなら、腕を落とされる可能性を見て受けずに避けたはずである。
しかし、早とちりであったならそれはそれでいい。
誤った特殊魔術の推測が多少広まったとしても、追及するようなことはないだろうから。
だがその一方で、腕を斬り飛ばされる結果を見た上で、引き際だとその結果を受け入れたのではと考えられるのも、彼のデヴィル大公の恐ろしいところだ。
「ねーねーパルちゃん。この戦いじゃ魔剣は使っちゃダメなんだよね? アレはよかったの?」
想像に身震いしていたところにかけられた問いかけ。
これにパルシオネは頭を振って頭を切り換える。
「そう言えばそうでありますね。しかしあれは剣に何かをしていた……何かの魔術をかけていたようであります」
「魔術を?」
疑問符を浮かべるフェブルウスに、パルシオネはうなづく。
「そうであります。実は引っ越しが終わって間もなくに公文書館を訪ねてこられて、熱心に転移陣についての資料をご覧になっていたのでありますよ。だからあれはおそらくその応用……武具に魔術を定着させているのでありますよ。普通の武器を自分の力で魔剣のようにしたということなので、問題なしとなるはずであります」
パルシオネは推測混じりながら、どういう魔術なのかと説明をする。
その一方で審判役の大祭主が、渡された剣を試し切りに振るう。
その一太刀目は魔術による分厚い氷を易々と切り裂く。が、新たに展開した術式への二太刀目で粉々に砕け散ってしまう。
「しかし、武具が魔力に負けて脆くなってしまうので使い捨てになる。でありますか……ですが、これはおもしろい。すごくおもしろい魔術でありますね」
そんな即席魔剣の結果を、パルシオネはワクワクとした目で眺める。
「たのしそうだねパルちゃん」
「それはもう! ですが悔しくもあるであります! どうしてわたしは同じ術を見て資料も読んで、魔武具化の魔術を思いつくことができなかったのかッ!?」
パルシオネはそう言って、両手の肉球を潰れるほどに固く押し合わせて唸るのであった。