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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
56/76

見せていただきましょうか。大公の序列を競う戦いというものを!

「いやー……命令が来たときはどうなることかと思ったでありますが、間に合ってよかったでありますよ」

 旧魔王城を臨む観戦席。

 そこに腰かけ豊かな胸を抑えるのは、ムジナ女のパルシオネだ。

 過日、筋肉ダルマの二人組のために、旧魔王城の一部が損傷。

 その原因を作ったとして、大公位争奪戦の開催までに修理しておくように命じられ、一人で修復作業に当たっていたのだ。

 審美眼はともかく、美術的な才が死んでいるパルシオネにとって、普通に仕上げるには至難の作業であった。

 だがしかし、ここで装丁の造詣、材質まで完全な写本を作り得る特殊魔術の存在が活きた。

 これのおかげで、壁に空いた穴は最初から無かったかのように塞がり、割れた床も亀裂ひとつ無く滑らかに仕上がった。

 その甲斐あって、観戦席から見える旧魔王城はかつての姿そのまま。変わらぬ威容をもって佇んでいる。

 しかし修復そのものは余裕をもって終わらせたが、大公同士の戦いの場を主役様方よりも先に乱したとして、パルシオネにとって、生きた心地のしなかった作業であった。

 結果としては間に合ったとはいえ、もしもどうにもならなかったらと考えると、胸が恐怖でざわめいてしまうのである。

「……間に合って良かった、ホントに間に合って良かったでありますよ……!」

「よしよし。お疲れさまだったわね、パルちゃん」

「ガンバったね、パルちゃん。ボクもおてつだいできたらよかったのに」

 怯え震えるパルシオネの背中をさするのは、クレタレアとフェブルウスの母子だ。

 今日はクレタレア伯爵家族といっしょに、大公位争奪戦の観戦にやってきているのだ。

「ありがとうであります。フェブくんも、差し入れを持ってきてくれたり、邪魔に来たのを追っ払ってくれたりで、大助かりでありましたよ?」

 実は修復作業の最中に、バンダースが手伝いと称してやってきたことがあった。

 だが実際には差し入れを運んできていたフェブルウスに絡むだけ。絡むままに魔力比べを挑み、破壊を広げようとしたのを男の子に正面から叩きのめされたのであった。

「うん。でも、すぐに元気になってたし、ちょっと自信なくしちゃうな……」

 だが案の定。バンダースは二日と置かずに姿を現し、フェブルウスへ突進してきたのだ。

 マッチョデーモンたちに通じなかったことといい、いつも通りに復活するバンダースのことといい、フェブルウスはうつむきながら自分の手のひらを見つめる。

「何を言うのでありますか。わたしが今まで何度やっつけても起き上がってきたのでありますよ? そういう特殊魔術の持ち主なのでありますよ」

 自信喪失しつつあるフェブルウスの頭に、今度はパルシオネが肉球をぽむにっと乗せて弾ませる。

「それにアレでも、三層の術式を使える魔力の持ち主でありますからね。相手を選べば男爵も夢では無い。それくらいの人物なのでありますよ?」

「そうだったの!?」

 パルシオネのバンダースへの戦力評価に、フェブルウスは目を見開く。

 男爵としては強いパルシオネ相手とはいえ、負け姿が定番なのだから無理もない。

「それにフェブくんは、体も魔力も大きくなるのはこれからでありますよ? いまこれだけ強いのでありますから、大人になるころにはもっともっと強くなってるでありますよ」

「えへへ……」

 パルシオネの見立てに、フェブルウスは顔を上げてはにかむ。

「くぅう……フェブが元気付いたのはいい、それはいい……けれど!」

「アンタも独り立ちが近いんだからいい加減、弟離れしなさいな……」

 そんなやり取りを隣に、ミケーネがハンカチを噛み切り、その隣ではケレーアリアが妹のブラコンぶりに引いていた。

「ところで、今日はケレーアリア殿もいっしょなのに、一番上のイグヴェスタ殿はいらっしゃらないのでありますね?」

 そんな姉妹の姿に、パルシオネは別の話題を向ける。

 クレタレア伯爵の長女イグヴェスタ。パルシオネも名前を聞いたことはあるが、まだ会ったことはない。

 すると長女の話に、クレタレアはため息を吐く。

「あの子はね……」

「もちろん誘いはしましたが、家事をしていたいから家にいるって」

「おおぅ……まさか、大祭の間中でもずっと、そんな?」

 パルシオネの確認するような問いに、伯爵一家は重々しく首を縦に振る。

「古物市には何回か行ったらしいですが……それ以外はずっと自宅に一人でこもってる、みたいです」

「え? 結婚、されてないので?」

「はい。その気は無いって」

 なんとクレタレアの娘たちは、三女はブラコン。次女は農業マニア。そして長女は極限の独り立ちをしているようであった。

「そろそろ、なようだよ? 陛下、ならびに大公閣下方も席にお着きだ」

 それまでにこやかに話を聞いていたアダマスが、北側の魔王・大公席を眺めて開始が近づいていることを告げる。

 いよいよである。

 数多魔族の頂きに座す方々同士による戦いが、いよいよ始まる。

 そうなれば自然と緊張で口は固く結ばれ、閉じ込められた興奮が胸の内を騒がせる。

 それはパルシオネとクレタレア一家のみならず、観戦席の皆が同じ。

 迫る戦いの空気を乱すまいと息を潜め、始まりを待つ。

 やがて白の美女が城の前庭に入り、それに遅れて赤金の薔薇の紋章を掲げた大祭主も城門を潜る。

 そしてデーモン族最高の美男美女が対峙し、大公位争奪戦第一の勝負「四六戦」の幕が切って落とされる!

 開幕の一手は現四位の美女による巨岩の雨霰。

 かつての魔王城に影を落とした岩たちは、瞬く間に己の影を目掛けて落ちる。

 降り注いだ岩たちは微塵の容赦も無く尖塔を折り、屋敷を潰し、庭を砕く。

 まるで岩のひとつひとつが白の美女の拳であり、燃える憎悪に任せて叩きつけているかのように。

 そうしてみるみる内に無くなっていく旧き城の様に、パルシオネはこの為かと確信を抱く。

 恨みをぶつけ、忌まわしき記憶を打ち砕く為に。

 それを受ける相手は、万全でなくてはならない。

 何者かが先に手をつけた痕など、あってはならない。

 壊れると分かっているモノを修復した、させられたのは、いまこの時、この瞬間の為だけのことだったのである。

 瞬く間に城壁だけを残して岩と瓦礫の山となった魔王城跡。

 圧倒的な魔力が振るわれ、決着が着いたかのような惨状である。が、まだこれは初手。幕開けの花火が終わったに過ぎない。

 これからだとばかりの美女の蹴りを受けて凌ぎ、美男の剣をひらりとかわして、そしてすかさず美女の放った魔術の弓矢を、美男の剣が叩き落とす。

 この目まぐるしい応酬に続いて、勝負は魔術合戦に。

「おお!」

 大祭主が瞬く間に練り上げた百式二陣に、パルシオネのみならず、感嘆の声がそこかしこから。

 それは猛烈な七つの火炎竜巻だ。

 荒れ狂う竜のごとき竜巻たちは、白い美女に食らいつこうと追いかける。

 だが彼女の舞いにも似た体さばきは、それらの(あぎと)を寄せ付けず、巻き込まれた城壁が灰と消える。

 これで旧魔王城は文字通りに跡形もなくなった訳だ。が、大祭主の手は止まらない。

 火炎竜巻が荒ぶり続けるところへ、さらに百式を追加。

 稲妻が竜巻の隙間を埋めるように駆け巡り始める!

 もちろん白美女とて、ただ黙って術式を重ねられて追いつめられていくばかりではない。

 取り囲む魔術をかわし、解き除く。

 だが大祭主がそれ以上の早さで魔術を積み上げる。

 この速度差、魔力の差は確実に白い美女を追いつめていく。

 まるで盤上遊戯で詰みに運んでいくかのように。

「おおお!?」

 この凄まじい魔術の応酬に、パルシオネは感動に目を輝かせる。

 とにかく豊富な魔力にモノを言わせて、強力な魔術をぶつけ合う。

 そうした単純な扱い方、競い方をする魔族は上にも下にも少なくはない。

 特に大祭主が討ち取ったネズミ大公などは、その代表である。

 力が拮抗していれば、後は知恵と技が勝敗を分けるというのにだ。

 そんな魔族にあって、無限のごとき魔力ばかりか、それを扱う技巧をも競い合うようなこの勝負は実に珍しい。

 技巧にも富んだ見応えに溢れた魔術合戦に、パルシオネはいつの間にか取り出していた紙束に、目まぐるしい中どうにか見て取れたところを焼きつけていた。

 パルシオネとしては、理想的な手本としていつまでも見ていたいくらいであった。

 だがそんなパルシオネの知識欲に構わず、決着は程なく訪れる。

 ひときわ大きく強力な百式が輝く。

 刹那、すべてが動きを止める。

 竜巻も、雷も、それらが巻き上げる塵も、大地も。そして、白の美女さえも。戦場のすべてが一瞬にして凍てつき、止まる。

 そんな静止の世界において唯一の動くもの。大祭主たる美男は踏み込み、振りかぶったその剣を氷像と化した美女へ――

「待て、それまでだ」

 だが、審判を務める王弟閣下の声で、その刃はギリギリのところで止まる。

 それからすぐに氷像は溶けて、元の生きたデーモン美女に戻る。

 そして審判たる王弟によって、大祭主の勝利が宣言される。

「おおおおお!?」

 これにはパルシオネも、堰を切ったように沸く周りと共に、声を上げた。

「六位の閣下が四位の閣下に圧勝か……」

「時間としては短かったけれど、内容の詰まったいい勝負だったわね。さすがは大公閣下だわ」

 太い腕を組むアダマスに対して、クレタレアは良いものを見せていただきました、と微笑んでいる。

「これが……大公閣下……」

「うん。お母様見てても無理だって思ったのに、これだけ見せられちゃうと、やっぱり自分には無理だって思い知るわ。つくづく土いじりに専念して正解だったと思うわ」

 その娘たちは勝負の興奮よりも、見せつけられた圧倒的な魔力への畏怖が勝るようで、冷や汗を拭っている。

「いやはや、凄まじく見応えのある勝負でありましたね!?」

 そんな中でパルシオネは、断片的な焼き付けの束を抱えながら、隣に座るフェブルウスに声をかける。

「うん! あんなすんごいの見たことないよ! カッコイイ! ボクもあんなふうになりたいな! なれるかな!?」

 するとフェブルウスはキラキラと目を輝かせてうなづく。

 絶対的な力を見ながら、脅え怯むどころか憧れる。

 純粋な子どもらしさの現れか、それとも大器の片鱗か。

 どちらにせよ好ましいフェブルウスの反応に、パルシオネは「きっとなれる」と、彼の頭に肉球を弾ませるのであった。

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