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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
55/76

死ぬかと思って逃げ回り続けました

 がらんどうの廊下。

 調度品のありとあらゆるものが取り払われたこの場は、ただ広いだけ。

 いかなる巨体の持ち主だろうと窮屈さを感じさせぬように、と設計されてのことだろう。だが、ゴッソリと物が無くなってしまえば、それも寒々しくさえある。

「いやー、かつての栄華の面影もないでありますねー」

 そんな廊下を、ムジナ女のパルシオネがキラキラした目で見回している。

「魔王城とはいえ、役目を終えればこうもなるでありますか……」

 彼女が言う通り、ここはいまや旧魔王城と呼ばれるようになった、古き王城である。

 後継となる新たな魔王城が完成し、遷城の儀も終え、のちの大公位争奪戦の舞台として破壊されるのを待つばかりとなった今は、まさにもぬけの殻だと言っていい。

「しかしこの侘しさ、まるで名をはせた巨竜の骨の下を潜っているような感覚で……遺跡潜りのようで悪くないでありますねえ……」

 しかしそれゆえの遺跡的な風情に、パルシオネはテンションのままにプンスプンスと鼻を鳴らす。

「ねーねー。おひっこしの時にはこんな風じゃなかったの?」

 そんなパルシオネのアライグマ尻尾をにぎにぎ尋ねるのは、赤茶毛のデーモン少年フェブルウスだ。

 血縁もないのに、幼い少年と二人きりで廃棄予定の城に。

 良く知らない者たちが見たら、治安維持部隊を呼ばれかねない案件である。

 しかしもしそうなったとしても、クレタレア伯爵は庇ってくれるだろう。だからそれほど心配はいらない。いらないはずである。

 そう。話を聞かずに襲い掛かってくるような、治安維持部隊気取りの上位脳筋魔族相手でもない限りは。

 そんな状況ではあるが、パルシオネはフェブルウスへ笑顔で振り返る。

「そうでありますね。わたしは公文書館のお引っ越し作業がメインでありましたから、こちらの方には少しだけしかお手伝いに来れてないのでありますよ」

「そうなんだ!?」

「はい。それに、お引っ越しの間は荷物を運び出すやらなんうやら、作業が忙しくてそれどころじゃなかったでありますから」

「へえ……じゃあ終わった後にゆっくり見たことなかったんだ?」

「ええ。フェブくんのお誘いがあって初めてゆっくり見に来る機会ができたのでありますよ」

「えへへ。じゃあ大正解なんだ!」

 感謝を込めてフェブルウスの頭に肉球を弾ませる。

 それを心地よさげに受ける少年に、パルシオネは柔らかく眼を細ませる。

「はい。この風情を、この城の何もかもが消えてなくなる前に見に来れて、それだけでも良かったでありますよ」

「このお城、なくなっちゃうんだ? なんだかもったいないね?」

 これから失われるものを感慨深く眺めていたパルシオネは、そんなフェブルウスの言葉にうなづく。

「そう、でありますね。しかしこの城も、ずいぶんと永い時間、数多の魔王陛下の住まいであったわけでありますからこういう時を迎えるのも仕方のないことなのかもしれないであります」

 命あるものは滅び、形あるものは失われる。

 命も物も、人のものほど儚いものではないけれども、魔族にとってもそれは同じ。

 だから、滅びた後に語るものが残されていても良い。

 失われたものに思いをはせる者がいても良い。

 パルシオネはそう考えている。

「それに、更地必至な提案が通ったということは、案外に陛下は、このお城に嫌な思い出でもあるのかもしれないでありますよ? 記録によると、以前にも治世千年を越した魔王様の次代には遷城があったようでありますから」

「まえにもおひっこしがあったの!?」

 ここ以外に魔王城があったの?

 フェブルウスの目はまんまるに見開かれて、そんな事を尋ねてくる。

 二十年の時間がすべての幼児には無理もない思い込み。

 パルシオネはこれに笑みを深くしてうなづく。

「ええ。もちろん! 魔族の長い歴史の中で、王様のお城の建て替えは何度かあったのでありますよ!」

 歴史の事となって、解説するパルシオネの舌も常以上の勢いを見せる。

「まずは王位千年越えのあとの例でありますと、黄金竜紋章の千年竜王様の後でありますね。この御方を打ち倒して魔王に着いた方が、即位してすぐに新たな魔王城の建築を命じられたのであります! この時の記録によりますと『彼の城を見る度に、先王の同胞に対する残虐極まる行いが思い出され、恐れ、胸を痛める者たちの多いことだろう。余もまたその一人である。よって王位の交代を機に、城もまた改める事とする』と。この事を思い出しまして、治世が千年にも及べば、つらい思い出が染み付いた方も出る事だろうと思ったのであります! ちなみに、先代の魔王様は、千年竜王様以来五千年ぶりに治世千年に至った魔王様なのでありますよ」

 パルシオネはそこまで語って、ふと体の動きを止める。

 フェブルウスはそんな、いきなり彫像のようになった師匠に、心配そうに首を傾げる。

「パルちゃん? どうしたの?」

「……あのーフェブくん? ここまで止まらずに語っちゃったでありますけど、へ、平気? で、ありますかね?」

 そしてこの問いである。

 火が着くや、置いてきぼりにする勢いで怒涛の歴史語りをしておきながら。引いてないかと、不安げに目を揺らすのである。

 対するフェブルウスの答えは――。

「え? おもしろかったけど、どうして?」

「フェブくん!?」

 それを聞くや、パルシオネは男の子を抱きしめる。

「わぷ? どうしたの?」

 腹に顔を埋められる形になったフェブルウスは、もぞもぞと顔を動かしてパルシオネを見上げる。

 間に豊かなモノがあるので、目を合わすには大分背を反らして首を引かないといけなくなっているが。

「どうしたって、嬉しいのでありますよ! 自重できないで語っちゃったのに、こんな……」

「だって、本でよんでるより分かりやすくておもしろかったよ? 前の魔王さまがヒドイことした場所になってて、つらい思い出なんか消えちゃえっておひっこしすることがあったんだよね?」

「はい! そうであります! そうでありますよ!」

 聞くのを苦にせず、しかもちゃんと理解してくれている。

 没入して語る癖持つオタクとして、これほど嬉しい事があろうか。イヤ、無い。

「……でもパルちゃん、ちょっといい?」

「……なんで、ありますか?」

 そうして浮かれていたところへの問いに、パルシオネはビクリと身を強ばらせながら先をうながす。

「パルちゃんがかんがえてるそのままなら、魔王さまは魔王さまになった時におひっこししないかな?」

「おお! 確かに!」

 フェブルウスが言う通り、今回の遷城は三百年記念大祭に際してのもの。パルシオネのおよそ二百三十年の生を軽く越える程の余裕がある。今上の陛下自身が忌まわしき記憶に苛まれていたのだとしたら、のんびりし過ぎにも程がある。

「……ふむ。そうなるといったい? 単純に引っ越ししたいと思いついたから? イヤイヤまさか……」

「それはないよねー」

 弟君に聞かれたら「兄貴ならありえなくはないかもな」くらいには言われそうな推測を否定しつつ、パルシオネは頭をひねる。

「燻っている建築家たちに大仕事を……というのも無くはないでありますが、つらい記憶に苦しんでいるのがいる、というのは当たっているとしたら……陛下と親しいどなたかのため?」

 そこまで口に出したパルシオネの頭には、ある人物が思い浮かぶ。

 新魔王城の発表とほぼ同時に恋仲と、寵姫であると公表されたデーモン最高の美女である。

 忌まわしい記憶に苛まれる恋人のため、その思い出の染み付いた(モノ)を消し飛ばす。

 魔族としては充分にあり得る、何もおかしくはない話である。

 そして同時に気づく。

 もしこれで旧魔王城からその辺りの歴史を抜き取って、記録に残したりしたら不味くないか、と。

 隠された歴史を暴いて功績にしよう。これがフェブルウスが旧魔王城探索にパルシオネを誘った理由である。

 だがもしもパルシオネのこの推測が正しかったとしたら、要らぬことを知り、消し去ろうとしたものを残したとして、八つ裂きにされかねない。

 それはそれで、歴史研究者としては趣深い散り様にも思える。

 だがそうなれば、フェブルウスとその家族にも何らかの迷惑がかかるだろう。

 それは断じてパルシオネの望むところではない。

「さてフェブくん、魔王城のお引っ越しでありますが、千年竜王様から先代様の間にも何度かあったのでありますけどね……」

 露骨に話をそらしつつ、パルシオネは旧い城を進む足を回れ右。

 スカディ侯爵に対する疑惑、警戒とはワケが違う。本能が切実に、確信をもって告げてくる警鐘に突き動かされてのことである。

「う、うん……それで? どうしたのパルちゃん? そんなにいそいで。もっといろいろしらべながら行かないの?」

「いや、それが暴いてしまったらかえって危なそうな予感がするのであります! だからここは速くお暇しようかと……」

 フェブルウスの疑問に、パルシオネは自分の予感を包み隠さずに語る。

「ふぅうーんぬッ!!」

 しかしそれにフェブルウスが答えようと口を開いた瞬間、野太い声と共にすぐ前の壁が爆発する!

「ひぇえッ!?」

 これにパルシオネは慌てて足を突っ張り、フェブルウスを背後にかばう。

「ヌハハハハハ! 見つけたぞ! 古い魔王城に幼子を連れ込む不届き者の変態デヴィルめが!」

「フハハハハハ! そのような行い、我らの目が黒いうちは決して見逃さんぞ!」

 ぶっとい笑い声を響かせながら壁の穴をくぐり現れたモノ。

 それは髪型以外が瓜二つのマッチョデーモンであった。

 頭のてっぺん以外を剃り落として逆立てたのと、逆に頭頂部を剃って残る髪を垂らしたの。

 双子のような、あるいは対の彫像のような二人のデーモンは、その鍛え上げた肉体をキレッキレに強調しながら、パルシオネとの間合いを詰めていく。

「こ、この二人……ウワサの……!」

 迫るマッチョデーモンに、パルシオネは通達のあったお騒がせコンビだと確信する。

 普通の治安維持部隊であれば、大人しく事情説明をすれば済むし、それだけで終わる話だ。

 だが話に聞く限り、この二人に話が通じるとは思えない。

「ヌハハハハハ! さあ観念しろ!」

「フハハハハハ! 逃がしはせんぞ!」

 壁のような巨体に、パルシオネはフェブルウスを後ろに庇いながら後退り。

「これでもくらえッ!」

「フェブくん!?」

 だがフェブルウスはパルシオネの影から飛び出すや、右手の指三本に灯した青い火を飛ばす。

「そんな小さな火の玉でぶっふぉあッ!?」

 子どもの使う小さく弱々しい魔術。

 だからと侮り、守りも避けもしなかったマッチョデーモンの胸板に触れて、三つの火の玉は本性を現す。

 爆ぜ広がった炎と風。それは刹那にマッチョコンビを呑み込む!

 そしてその余波は、使い手たちをも吹き飛ばす。

 パルシオネのとっさの防御魔術で吹き飛ぶ程度ですんだものの、間に合わなければ二人も爆炎に巻かれていたことだろう。

「大丈夫でありますか、フェブくん!?」

「う、うん、へいきへいき! それよりやったよパルちゃん!」

 パルシオネがケガをしていないかと問えば、フェブルウスはマッチョコンビにぶつけた魔術の威力にブイサインしてみせる。

 無事らしいその様子にパルシオネはホッと息を吐くと、いまだ勢い衰えない炎と少年を見比べる。

「また腕と魔力を上げたようで、素晴らしい魔術であります。でもいきなりに撃ったりするのは、相手を選ばないと……」

「だって、お父さまじゃないムキムキの人でお話の通じる人はいないでしょ?」

 パルシオネの言葉に、不思議そうに首を傾げるフェブルウス。

 なるほど。バンダースを皮切りに、フェブルウスの知っている限り、筋肉自慢は一人の例外を除いてド脳筋しかいないようだ。

 ある意味で事実ではあるし、あの二人はまさにその手合いではあったので否定はしづらい。

「……アダマス様みたいな方も確かにいるでありますので、相手の力といっしょに見極めてから、でありますよ?」

「うん! 分かった!」

 警告を素直に受け入れるフェブルウスに、パルシオネは頭を撫でようと手を伸ばす。

「ふうぅうんッ!」

 だが野太い気合が響くや、青い炎が二つに割れる。

 そのまま千切れていく炎の中には、筋肉で炎を跳ね返して輝かせるマッチョが二人。

「やるではないか小僧!」

「幼いながらこれほどの魔力を備えているとは! 末恐ろしいほどに頼もしいな!」

 ヌフハハハハハハ、とマッチョコンビは野太い声を揃えて笑う。

 その衣服は大部分が焼け焦げるか失われているが、巨体を支える丸太のような両足はまったくぐらついていない。

 先の一撃は間違いなしの全力。成人に程遠い年齢としては破格の、天才的な魔力量で放ったものだ。

 それを無造作に受けてなお、余裕綽々に笑い飛ばすマッチョデーモンコンビに、フェブルウスは戦慄する。

 だが少年は強大な大人に恐れを抱いても、その闘志を折りはしない。

 乱れた息を整えつつ、再び右手の指先に凝縮した青い炎を灯す。

 だがそれを放つ前に、パルシオネが自分たちとマッチョメンズとの間に壁のように巨大な本の幻術を展開。同時に背を向けて逃げ出す。

 おなじみ、本を開けば条件反射で眠るレベルの脳筋にてきめんな幻術である。

「こんなちゃちな壁で!!」

「我ら二人を止められるかぁあ!!」

 だがそれで時間を稼ごうという目論見もむなしく、マッチョコンビはあっさりと幻術の本を引き裂き踏み倒し追ってくる。

「脳筋過ぎて効かないでありますぅううううッ!?」

 この計算違いにはパルシオネもぎょっと目をむき、悲鳴を上げるばかりであった。

 それからどうにかこうにか逃げ回っているうちに、尻拭い役の連れてきてくれた本来の治安維持部隊が駆けつけけてくれた。

 おかげでパルシオネもフェブルウスも恐ろしい思いはしたものの、かすり傷程度で騒動を乗り切ることができた。

 ただ、パルシオネには後に、破損した旧魔王城を大公位争奪戦初日までに補修をするようにとの命令が下った。

 しかし、同じく補修作業に参加するはずだった破壊行為の主犯格二人は一向に姿を現さず、パルシオネが一人で、破壊痕すべてを造詣魔術でもって塞がなければならなくなったのであった。

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