有意義でかつ迷惑にならない行列待ちの方法
現七大大公全員の偉業に彩られた巨大な石の箱。
「麗しい我が魔族を讃える文字と絵」によって飾られたこの箱こそ、魔族の熱意を込めた票をその内に受け入れる、美男美女コンテストの投票箱だ。
そこから続く整然とした列を為すのは、期待と情熱に顔を輝かせた魔族たち。
投票口が開かれて、すでに数日が過ぎている。が、デーモン、デヴィル、男女を問わず、その熱意にはいささかの陰りもない。
誰もがこの方こそはと思う人物の名を記し、一部はそこに自分の名を添えた投票用紙を、大切に運んでいる。
「……炎のと冷気の術、プラスとマイナスの魔術を束ねることで極限の……」
そんな列に混じったパルシオネはイスに腰掛け、魔術についての本を読んでいる。
「……いや、さすがにこれは荒唐無稽に過ぎるでありますよ。相反する術式同士で合わせたりしたら、束ねるも何もあったもんじゃなしであります。打ち消しあって発動するどころじゃないでありますよ?」
手にした書物の内容をバカなと、現実的でないと断ずる。
「……いや、いやいやいや。頭から否定で入ってしまうのは良くないでありますね……ここはまず発動可能な方式を考え、探して、実験してみないことには……」
しかし頭をふりふり前言を撤回。
本当にイカれたアイデア以上になり得ないのだろうかと、術式を練り始める。
そんな考え込むパルシオネをよそに、列はじりじりと動く。
するとムジナ女が腰かけるイスが、列が動くのに合わせて、地面を滑るように動き、持ち主を前へと運んでいく。
まるで生きているかのように。
「……あのー」
「はい? なんでありますか?」
そこで遠慮がちにかけられた声に振り向けば、蝶の羽根のような耳をした犬頭の女デヴィルがいた。
その犬頭の彼女はパルシオネから見てもたいへんに小柄で、体格だけで見れば少女のようにしか見えない。
もっとも、この美男美女コンテストの投票行列に加わっているということは、成人していることに間違いはない。
美男美女コンテストという催しは成人であれば強制参加であるが、子どもには選挙権も被選挙権も与えられていないのだから。
それに、体格だけで本当に成人かどうかの判断など出来るわけがない。
パルシオネが研究しているいにしえの大公閣下も、少年のような容姿のままで、およそ千二百年の生涯を過ごしたのだ。
だから世の中には、子どもにしか見えないのに、パルシオネよりもずっと、三倍ほど年上の魔族がいても何の不思議もないのだ。
もちろん、この蝶羽根耳の犬娘がそうとは限らないのであるが。
「そのイス、魔道具なのですか? ひとりでに動いているように見えましたが」
「ああ、これでありますか? 魔道具というか……自分で作っているのでありますよ。こんな風に」
そんな小さな犬娘の問いに、パルシオネは腰を浮かせてイスを土くれに変え、再び魔術を展開してイスに戻す。
「ちょっとした造形魔術でありますよ」
ひとりでに移動していたように見えたのも、地面との接点を移動させながら作り直すことで場所を動かしていただけ。
魔術で作り、魔術で動かしている即席手製の魔法のイスだと種明かしをする。
「へえーえ……面白いこと考えますね」
それを受けて犬顔のデヴィルは、大きな大きな耳を広げ、鼻をひくつかせながらパルシオネのイスに顔を近づける。
「興味があるならお教えするでありますよ?」
「いいんですか!?」
隠す様子もないほど興味津々な犬頭の彼女は、パルシオネの申し出に何の躊躇もなく飛びつく。
燕の尾羽根をぴこぴことさせる犬頭に、パルシオネはもちろんと、快くうなづく。
「では、術式全体としてはこんな形でありますね。要になるのはココのところで、ココは正確でないとイス型にならないであります。意味としては……」
教師モードに入ったパルシオネは、術式の完成図と実際の展開を見せながら解説していく。
それに大きな耳の犬デヴィルはもちろん、周りの者たちも聞き耳と視線を向けている。
そんな耳目の集まる中で、パルシオネは新しく作ったイスを列の前進に合わせて滑らせて見せる。
「……と、まあこんな感じでありますよ」
「分かりました! こう、かな?」
そんなパルシオネの手本と解説を受けて、犬頭は術式を展開。
すると彼女の足下から土が盛り上がって押し上げ、イスに変化する。
「できた! できました!」
蝶のような耳をした犬女は、完成した造形魔術の上で、はしゃぎ跳ねる。
「一回目でこれはお見事であります。ありますが、少々大きすぎるでありますよ」
見上げながらパルシオネが評したとおり、犬頭デヴィルの作ったイスは、彼女の体格にはまったく合っていない。このままでは列を乱してしまうことになるだろう。
そこのところを察した犬女は第一作のイスを土に沈めて消す。
「師匠、サイズがおかしくなったのはなんででしょう? あとクッションのところもっとふかふかにしたいです!」
ナチュラルに師匠呼びしてくる犬娘。
いきなりのそれにパルシオネは苦笑ものであったが、尾羽根をぴこぴこさせる犬娘の熱心さに折れておくこととした。
「さっきの術式を見る限り、大きくなりすぎたのはここが原因でありますね。あとクッションの出来を調整するには、ココを弄ればよいのでありますよ」
パルシオネの説明を聞き逃すまいと、犬娘は大きな耳を広げ、ふんすふんすと鼻息も荒くうなづき繰り返す。
「では師匠、動かすための術はどうするのですか?」
「そうでありますね。わたしのやり方とはちょっと変えるでありますが……」
「どうしてですか?」
「ああ、わたしのは魔力の鍛練も兼ねて、わざと消耗重くにしてるでありますから。もともとコレは、行列に入っている間、周りの邪魔にならないように魔力を鍛えるには……と、考えてのことでありますから」
この言葉に、辺りの魔族たちがざわめく。
魔力は、強さは魔族の地位に直結するもの。
鍛練できるのであればいつでも鍛えておきたい。というのは大多数の魔族が思うところだろう。
美男美女コンテストへ傾けた情熱はともかく、ただ行列に時間を取られるのを惜しむ者たちにとっては、列を乱さずに魔力を高める方法があるというのは大変に魅力的な話である。
「実は特訓用だったんですかッ!? 常にさらなる高みを目指しているというわけですね! さすがです師匠!」
「いやー……その……まあそうであると言ってもいいものか、迷うところでありますね……」
パルシオネは自分の命と地位を守るために強くあろうとしているだけ。
近頃は才能あふれる弟子に教え続けられるように、という目的も増えているが、それも優秀なフェブルウスに触発されてのことでしかない。
さらに高い地位を、と純粋な上昇志向に駆られてのことではなく。むしろ地位の向上には興味がないのだ。
「まあ、教え子の中に才能あふれる子がいますので、今まで以上に張り切っている、というだけでありますよ」
「そんなに有望なお弟子を抱えているのですかッ!? さすがは師匠です!」
「これは、何を言ってもそこに行き着きそうでありますね……」
正直なところを答えるも、なんら変わりのない反応にパルシオネは苦笑を浮かべ、正しく認識してもらうことを諦める。
実際、聞き耳を立てている周囲からの特訓法を早く解説しろとの圧力が上がってきていて、訂正どころではなくなってきているのだ。
それにせっつかれる形ではあるが、パルシオネは咳ばらいを一つ挟んで解説に入る。
「といっても、基本的なところは同じであります。行列の進行に合わせて動かした後、イスの足部分を土から変化させずに、そのままで置き続けるのでありますよ」
ほら。と、パルシオネが指し示すと、解説の通りイスの脚と地面は混ざり合った範囲を広げて、分離しきっていないのをよく見えるようにする。
「えっと、ずっと発動し続けてるってことです?」
「そう言うことでありますよ。やはり魔力は使うことで地道に伸ばすのが一番でありますからね」
いくら好戦的な種族とはいえ、瀕死に追い込んでからの復活で一気に力が伸びるとは限らない。やはり魔力上昇に絡む特殊能力がない限り、地道な上昇を積み重ねていくのが最良なのだ。
「そういうわけで、行列の時間も無駄にしないというわけなのですね!? さすがです師匠!」
「はいはい。というわけで、ちょっと負担がキツイかと思ったら、脚のところを土傀儡にして歩かせてもいいでありますね。他にも……」
「ちょ、ちょちょちょ、待ってください師匠! 行列はまだまだ長いですから、もっとゆっくり解説してください!」
こうしてパルシオネは投票口にたどり着くまでの時間を、犬娘への魔術講義で有意義に過ごしたのであった。