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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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この戦いで負けるわけにはいかない!

 新魔王城の大階段。

 花々で飾られたこの場には、発表された新魔王城の見学に訪れた者たちで溢れている。

 近づく黒曜の城と、変わる景色を楽しみながら昇る者。ダンスが出来そうなほどに広々とした踊り場で茶と景色を味わう恋人たち。

 それらの間をくぐり抜けるようにして階段を駆け上がる小さな者がいる。

「パルちゃーん! はやくはやくー!」

 駆け上ってきた階段を振り返り、赤茶の髪を揺らして手を振るのはフェブルウスだ。

「元気いっぱいでありますねーフェブくん」

 そんなデーモンの男の子に、パルシオネが下からゆっくりと追いかけていく。

 フェブルウスを見上げるその目は、柔らかく細められて、満足げな笑みを作っている。

 そんなパルシオネに、フェブルウスは階段を駆け下り戻って同じ段に並ぶ。するとムジナ女のアナグマの手を両手で包むように握る。

「だってやっと魔王さまのおひっこしが終わって、パルちゃんといっしょにいけるようになったんだもん!」

「そうでありますね。ここのところ、お引っ越しにかかりきりでありましたからね」

 完成に至るまで徹底的に秘されていた新魔王城の建築。

 その発表の驚きに襲われている間に、引っ越し、「遷城の儀」が始まり、公文書館勤めのパルシオネも、当然それに参加した。

 紋章符を初めとした書類や記録。そして貴重な書籍の数々。それらを残らず旧館から新館へと移動させ、その合間合間には宝物庫の引っ越しにも加わって、と忙しく働いたものであった。

 王御自身の指揮の下での働いたその期間は、パルシオネにとって急ではあったが、大変に充実した一時であった。

 だがそれは同時に、その間はフェブルウスと祭りを楽しめなかったということでもある。

 遷城が終わり、新魔王城が本格的に機能しはじめるや、フェブルウスは新しい城の見物に誘いにきたのである。

 それはもう、レースの賞品としてもらった自分用の白い六脚重馬ヴァンシュロン、ベイヤードを駆って、男爵邸に乗り込んでくる勢いでだ。

 その突撃には保護者としてクレタレアが付いてきていた。が、パルシオネとフェブルウスの合流を見届けるや、後は若い二人に、とばかりに退散してしまった。

 曰く「息子の恋路を邪魔して、竜の尾に薙ぎ払われる趣味はないのよ」とのことである。

「すっごいよねーあたらしいお城。おっきいなーかっこいいなー……」

 ともあれ、魔王城見物である。

 大階段を一段ずつ上りながら、巨大な城の威容に、フェブルウスは改めてため息を吐く。

「そうでありますよね? でも、ただ大きいだけじゃないんでありますよ? この土台になってる丘の中にも建物があって、わたしと先輩がお仕事をしている公文書館も、そこにあるのでありますよ」

「お母さまも言ってた! じめんの下なのにくらくないんだって、ホントなの?」

「本当でありますよ。後で実際に見に行ってみるであります」

「うん! 先に行くところがあるんだよね?」

「そうなのであります。今日はフェブくんがお迎えに来なかったら、わたしが誘いに行くつもりでありましたから」

「そうなんだ」

「そうなのでありますよ。カッコいいとこ見せたいのでありますよ」

「え、パルちゃんはかわいいよ?」

「いやははは、照れちゃうでありますねー」

 躊躇なく言ってのける男の子に、パルシオネは笑いながら空いた手を後ろ頭でぷにらせる。

「さて、ここでテレテレモジモジしてるのも悪くないのでありますが、そろそろ目的の場所に行くでありますよ」

「はーい!」

「転移陣も使うでありますから、フェブくんはきっとびっくりでありますよ」

「そうなの? たのしみだなー!」

 そうして二人が訪れたのは遊戯室であった。

「『だっしゃく』ゲームの大会?」

 フェブルウスが呟くとおり、遊戯室に並ぶ大半の机は『奪爵』の遊戯盤に占領されている。

「そうなのでありますよ。今日は、この新しい魔王城の完成をお祝いする小行事として、『奪爵』の大会が開かれているのでありますよ」

 その開催を受けて、パルシオネのみならず、腕に覚えのある魔族たちが集まってきていると言うわけだ。

「しかし……ふむ。あのお方は来ていないようでありますね? お忙しいのではありますでしょうが……」

「あのおかた?」

「大祭主様でありますよ。大変な腕前ということでありますので、一つご指導願いたかったのでありますが……」

 先日、この遊戯室で行われた大祭主と、デーモン最高の美女大公、そして魔王陛下との勝負。

 大公同士。そして魔王と大公。大物同士がぶつかるという、注目せずにはいられない好カードでの対戦である。

 その結果はと言えば……魔王陛下の名誉のために詳細は省くとして、大祭主閣下が終始圧倒……というか、なかなか終わらせてもらえずに圧倒し続けることになったという。

 残念なことにパルシオネはその場に居合わせられなかったのであるが、後から伝え聞いた大祭主の腕前にはワクワクさせられたものだ。

 パルシオネも平和主義者を自称していてもやはり魔族。命のやり取りでない戦いであれば、まだ見ぬ強敵というものにはそそられるものがある。

「……まあしかし、いらっしゃらないということであれば、わたしも勝ちを拾いやすくなるということであります! 大祭主様のほかにも手強い方はいらっしゃるでありますでしょうし!」

「ガンバレーパルちゃーん!」

 というわけで。と、頭を切り換えたパルシオネは参加者として登録を済ませる。

 そうして始まった『奪爵』ゲームの大会であるが、パルシオネとしては肩透かしもいいところであった。

 腕自慢として集まった参加者たち。しかし彼らはいくらかゲームを繰り返して、勝ちを重ねてきただけでしかない。

 勝利体験だけで満足して、学ぼうとしなかった者では、魔力勝負ならともかく盤上の戦いでパルシオネの相手になるはずもない。

 一回目の対戦など、二十手もしないうちに相手の大公を落としてしまって、いきなり周りの警戒心を煽ってしまったほどだ。

 それでも、『詰み奪爵』遊びに新問を足しているパルシオネか、との声がまったく上がらないあたり、魔族らしいと言うべきか。

 ただ短時間の決着にざわつくだけ。この周りの反応に、自分が注釈と新問を加えた本の宣伝をしておこうと思う、ムジナ女であった。

 そんなワケで、他の参加者とはずいぶんと実力に開きがあったため、パルシオネは余裕で勝ち星を連ねていった。

 その余裕ぶりといえば、時にギリギリの所にまで攻め込ませた上で、カウンターに大公の駒をかっさらい。時には悠々と相手の駒を落として。また時には、あえて相手に魔王駒を渡した上で倒す。といった具合であった。

 程々に危機に陥りながら、それを凌いで勝ってみせるというやり方に、すぐそばについているフェブルウスはもちろん、見物を含めた参加者は沸いた。

 演出するパルシオネの内心はともかく、一方的なものばかりでない内容の勝負が展開されているのだから。

 そんな、場の盛り上がりに気を使うほどの余裕を持って勝ちを重ねたパルシオネであったが、今、まさにたった今、ヒヤリとさせられている。

「違うな」

 相手のデーモン男はそう呟くや、差しかけた駒を止めて、別の手を打ったのだ。

 避けられたその手は、パルシオネが誘いにかけていた手であった。

 まるで罠を嗅ぎ取ったかのように道を変えたこの動きに、パルシオネは鼻息を詰まらせる。

 『奪爵』ゲームのみならず、パルシオネの力の根源は学習と研究にある。

 魔術をも含めた何もかも。それら全ては書に学び、実践を含む研究でもって身につけ、磨き高めてきたものだ。

 勘と力だけに任せた者にはそうそう負けるものではない。そう自信を持っている。

 ましてや魔力や筋力の絡まない頭での戦いならば、なおのことである。

 だが同時に、もっとも恐ろしいのも、直感を絶対の武器としている輩だ。

 勝負勘ひとつでパルシオネの学習と研鑽を越えていく者。ある種の天才とでも言うべき者は、パルシオネにとってまさに天敵である。

 だから今向き合っている相手の力を認識して、パルシオネは迷った。

 このまま、仕込んだ誘い込み全てをかわされて負けてしまうのではないか。そんな丸裸にされるような恐怖に、自分への疑いが生まれたのだ。

 すぐに攻めに転じるべきではないのか。

 すべてを見破られる前に、勝負を決めた方がいいのではないか。

 そんな考えに、アナグマの肉球は湿り気をおび、今すぐにでも舌を出して熱を吐き出したい衝動に駆られる。

 そうしてパルシオネは熱に浮かされたかのように、指す手が定まらずに空に迷う。

 だがそうして出しあぐねるアナグマの手に、そっと触れるものがある。

 それはフェブルウスの手だ。

 幼い男の子の支えようと伸ばされた手だ。

「がんばって、パルちゃん!」

 真摯な眼差しと、励ましの声。

 これを受けて、パルシオネはスッと頭から邪魔な熱が引いて行くように感じた。

「ありがとうであります、フェブくん」

 微笑み礼を告げたパルシオネは、よどみない動きで次の手を指す。

 それは慌てて攻めに転じたものではない。

 別の罠へ誘うための一手だ。

 そう。見破られたのは仕込んでいた誘いの手ひとつに過ぎない。

 パルシオネが盤上に仕込んだ罠はひとつではない。

 見破られたものがあるのならば、それを布石として別の誘いを活かす。

 相手の勘が冴えているのならばより巧妙に、広く層の厚い罠で取り囲む。

 策が見切られたからといって、捨て鉢に攻めかかってはならない。

 攻め時を決めるのは自分自身である。

 人間が書き記したとされる兵法書の意訳であるが、今の状況はまさにこのままだ。

 意表を突かれた焦りのまま、危うく自分を見失ってしまうところであった。

 だがフェブルウスのお陰で頭が冷えた今、パルシオネに恐れるところはない。

 たとえ相手が秀でた勝負勘を備えていようが、知恵でパルシオネが勝るのならば勝ち筋はあるのだ。

「勝者、パルシオネ男爵!」

 となれば、この宣言は必然である。

「やったー! パルちゃんやったー!」

「フェブくんの応援のおかげでありますよ!」

 勝利にはしゃぎ跳ねる男の子を抱き上げて、パルシオネは改めて応援に感謝を。

 フェブルウスがいなければ、この勝負、落としていてもおかしくはなかった。 まさにフェブルウスが勝利の鍵となったのだ。

 だからパルシオネは、この勝利で手に入れた記念品、今上陛下と現七大大公を模した駒を含む一式をフェブルウスにプレゼントしたのであった。

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