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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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今投票するならこれしかない

「ところでさ、パルシオネ……あたしもパルちゃんて呼んでいい?」

「ハイもちろん! なんでありますか?」

「じゃあパルちゃんは、美男美女コンテストは誰に入れるつもり?」

「おっふ!?」

 ティムレの伯爵城。

 晩餐を終えて茶を楽しんでいたところへの質問に、パルシオネは茶を飲み損ねて、むせる。

「あー……そういえば、もうしばらくしたら始まるのでありましたね……でもなんでまた?」

 息を整えながらパルシオネが問い返すと、ティムレはにこやかな笑みのまま首を傾ける。

「んー? そりゃただ興味あるからだよ。キミたちも興味あるよね?」

 水を向けられたミケーネとフェブルウスの姉弟は、揃って首を縦に振る。

「はい! 気になります! みんながいちばんキレイだっておもうヒトをえらぶんですよね!? パルちゃんはだれなの?」

「ええ。パルシオネ男爵の趣味、気になります」

 興味のまま、身を乗り出す勢いのフェブルウスに対して、ゆったりと背もたれに身を預けながらの姉。

 対照的ながら、どちらからも素直に興味を示されて、パルシオネは耳を寝かせて困り笑いを浮かべる。

「えー……これ完全に言わなきゃダメな感じであります? ありますよね? うぅーん……まずそう言うティムレ伯は、どうされるのでありますか?」

 パルシオネは困った末に、まず言い出しっぺはどうなのか。と、ティムレにパス。

「え? 二人ともあたしより先生の投票がどうなるか気になるみたいだし、あたしのは後でいいでしょ」

「うん! ぼくはパルちゃんのを聞きたいな!」

「私も。お祭りがもう十年先に行われていたら、私から言っても良かったんですが……あいにくまだ投票権がありませんから。ああ、もう十年違っていれば……!」

「おぉう……」

 しかし、フェブルウスの興味は、まずパルシオネが誰に票を入れるかということ。

 それにミケーネも乗っかって、芝居がかった言い方で後押しをする。

 この子どもたちを味方につけた返しで、話は再びパルシオネに戻る。

 もはや逃げ場はなく、先送りもできない。

 状況を痛感したパルシオネは困ったようにうめくも、やがて腹をくくったとばかりにうなづく。

「……そうでありますね。いま誰に入れるか、となると悩ましい話であります」

 パルシオネはそう前置きして、顎に肉球を添えてぷにぷにとさせながら考える。

 美男美女コンテストは非常に古くから続く伝統的な行事である。

 歴史を重んじ探求するパルシオネとしては、勿論白紙で出すつもりはなかった。

 が、まだ今回誰に入れるかまでは考えていなかった。

「……マストヴォーゼ閣下が存命でありましたら、敬意も含めて一択だったのでありますが……」

「ほうほう……となると、繰り上げで前回二位の彼?」

「いやー……彼はちょっと、なにか違うんでありますよねー……」

 ティムレの予想に、パルシオネはぷんすと鼻を鳴らしつつ首をひねる。

「こうなると……いっそ、ここの大公閣下に入れるでありますかね」

「え?」

 そうして飛び出したパルシオネの投票先に、白犬がポカンと口を開ける。

「……え? や、ここの……ってウチの大公閣下?」

「はいであります。デーモンとしては間違いなくお綺麗なお方でありますから、おかしくないでありますよね?」

「あ、うん。フェブルウスくんとの云々で分かってたけど、ホントにデーモンのもわかるタイプなんだ」

「ええまあ。ただ、あの瞳は正直ちょっと……もう一人の、デヴィル嫌いなお方を連想するせいか怖いのでありますが、ご本人は種族に分け隔てないようでありますし……なにより、いい趣味をされてるようでありますから」

 武具展を開くほどの武具好きで、さらに大公の地位にありながら、強権をふるって来場を強要したりしない。

 そうした節度を備えた趣味人であると、パルシオネは赤金の薔薇の君を想像している。

 武具と歴史。ジャンルは違うが、のめり込んだ趣味の持ち主として、パルシオネはかの大公に親近感すら抱いていた。

「武具の性能ばかりか、歴史にも興味がおありなら、それこそ一晩語り明かしても足りないかもしれないでありますね……ムフフ」

 そんな想像のままに漏れ出た笑みに、ティムレは顔をひきつらせる。

「やー……それは、そうかもだけど……え? まさか、名前書いて出すの?」

「……お姉さま、なまえ書くと、どうなるの?」

 おそるおそると問いかけるティムレの言葉に、それまでムスッと聞いていたフェブルウスがミケーネに顔を向ける。

「美男美女で一位に選ばれた方は、名前を書いて投票した者の中から、代表一名にお礼をしなくてはならないのよ。肖像画と……えっと、その……」

 最初は得意げに語っていたのに、肝心の奉仕の内容に入るや、ミケーネは真っ赤になって言葉を詰まらせる。

「肖像画、と?」

「……その、一晩、共に過ごすのよ……」

「ええ!? そんなのヤダッ!?」

 躊躇いながらもどうにか絞り出したもう一つの奉仕内容に、フェブルウスは声を上げる。

「パルちゃんが、そんな……大公さまとふたりきりで楽しくおしゃべりするなんて……そんなの、ぼく、ヤダよ」

 もっとも、想像した光景はずいぶんと可愛らしいものであったが。

 そんなフェブルウスに、パルシオネは心配いらないと笑いかける。

「安心してほしいでありますよ。わたしは名前を書いて投票するつもりはもともとないでありますから」

「なまえ書かないと、どうなるの?」

「最初からご奉仕の先に選ばれる気は無いですよーっていう意思表示、になるのでありますかね。名前を書いて入れなければそもそも選ばれようがないのであります」

「そうなんだ!」

「そうなんだー……」

 晴れ晴れとした笑顔を見せて座り直すフェブルウス。

 その一方でティムレが、男の子とまったく同じ言葉を呟きながら深々と、深々と、安堵の息を吐く。

「いや、ティムレ伯? ご存知のはずでありますよね」

「いやー、いまのはそっちじゃなくてね。入れても名前書く気はないんだーっていう方の、そうなんだーだから」

 片方の肉球を見せて右左にさせるティムレに、パルシオネは笑ってうなづく。

「異種族と分け隔てなく……といっても、友人までという方がほとんどでありますからね。わたしとしては普通にお話したいだけなのでありますが、変に気を揉ませてしまったり、なんてなったらと思うと畏れ多いでありますよ」

「うんうん。それがいいそれがいい。まあもしウチの大公閣下が一位で、奉仕に当たったりなんてしたら、本人よりもむしろ、周りからの反応の方が怖いからねー……」

「……苦労されてるんでありますね……」

 ティムレがしみじみと、本当にしみじみとそれが正解。それが平和だとうなづくのに、パルシオネはたまらず目頭を押さえる。

「そうなんだよー! こっちは別に、ただ同じ軍団の上司と部下だった誼で話してるだけだって言うのにさー! デーモン女たちの中にはすんごい目で睨んできたり、他にも不意打ち仕掛けたりしてくるのがいて! でも大公様は気にせず前の調子で話しかけてくるしさ、それで邪険になんてできないじゃん!? そんなとこ見られたら絶対余計に面倒になるしね!? かと言って泣きついたらまたヒドイことになるだろうし、もうあたしにどうしろってーのよ!?」

 同情を引き金に溢れだした、サソリの尻尾を体に巻きつけての叫び。

 板挟みの状況に対するティムレの嘆きに、パルシオネはたまりかねて席を立ち、白犬の背中をさする。

「立派であります、伯爵の和を乱すまいとの頑張りは本当に立派でありますッ!!」

「ありがとう! ありがとうパルちゃん!」

 パルシオネが称え、慰めるのに、ティムレは片方の肉球を重ねて礼を言う。

 そのままティムレは、パルシオネに包まれるようにして慰めを受け続ける。

 そうしてしばらく。

 ようやく落ち着いたティムレは、パルシオネから離れる。

「いやー、ごめんね。みっともないとこ見せちゃって……」

 恥ずかしさをごまかすように笑うティムレに、パルシオネは微笑み頭を振る。

「大丈夫でありますよ。少しでもティムレ伯の気が楽になったのならなによりであります!」

「……パルちゃん……ッ!」

 ぷんすッと鼻息を添えての一言に、ティムレはじわりと目を潤ませる。

 何とかできること。

 頑張れるということ。

 それらと、辛くないかということは、まったくの別問題なのだ。

「やー……もう参っちゃうなー、それでついでにもうひとつみっともない話なんだけど……」

「もちろん言いふらしたりはしないでありますよ。安心してほしいであります!」

 みなまで言う必要は無いであります。と、先回りに宣言するパルシオネに、ティムレは深く息をつく。

「助かるよホントにー……あー、ホントパルちゃんがウチの軍団にいてくれてたらなー! ……ホントに移ってこない?」

「それは光栄な話であります。ありますけども、今の公文書館司書の仕事が楽しいのでありますよ」

「そっかー残念。じゃあまたお子様が睨んできてるからこの話はこれまでだね」

「……で、ありますね」

 そう言ってティムレが目をやった先では、フェブルウスがやるものかとばかりにパルシオネの尻尾に抱きついている。

「……それに、うん。よく考えたら愚痴を言い合える味方は増えても、また別の問題が増えそうだし」

「酷い言い草でありますッ!? でもなんかホントにそんなことになるような可能性を見たことがあるようなッ!?」

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