お邪魔します白犬伯爵
「やー! いらっしゃいよく来たねー!」
「どうもー、お世話になるでありますよ」
伯爵城の門前。
そこで朗らかに迎えてくれるサソリ尻尾の白犬デヴィル・ティムレに、パルシオネは礼を言いながら歩み寄る。
そしてそのまま犬とタヌキは肉球をぷにーっ! とハイタッチ。続けてぷにぷにきゅっきゅっと向きを変え高さを変え、肉球を合わせていく。
「ようこそ、あたしの城へ!」
「急な訪問にも関わらずの手厚い歓迎。感謝感謝でありますよ」
「いやー! いいよいいよ! この大公領に来たならおいでーって誘ったのはあたしの方だし……それでもお礼を、って言うなら……」
ティムレが耳をピンッとさせてニヨっと笑うのに、パルシオネはわずかに身を引く。
が、次の瞬間には鼻と鼻とがふれ合いそうなほどに間合いが詰まる。
「ちょっとした“お楽しみ”をもらっちゃおうかな!」
「おひゃあんッ!?」
そしてその肉球は、パルシオネの胸にある大きなモノを押さえる。
「ちょ、ティムレ伯……ちょ、やめ……!?」
「いいじゃないか、いいじゃないかー女同士でデヴィル同士だしー、こんないいモノ持ってるんだし楽しませてよー」
身をよじるパルシオネの胸元で、ティムレの肉球が張りのあるクッションを解そうと捏ねる。
セクハラであった。
同性だろうとなんだろうと、言い逃れのできないセクハラが完全成立していた。
「さて、いいモノと言えばまだもうひとつ……」
「うひゃあんッ!?」
「……あれ? あたしの手はまだ届いてないよ?」
尻へと手を伸ばしかけたところで跳ねるパルシオネに、ティムレは首を傾げながらムジナ女の背中側をのぞきこむ。
「……ダメ! もうダメ!」
するとそこには、腰に抱きつくようにしてパルシオネの尻をカバーする、フェブルウスの姿があった。
体全部を使って守り、唇を引き結んで目を逸らすことなく伯爵を見返す。
その姿は、自分よりもずっと大きな相手に立ち向かう子犬のようである。
「ふ、フェブ!?」
これに顔を青くしたのはミケーネだ。
ブラコン的な意味ではなく。
同族相手なら寛容で親切な人物が、異種族なら子ども相手でもきつく当たるということは珍しい話でもない。
「あー……ゴメンゴメーンやり過ぎちゃったね」
しかしそんな心配も、ティムレというデヴィルを知らないから起きるもの。
白犬伯爵はフェブルウスの眼差しに苦笑を浮かべて謝ると、パルシオネの体を捏ね回していた手を離して、男の子の赤茶髪の上に乗せてぷにぷにと弾ませる。
この種族を基準としない穏やかな対応に、ミケーネはホッと胸をなでおろす。
「この子たち、いっしょにあちこち回ってるっていう伯爵軍団長のとこの子でしょ? なかなか肝が据わってるねー男の子ー」
「そうでありますでしょう? そうでありますでしょう? 魔術の教師もやらせてもらっているのでありますが、心根も秘めた魔力も、将来有望な男の子なのでありますよ!」
パルシオネがぷんすっと鼻息強く、教え子を自慢する。
自分のことのように、いやむしろそれ以上に豊かな胸を張るムジナ女に、ティムレは耳を寝かせて笑う。
「そりゃまたずいぶんと期待してるねー」
「それはもう! まだ二十歳になったばかりだというのに、ヴァンシュロンのレースでは見事な手綱と魔術さばきで、年上の子達を下して一着を勝ち取ったのでありますから!」
「おー! やるもんだねー!? ……って、キミ? そろそろパルシオネのお尻から離れたら?」
ティムレの視線の先では、まだフェブルウスがムジナ女の腰にしがみついている。
「ヤです!」
しかしフェブルウスは唇を尖らせたまま、逆にパルシオネの腰にしがみつく手足に力を込める。
「フェブ! 失礼よ! す、すみません伯爵様!」
それにミケーネが慌てて弟を剥がしにかかる。が、今のフェブルウスはまるで木にしがみついたカブトムシのように、パルシオネの腰から離れようとしない。
ムキになって抱きつく弟に苦戦するミケーネに、ティムレは「気にしない気にしない」と笑いかけて、自分も男の子の説得に入る。
「……大丈夫だよー、さっきのはあたしの挨拶みたいなのだから。もう挨拶は済んだんだし、守ってなくても大丈夫だよー」
「でもヤです! パルちゃんはぼくの!」
「うえッ!?」
「おうふ!?」
「ンなぁーおぅッ!?」
独占欲剥き出しなフェブルウスの発言に、ティムレもパルシオネもミケーネも、すっとんきょうな声を上げる。
「あー……うん。そんなに大好きな先生を捕まえたまんまにしてたら寂しかったよね? ゴメンね?」
「ほらフェブくん、ティムレ伯もこう言ってくれてるでありますし……」
幼い子どもの思いを汲んで、ティムレは重ねてなだめようと言葉をかける。
だがフェブルウスはパルシオネにしがみついたまま首を横にぶんぶんと振る。
「ちがうもん! ただの先生じゃないもん! パルちゃんはぼくのよめだもん! 大人になったらしゃくいといっしょにもらうんだもん!」
パルシオネの背中に顔を擦り付けるようにしながらいい放った将来設計に、パルシオネは息をつまらせてむせこみ、ミケーネは白目を剥いて倒れる。
「へー成人して勝ったら嫁にもらう予定なんだー……なーんかどっかで聞いた話……って、は?」
そしてティムレも、お子さまの微笑ましエピソードとして流そうとして、流しきれずに固まる。
白犬の顔はギギギッと軋み音がするような動きで首を巡らせ、パルシオネを正面に収めて止まる。
「だ……男爵……まさかこんな小さな子に……?」
「ち、違うんでありますよ!? いやフェブくんがそのつもりでいてくれるのは嬉しいんでありますし、そうなれば喜んで行くでありますけどもが……って違うそうじゃない! とにかく、これは全部、彼が大人になったらの話で……あれ?」
異種族の、それも年端も行かぬ男児に手を出したのか。
そんな疑惑を抱いて引くティムレに、パルシオネは慌てて誤解であると説明する。が、視線の変化に口を閉じてみれば、後退りに逃げているティムレの姿がある。
「やー……それってさ、結局……そんな小さな子の「結婚するー」を本気にしてるってことじゃん? マジじゃん?」
耳を寝かせて言う白犬の顔は、完全に引いていた。
もう、ドン引きだった。
「いえ! ですからわたしとしては一対一の約束に誠心誠意応えるつもり、というだけのはなしでありましてね!? その通りになったらそうなったで万々歳、大歓迎なのも間違いないでありますが!」
「いやー……うん。いいんじゃないかな? 好いたなんだーは自由だし……うん。自由自由……」
「聞いて!? お願いでありますから話を聞いてでありますッ!?」
どんどん引き引き逃げるティムレを追いかけて、パルシオネは弁解を重ねる。
「パルちゃん、うれしいっていうのは、ホント?」
「もちろんであります! 今わたしは大きくなったフェブくん以外と結婚する気は無いでありますよ!」
「わぁい!」
腰に張り付いたフェブルウスの問いに、パルシオネは躊躇なく断言する。
それにフェブルウスは満面の笑顔を見せる。
「うわぁ……」
だが一方でティムレはそんな二人からさらに引いて距離を取る。
「待って待ってお願い引かないででありますー!」
「こちらの気絶したお嬢様は、中にお運びしておきますからね?」
引くティムレと追うパルシオネ。
追いかけっこをする伯爵と男爵をよそに、ティムレ城の執事が倒れたミケーネを保護に入る。
「はいはーい任せたー」
「それはありがたいであります。ありますが、わたしの話も引かずに聞いてくださいでありますよー!」
ミケーネが城の中へ担ぎ込まれて行く間、パルシオネたちの追いかけっこは止まることなく続くのであった。
「……ところでフェブくん。「僕の嫁」なんて言い方、誰に習ったんでありますか?」
「お母さまだよ。これ言ったらパルちゃんは大よろこびだって」
「おおう……先輩……」




