フェブルウスにおすすめのは?
赤金の薔薇の君が治める領土。
今日のパルシオネたちは、そこで開かれている古物市に訪れていた。
「おぉー……いろいろあるね!?」
「むふふ、そうでありますね」
物珍しそうに目を輝かせ、並ぶ品々を見回し歩くフェブルウスに、パルシオネは微笑みながらついていく。
「……あの、パルシオネ男爵?」
「何でありますか?」
横からかかった声にパルシオネが目を向けると、フェブルウスのもう一人の保護者であり、パルシオネの被保護者であるミケーネの姿がある。
「他の大公閣下の領地には……回らないのですか?」
ミケーネが尋ねた通り、パルシオネたちはこの大公領にしか滞在していない。
正確に言えば、度々に魔王領に帰ってもいるが、それでもこの領土との行ったり来たりしかしていない。
世界中で行われている大祭であるのに、八つの世界のうち二つだけで閉じこもっているのは、いささか、もったいないのではないか。
そんな思いからの疑問である。
「うん、いい疑問でありますね!」
対するパルシオネはにっこりと微笑んでうなづき返す。
すっかり教師モードに入ったパルシオネは、ぽむにっと肉球を合わせる。
「では逆に質問でありますが、ミケーネ嬢はこの他の領地にフェブくんを安心して連れていけるでありますかね?」
「……あ、ハイ。心配です。そばでついていても心配です」
答えにたどり着くようにとの逆問いかけに、ミケーネはすべてを察してうなづく。
二人が言うフェブルウスの心配とは、彼の身に危険が迫る事……ではない。
幼いフェブルウスが、控え目に言って刺激の強い場面に遭遇する事である。
両親もあれでそろって明け透けな部類であるので、何をいまさらという話ではあるかもしれない。
しかし「赤ちゃんはどこからくるの?」との問いかけに「こうやって作るんだよ」などと、作成工程をダイレクトに突き付けるような真似は極力避けたい。というのが師匠心であり姉心であった。
そういう意味では、赤金の薔薇の君が治める領地ほど、安心できるところは無い。
統制が行き届いていて、大人も子どもも心置きなく楽しめる健全な場所と、派手に羽目を外せる場所とが、きちんと住み分けられているからだ。
他所の領土ではこうはいかない。
色気的な意味で妖しい雰囲気を放つ物陰があったところで、治安維持部隊が首を突っ込むことはほぼないのだ。
先のヴァンシュロンのレースでも、もし他領ならコース際の木陰で実践中だったりしたかもしれない。
この気配りをクソ真面目で退屈だと評する向きもあるだろうが、少なくともパルシオネとミケーネにとってはありがたかった。
「ねーねーパルちゃん、ここ、ぶきでいっぱいだね!?」
「え? ああ、この辺りは武器市になってるようでありますね」
前を行く男の子の弾んだ声に顔を上げれば、確かに辺りは武器だらけだ。
剣に槍、斧やハンマー、弓矢に盾。大小様々な武器がずらりと並べられている。
「せっかくでありますし、フェブくんに良さそうな武器が無いか、見てみるでありますか?」
古物市を見に来た第一の目的がこれだ。
もしかしたら、宝玉と分解されたガンナググルズの刀身が流れて出てきているかもしれない。というわずかな可能性に期待してでもある。
「うん!」
「武器……ですか」
しかしフェブルウスが元気良く返事をするのに反して、姉の方は乗り気ではないようだ。
「ミケーネ嬢はやはり、あまり興味を持てないでありますか」
このパルシオネの問いに、ミケーネはあわてて頭を振る。
「いえ! いいえ! 他ならぬフェブの使う武器の事です! 興味がわかないなんて事は無いです!」
ミケーネはそう言いきって、ですが……と、目をふせる。
「……私の武器は、母から授かったこの技ですから……剣やら何やらの類いはどうにも……」
その落ちた視線の先には、軽く握られた両の拳がある。
魔族に武具を重視するものは少ない。
中には折れる、壊れる物よりも鍛えた己の五体の方が信頼に値する。と最初から手に取ろうとすらしないものさえいる。
「まあ、それでいきなり考えようというのも、難しい話でありますよね」
触るどころか、格闘での攻略法くらいしか考えた事がないのに、使う上での良し悪しなど分かるはずもない。
無理もない話だとパルシオネはうなづく。
「しかし! フェブに、というのであれば分からないで済ませていていいのでしょうかッ!? いいえそんなはずはありませんッ! 待っていてフェブ! お姉様が最高にオススメなの持ってくるからッ!!」
「お姉さまーッ!?」
だがミケーネはそう言うが早いか、並ぶ武具の中へ飛び込むように走って行ってしまう。
「いやー……止める間も無かったでありますね」
「うん」
武器市の区画をめぐる濃茶の風になってしまったミケーネを見送り、パルシオネとフェブルウスは苦笑する。
ともかく、治安もしっかりした市であるし、成年間近でそれなりに力をつけているミケーネであれば、少しくらい別行動しても大丈夫だろう。
そう判断したパルシオネは、身を以て封じている宝玉、邪竜の瞳に問いかける。
ここに汝の半身はあるか? と。
しかし宝玉からの返事はノーである。
それにパルシオネは納得半分落胆半分な鼻息をぷすん。
「……まあ、ダメ元でありましたしね」
絶対にあり得ない。とは言いきれない。その程度のわずかな可能性の話である。
多少がっかりはしているが、予想していた結果でもある。
パルシオネは過剰にふて腐れることなく、宝玉の封印を戻す。
「さて、と……どんなのがいいでありますかね」
「フェブーッ! 見て見て、こんなのはどうかしらーッ!?」
そうして自分たちも目で見て探そう、というところで、ミケーネが声を弾ませて戻ってくる。
「どうッ!? これ絶対にスゴいわよ!?」
そうしてミケーネが差し出した剣。
それは、あまりにも大きすぎる。
「こんなの剣じゃ無いであります! 持ち手の生えた鉄板であります!」
「だったら投げればいいんですよ!」
パルシオネのツッコミに怯みもせず、ただ重さとそこからくる破壊力だけは間違いないだろう金属塊を、ミケーネはぐいぐいと弟に勧める。
「ほら、まずはとにかく試してみましょう!? 絶対スゴイ破壊力だから、きっと気に入るわよ!?」
威力は正義。
そんな脳筋信念のもと、取り回し? なにそれ美味しいの? とばかりに選び取ってきた超大剣を担いでフェブルウスの手を引く。
武器市ということで、当然試しのための標的を並べたスペースも用意されている。
そこへ行って自分の選んだ大鉄板を試させようというのだろう。
「……パルちゃーん……」
自分の身の丈、どころか刀身だけで父親さえ凌駕する長さの鉄塊にドン引きして、フェブルウスが助けを求め、すがるような声を出す。
「うん、まあ……なんでも試してみるのは悪いことでは無いでありますし、ここはひとつ、ミケーネ嬢も自信満々でありますし、ね?」
明らかに体格からして合っていないものであるが、そこは子供とはいえ魔族である。重さに負けて持ち上げることもできないということはないだろう。
また実際に振ってみれば、意外に見た目の印象とは違うということもあるかもしれない。
そうでなくても試すことでどう合わないのか、自分の扱うものの候補から弾く条件を身体で理解する助けにもなる。
手に馴染むものを探すのに無駄にはならないから、と勧めるパルシオネの言葉に、フェブルウスはしぶしぶといった風にうなづいて、長大な鉄板を振り回す姉についていく。
「……さて、わたしからもなにか良さそうなものを見繕わなくては、でありますね」
つぶやき、くるくると視線を巡らせて市場に並ぶ武具たちを物色する。
「ここはやはり手堅く、フェブくんに合った長さの小剣でありますかね? しかし手堅いのばかりでは、ミケーネ嬢おすすめの鉄塊のインパクトには……あの大型メイスは、丸被りでありますねぇ……」
パルシオネは真面目なおすすめの剣を調達しながら、妙な張り合いからなにかもうひとつ、と品物を探す。
「うーん、難しいでありますね……おや? これは?」
そんなパルシオネの目があるものに引っかかる。
それは白を基調に、色とりどりの細かな糸を編み束ねた紐であった。
光沢のある上質な糸で編まれたそれは、武器市ということもあり、一見すると武具に華を添える飾り紐にも見える。
だがそうではない。
紐の両端には金属製の錘がつけられているのだが、それが放射状の出縁をつけた、握りこぶしほどもあるものなのだ。
飾り帯に使ってもかまわない。が、自身の本分はそうではない。と、その重々しい金属塊が主張している。
「珍しいでありますね……アステラス、でありますか」
流星とも呼ばれるそれは、いわば鈍器と鞭を組み合わせたもので、ベルトや飾り帯に見せかけた暗器としても扱われるものである。
パルシオネの知る限り、この武器の使い手として記録に残っている者は、魔族の歴史の中でも五指に納まるほどしかいない。
「おや? 御存じなんですか?」
「ええまあ。これこれこういう武器がある、といった知識程度の物でありますが」
パルシオネに声をかけてきたのは、このアステラスを市に出している今の持ち主だ。
八本脚を備えたクモに、四本腕のデーモン女性の上半身を乗せたような、一言でいえばクモ女のデヴィルだ。
「いかがですか? 護身具としてはなかなかのものですよ?」
「ええ、そうらしいでありますね。これなら変わり種として持って行ってもいいかもしれないであります。試しに使っても……?」
「ええ、ええ。もちろん。気軽に振り回してみてくださいな! ああ、長さが気になったらいくらでも手直しいたしますから」
そう言ってクモ女のデヴィルは八本指の手四つ、計三十二本の指を巧みに動かし、あっという間に目の前の虚空に紐を編み上げて見せてくる。
「おお!? 素晴らしいでありますね!? どうやっているのでありますか!?」
「大したことではありませんよ。こうして糸ツボから出した自前の糸をひょいひょいっと……ね? 簡単でしょう?」
どうやってと訊くパルシオネに、クモ女は肩や腕にもある糸腺から糸を紡ぎ出して再び実演して見せる。
「いやいやいや!? 全然簡単じゃないでありますよ!? 身体特性とそれを余さず活かす技術を合わせた職人技でありますよね!? 普段はどなたかに仕立屋としてお仕えしているのでは!?」
「うふふ。ええ、光栄なことに、大公閣下に仕立屋として召し抱えていただいておりますよ」
「大公閣下に!? なるほど、どおりで……」
大公の仕立屋であるというクモ女の言葉通り、彼女の出している品の中には、武器そのものに加えて、飾り布や帯といった付属品も数多く並んでいる。
そのどれもが見事な出来で、無償の武器のおまけとして受け取ってしまうのが申し訳なくなってしまうほどだ。
「たまには普段作らないようなのも面白いかと思って始めましたが、思っていた以上に楽しいですよ。お強く高位な方が、私の作った下着を着けていると思うのとはまた違った昂りが……うふ、ふふふふふ」
「お、おぉう……さようでありますか」
淑女然とした語りからの、よだれを滴らせた笑み。それにパルシオネはたまらず引いた。
そこで不意にズシン……ッと地面が揺れる。
「と、何事でありますか!?」
「パルちゃーん!」
「んお? フェブくん?」
パルシオネが地響きの原因がなにかと目を向ける。
するとそこへ、フェブルウスが助けを求めるように駆け寄り、それをパルシオネは腰で受け止める。
「どうしたのでありますか? ミケーネ嬢おすすめのは試してみたでありますか?」
「うん……あれ」
そうしてフェブルウスが指差した先には、地面から生えて高々とそびえたつ鉄塊の姿がある。
その根元に散らばる、元は丸太だったらしい木片たちを見て、パルシオネはなるほど、と先の地響きの原因を察する。
「すごいでありますね!? あんな大きいのを振り回せたのでありますか!?」
丸太を叩き割った勢いのまま地に立つ大剣を見て、パルシオネは惜しみなくぷにぷにと肉球を叩き合わせる。
「うん……でも足が着かなくなっちゃうし、抜けなくなっちゃうし……」
「……まあ、そうなっちゃうでありますよね」
いくら魔族が頑丈怪力だと言っても、正しい姿勢でなければ力が入らないのも道理である。ましてや自分よりも確実に重いだろう物体を、埋まった地面から引っ張り上げようなどさすがに無理が過ぎる。
魔術を併用するなり時間をかければどうにかなるかもしれないが、その手間と隙は実用には全く適さないことの証明にしかならない。
「それで、ボクにこんなの使えないよって言ったら、お姉さまが……」
そう言ってフェブルウスが目をやった先では――。
「フェブにこんなのって言われちゃった……破壊力抜群で間違いないって思ったのにー……」
ミケーネが膝を抱えていじけているのであった。
「ええっと、鉄板はわたしが何とかするでありますから……ミケーネ嬢は、フェブくんがこれをプレゼントしてあげればきっと立ち直るでありますよ。いいでありますよね?」
そう言ってパルシオネが指さしたのは、拳を保護するメタルガード付きのグローブである。
この問いに今の持ち主であるクモ女はにっこりと微笑みうなづく。
「ええ、もちろんお譲りします。サイズ調整もしますから呼んできてちょうだいね」
「うん!」
そうしてパルシオネおすすめのグローブを受け取るや、フェブルウスは一直線にいじける姉のもとへ。
果たしてフェブルウスのプレゼントに、ブラコンのお姉ちゃんはあっさりと完全復活するのであった。