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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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歴女デヴィルとして見逃せない催しがあると聞いて!

「おぉーお!? おおっほっほーうッ!?」

 奇声を上げながらパルシオネが辺りを見回す。

「素晴らしい! なんと素晴らしい光景でありますか……!」

 興奮のままに輝く目が眺めるのは、剣に槍に斧……種類も様々な数多の武具たちだ。

 だが彼女がキラキラとした目を注ぐこれらは、ただの武具ではない。

「魔力を帯び、歴史に名だたる名器の数々……それがずらーりと! まさに、まさに! 夢のような光景でありますッ!!」

 絹の敷布をかけた設置台一つ一つに、丁重に飾られたこれらは、いずれも多大な魔力を含んだ、名高い魔武具たちなのだ。

「この武具展の催しの事を小耳に挟んだ時から、行こう行こうと思っていたのでありますが……これは想像以上でありますよ! ウッヒョオーイッ!」

 パルシオネはもうテンションが上がりすぎて、涎すら垂らしかねない勢いである。

 だがそれも無理はない。

 この大公城がひとつ「断末魔轟き怨嗟満つる城」にて開かれている武具展は、城主である大公が主催し、その宝物庫から選りすぐりの魔武具を並べたものである。

 名高き魔武具の数々は、それぞれがいずれも劣らぬ輝かしい逸話を秘めている。

 それは、歴史研究家にして、触れたモノの情報を転写する特殊魔術の持ち主であるパルシオネにしてみれば、まさに歴史の生き証人の大集合も同然である。

「ああ! こんな催しを開いて下さるだなんて、赤金の薔薇の大公閣下はなんと良い趣味をなさっているのでありますかッ!?」

 パルシオネはそんな魔剣、魔槍、その他魔武具の数々に目移りしながら、城主の大公を手放しに讃える。

「ねーパルちゃん……ねえってばー」

 そこへ呼びかけるのは、パルシオネのアライグマ尻尾を握ったフェブルウスだ。

「ああ、ごめんなさいであります! この素晴らしい展示に、ついついハイになってしまったであります」

 不満げな呼びかけにパルシオネは慌てて腰を落とし、唇を尖らせた男の子と目線を合わせる。

「……うん。パルちゃんが楽しそうなのはいいんだけど、ここ、他にだれもいないんだもん」

 フェブルウスが言うとおり、この場にはパルシオネたち二人きり。

 いま二人のほかには展示を見に来ている者は誰もいない。

 さっきまで賑わしていたパルシオネのハイな騒ぎ声が収まった今は、酷いくらいに静かだ。

遠くに別の棟の賑わいが聞こえてくるのが、余計にこの催しの寂れっぷりを際立たせてすらいる。

「そう……で、ありますねぇ……仕方のないことと言えば仕方ないのでありますが、これではちょっと寂しいでありますね」

 武具に深く関心を持つ魔族は少ない。

 それは魔族にとって、地位を定める力はあくまでも己の魔力であるからだ。

 筋肉を、己の肉体を鍛えることを好み、熱心な手合もいることはいるが、それも美意識と趣味の範囲でしかない。

 武器とそれを用いる技術もまた同じこと。

 むしろ外付けである分、アクセサリ程度に見られている節さえある。

 そしてそれは強力で有用な魔武具であっても変わらない。上等な飾りとしか見ないものの方が圧倒的な多数派だろう。

 パルシオネとしては絶賛ものな武具展であるが、寂れているのも致し方なしと理解はできる。

 それはそれとして、もっと分かって欲しい、という不満は大いにあるのであるが。

「一人で盛り上がってしまってごめんなさいでありますよ。じゃあいっしょに飾られてる武具を見て行くでありますよ」

「うん!」

 勝手に興奮していたことを詫びて肉球を差し出せば、フェブルウスは満面の笑みで手のひらを重ねる。

「フェブくんはなにか将来使いたいな……って武具はあるのでありますか?」

「うーん……よくわかんない。お母さまもお父さまもパンチしたりキックしたりばっかりだし……」

「先輩夫婦は格闘でありましたね。武具の扱いという面ではあまり参考にならないでありますか……」

 近接の基本は格闘である。

 武器は折れて砕けるもの。

 ならば頼りになるのは己が魔力と五体のみ。

 という格闘好みが説く利点は理にかなっているし、パルシオネも杖術の一環として格闘を使いはする。

 だがそれも使い手と自称できるようなものではない。

 リーチに優れた長物でどうにか誤魔化しているだけで、パルシオネは本来近接戦は苦手としているのだ。

「パルちゃんはどう思う? ぼくってなにが良さそうかな?」

「そうでありますねー……」

 フェブルウスの側からの質問に、パルシオネは顎を持ち上げ考える。

 答えとしてはある。もちろん小ぶりな片手剣だ。

 フェブルウスに大剣や鈍器というのは違う気がするし、身体が育ち切っていない現状でもダガーやショートソードのような取り回しやすいものを、というのが合理的だろう。

 封印した宝玉からも、そうおすすめしろとの思念がうるさいくらいに響いてくる。

 確かに本来の形に戻すように努力すると約束はしたし、フェブルウスが正しく力を備えるころには主と見込んだ彼に返すとも約束した。

 だが、邪竜の瞳の言いなりになってやるいわれはない!

「せっかくでありますし、ここにある逸品を見ながら、一緒に考えるでありますよ」

「はーい!」

 というわけでフェブルウスを促して、せっかく公開されている名品の数々を参考にすることになったのである。

「まずは定番の剣から……というのも芸が無い気がするでありますから、おそらくこの展示中の名品オブ名品、ヴェストリプスでありますよ!」

「おぉーお!?」

 そんなふたりが真っ先に訪れたのは、一本の矛槍の前である。

 真珠のように滑らかな純白の柄。

 その先端の刃たちは、柄とは対照的な光を吸い込むような漆黒で、表面には精緻な彫刻が施されている。

「カッコいいねー……」

「で、ありますね。見とれるほどに美しい槍であります」

 圧倒されたように眺め讃えるフェブルウスにうなづいて、パルシオネは深く息を吸って解説に入る。

「さる名手が手に取り、世に出ていた頃にはその敵のことごとくを突き倒し、薙ぎ払ったと言われる名槍で、いくつもの偉業録にその名を添えているのであります! 今でこそこの形態の、ヴェストヴェルト形と呼ばれる槍が出回っているでありますが、そのすべての始まりはこのヴェストリプスにあるのであります! つまりは始まりの、槍の新たな歴史を突き通した槍なのでありますよ。まさに魔槍の中の魔槍、槍の王……その名にふさわしい、実に気品に満ちた佇まいでありますね」

「う、うん……」

 語り、うっとりと目を細めるパルシオネであったが、男の子の鈍い返事を受けて我に返る。

「ごめんなさいであります。またやってしまったでありますよ」

 引かないで欲しいと、パルシオネはあわてて謝り取り繕う。

「う、ううん。それは……だいじょうぶ、なんだけど……」

 しかしフェブルウスは、それは平気だと首を横に振る。

 だがその目はチラチラと落ち着きなくヴェストリプスをうかがっている。

「でも、ちょっとさわってみたいなって手を出したら、急にゾクゾク……って」

 ヴェストリプスの覇気にあてられたのか。

 酷く折檻されたかのように怯えるフェブルウスの話を聞いて、パルシオネは真っ先にそう考えた。

 大業物と称えられる武具を相手にした時には、高位の魔族でさえ恐れ、手にすることをためらうことがあるという。

 まるで武具の側がふさわしい持ち主であるかを試しているかのように。

 フェブルウスも間違いなく豊かな才を秘めてはいるが、今はまだ幼く弱い子どもである。

 稀代の名槍の放つ覇気に気圧されたとしても、なんら不思議はない。

 しかしそうまで考えて、パルシオネは首をかしげる。

 この考えが正しいとしたら、何故いま、この瞬間だったのか、と。

 ヴェストリプスに及ばぬとはいえ、ここは名高き業物の数々が並ぶ空間である。

 単に魔武具の覇気に怯えただけならばもっと早くに、展示場に入ることすら嫌がるはずだ。

 しかしフェブルウスには、今のいままでそんな素振りは無かった。

 ならば――。

「……使うつもりで触って欲しく無かった、のでありますかね?」

「ボク、きらわれちゃったの?」

「ああ、いや……! そう言うわけではなくてでありまして……」

 パルシオネがぽろりと溢した推測に、フェブルウスがしゅんとなる。

 それにパルシオネはあわててタヌキの頭を振る。

「……どう言ったものでありますかね……フェブくんがどうって言うわけでは無くて、それは誰でも、もちろんわたしでも同じだと思うであります」

「……そうなの?」

「はい。きっと……もう使い手になって欲しい相手を決めていて、その相手との再会を待っているのでありますよ。だから他の誰にも使わせる気はない。と、そういうつもりなのでありますよ。例えば、婚約者がいるのに無理やりさらわれてたまるかーってところでありますかね」

「そうなんだ!?」

 他の魔族からは、子どもからでも笑われそうな推測だが、フェブルウスは目をまんまるにして素直に受け入れる。

 それにパルシオネは柔らかく目を細める。

「……きっと、そうなんだろうと思うであります。さあ、ごめんなさいして、他の武器を見に行くでありますよ」

「はーい。ヴェストリプスさん、ごめんなさい」

 そうしてヴェストリプスに向けて深く頭を下げたフェブルウスを連れて、パルシオネは次なる名品に向かう。

「次は別の槍にするでありますかね?」

「あ、ねーねーパルちゃん、アレは? アレは?」

「おお、アレは死をもたらす幸いでありますね。抜けば珠散る氷の刃~……と謳われる剣はまた違うのでありますが、猛毒を含んだ露を滴らせていて、それを霧にして辺りに撒き散らすという……」

 そうしてデヴィおねとデモショタの二人組は、名だたる魔武具をああでもないこうでもないと見て回るのであった。

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