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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
40/76

何という失敗をしてしまったのか!

「やれやれ、もー……いくら祭りとは言え、何度も何度も再挑戦を申し込まれ続けてはたまらんであります!」

 パルシオネはぷりぷりと頬を膨らませて愚痴を言う。

 彼女に繰り返し挑戦を申し込んだ、と言うのはもちろんバンダースだ。

 爵位争奪戦の初日に切り揉み状に吹き飛び、頭から落ちる完敗ぶりを披露しておきながら、医療室に担ぎ込まれて完治するなりに、もう一戦をと挑んできたのだ。

 当然パルシオネは再び軽々と叩きのめして、勝ちを重ねた。が、シカ角イノシシはなおもすぐさまに回復して挑戦状を突きつけてきたのだ。

 同じ相手への三度の挑戦。

 それは折れぬ闘志と、不屈の心の現れと一度は称えられはした。

 しかし、圧倒的な力量差で繰り返される、まったく同じ勝負の内容にすぐに飽きられてしまった。

 実際、十度目を数える頃には、運営役もドン引きしていた。

 観衆からも「一思いにヤッちまえ」とのヤジが飛ぶ始末。

 結果、バンダースはパルシオネ男爵に対しての挑戦権を、争奪戦開催期間中は凍結。パルシオネに対する挑戦を申し込んだ段階で摘まみ出されることが決定された。

「それで同じ相手を倒しきれぬ程度と見られて、別の相手からも挑戦されるハメになったでありますし、もう散々でありましたよ!」

「……それは、災難だったな。これまではそれでも一応は、ウチが(だが)になっていたと言うことか」

「でもパルちゃんはそのヒトもポーンってやっつけちゃったもんね! ポーンって!」

 その愚痴に対して聞き手二人の反応は対照的だった。

 キツネ女のクズハ子爵はバンダースのかつての主人として苦笑を溢すしかなく、フェブルウスは目を輝かせて、パルシオネの快勝ぶりを称える。

「……で、ありますね。男爵位を奪い取るには割りに合わない相手だと、全土に広められたようなので、良しとすべきでありますね」

 そんな無邪気な男の子の反応に癒されてか、パルシオネは肉球でフェブルウスのほっぺをぷにり、感謝を伝える。

 事実、二人目の挑戦を手加減する余裕を添えて易々と退けて見せたことで認識が改められたのか、挑戦は申し込まれなくなった。

 多少面倒な思いはしたが、男爵位がより盤石になったと考えれば悪い結果ではない。

「ふわーむにぷにー!」

「むふふ、気持ちいいでありますか? わたしの肉球の質は他所の犬伯爵様からも誉められるほどでありますよ?」

「うん! きもちー!」

 フェブルウスとじゃれあいながら、パルシオネは大祭を楽しむことに頭を切り換える。

 そうしてタヌキの顔がいつものように和らいだことに、クズハも微笑みうなづく。

「うん。せっかくの大祭なんだ。過ぎたことをアレコレ言うよりも、催しを楽しむべきだね。いまは侯爵様の劇団の芝居を楽しもうじゃないか、マスター・ラスカル?」

 くすぐるようなその呼び方に、パルシオネは苦笑を向ける。

「劇中の人物の名で呼ぶのはやめて欲しいでありますよ。わたしはネタにされただけで、彼女そのものではないのでありますから」

 そう言ってパルシオネが目を向けた先では、ダフネの演ずるデーモンの魔術教師リャナンシーが、子どもたちを前に手本の術式を披露している。

 そう。いま三人がいるのは、スカディ侯爵劇団の設えた野外劇場。その立食席である。

 ここに並ぶ料理を作っているのが誰かと知った時には、パルシオネは妙なモノが混ざっていないかと反射的に見回してしまった。

 だが、さすがに客がとるものに試作品を混ぜたりはしていないようで、安心した。

「……まともな料理をまともに作れば、さすがは本職と言う他ないでありますのに……」

 そう言ってパルシオネは、料理を摘まみながら芝居に目を向ける。

 だがその瞬間、黒ずくめの何者かが、横合いからフェブルウスを抱えあげる!

「え?」

「パルちゃん!?」

 悪意、害意を隠しきっての奇襲である。

 完全に虚を突かれて反応が遅れたことで、フェブルウスを抱えた黒ずくめに観衆の中に潜り込まれてしまった。

「フェブくん!」

「あ、ちょっと、男爵!?」

 クズハの声を置き去りに、パルシオネは黒ずくめを追って跳ぶ。

 群衆をかき分け進む者を見失わぬよう、ひらりひらりと八艘跳びに追跡。

 やがて黒ずくめは観衆を抜けて開けた場所へ。

 それを好機と、パルシオネは黒頭巾の頭を目掛けて踊りかかる。

「フェブくんに! 何する気でありますか!?」

 飛びつき、フェブルウスをもぎ取るように奪い返してパルシオネは身構える。

 しかし、対する黒ずくめと、その仲間たちも当惑のまままごまごと目配せを交わすばかり。

 子どもを拐っておきながら、追っ手を考えてすらいなかったと言うようなこの反応。

 この奇妙な態度には、パルシオネも疑問を抱く。

「……パルシオネ、男爵?」

「へ?」

 そこへ背後からかかった声に振り返れば、そこにはリアルなタヌキマスクに手をかけたダフネの姿がある。

 そしてよくよく辺りを見回して見れば、辺りには役者たちと、それを遠巻きに囲み眺める観衆たちの姿がある。

 つまりパルシオネは今、劇のど真ん中に乱入してしまった形になる。

 誘拐犯を追いかけたはずが、まさかの芝居への乱入。意味の分からないこの事態にパルシオネは声も出せず目を白黒させる。

「……演出の一環で、観に来ていた子どもを舞台に引っ張って来てるんです……」

 そこへダフネからのこの耳打ちである。

 つまり、パルシオネは誤解からとはいえ、ただ芝居を邪魔しただけということになる。

 申し訳なさやらこの後の事を考えて、パルシオネは目眩によろめく。

 だがその傍らでダフネは背筋を伸ばして胸を張る。

「ああ! まさか我が先達にして我が友が! 真なるマスター・ラスカルがここに駆けつけてくれるだなんて!? 共に子どもたちを守ってくれると、そうなのね!?」

 唐突なそのセリフにパルシオネは息を詰まらせる。だがダフネは「合わせて」と口パクで。

「……そのとおりであります!」

 それを受けてパルシオネは戸惑いつつもうなづき、フェブルウスをかばう形で立ちあがる。

「ああやはり! アナタが共に戦ってくれるならば、こんなに頼もしいことはありません!」

 伸びやかな声で役者たちと観衆へ、パルシオネの飛び入りを受け入れを告げる。

「今日は私とアナタとで! ツインマスター・ラスカルですからッ!」

 そのアドリブにパルシオネが待ったをかける間もなく、ダフネはタヌキマスクを装着。変身してしまう。

「おおー! いいぞいいぞー!」

「ここでパターン違いとはやるじゃないか!」

 この流れに逆らわぬサプライズ演出に、観客からはやんややんやと歓迎の歓声が注がれる。

 敵役の黒ずくめたちも、これではもう仕切り直しもないと、完全に続行の構えを取る。

「ええ、ええ! やってやるでありますよッ!」

 こうなったらもうやぶれかぶれだと、パルシオネは捨て鉢に声を張り上げ、造形魔術で作った(スタッフ)を装備する。

「パルちゃんカッコイイーッ!」

「いいぞ、男爵!」

「師匠ー!」

 後ろのフェブルウスたちばかりか、遠巻きに眺めるクズハ、野外キッチンからも声援が飛んでくる。

 知り合いたちから投げられる声の数々に、パルシオネは恥ずかしさで顔から火が出そうな思いになる。

「そりゃあ!」

 だから切りかかってきた黒ずくめを杖でいなしたのに合わせ、鼻先に展開した一陣から幻炎を放つ。

 受けた役者も慣れたもので、打ち合わせもなく巻きついた幻術の火をほどくように転がっていく。

「二人揃った私たちを恐れないというのなら、かかっていらっしゃい!」

「であります!」

 剣のように教鞭を突き出すタヌキマスクと、杖を構えたパルシオネは背中合わせに見栄をきる。

 やけっぱちに何もかもを振り切ったタヌキの顔は、もうこのアドリブで始まった殺陣だけを、相手と相方の動きだけしか見ていなかった。

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