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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
ショタ大公シリーズ
4/76

見た目で侮るからいけないのさ

「あの辺がいいかな?」

 にこやかにボーイソプラノを響かせるショテラニーユ。

 続いてその指先に小さな火が一つ灯る。

 ショタ大公本人の小指の爪ほどしかない灯り。

 そんな蝋燭の火と見まがうような魔力の塊を、ショテラニーユは指の動きだけでひょいと放る。

 放った者の意思に沿って空を行く魔力の玉。

 それは立派な館へと吸い込まれるように近づき……そして爆発。

 蒸気の輪を貫き立つ火柱。

 高々と伸びて天を焼く爆炎。それによって生まれた風は、四方八方へと波紋のように広がり辺りのものをぶつかるに任せて薙ぎ倒す。

 爆発の双子として生じた暴風は、当然生みの親であるショテラニーユにも平等に襲いかかる。

「くっふははははははははッ!? いい感じだ、ご機嫌な一発だよ!」

 しかしショタ大公は殴り付けてくる風をまるでそよ風のように真っ向から受け止めて、髪とマントを激しくはためかせながら笑う。

「……あ、相変わらずすごい威力の術式だね、兄さん」

 その斜め後ろでは爆炎の威力に絶句するアコマニが。

 なお、女王ともう一人の大公もついてくるつもりだったようであるが、顔面の治療を理由に留守番である。

 もちろん、ショタ大公がいない間に物騒な勝負はしないように釘を念入りに刺した上で。

「こんなものはほんのあいさつ代りの花火さ。わざと建物への直撃は避けたわけだしね」

 爆発の余波からゴリラの腕で貴公子顔を守る義弟を振り仰ぎ言うショタ大公。

 そして口の端から白い歯をのぞかせて笑い、収まりつつある爆発の方角へ目を戻す。

「さて、押取り刀に出てきたようだよ」

 楽しげなその言葉の通り、和らいだ爆風を越えて、慌てバタついた足音と声が。

 大きく抉れた地面と、ショタ大公のいうとおりいまだに健在の館。

 それを背後に置いて現れたのは、統一感のないデヴィルの軍勢であった。

「な、なんとショテラニーユ閣下!?」

「やあ。ミルトン配下のセファルワイム公だったね?」

 先頭に立って駆けつけたデヴィル。カバ面に自前の皮膜襟巻。猿の胸と腕に鹿足のセファルワイムは、ショテラニーユの姿を見るなりその身を凍てつかせる。

 そんな緊張に身を強張らせる彼と彼の配下に対して、ショテラニーユはにこやかに声をかけつつ一歩前進。

 しかしショタ大公のあどけない笑みの接近に、セファルワイム公とその配下たちはエビが跳ねるように下がって距離を取る。

「ふふふ……そんなに怯えなくてもいいじゃないか。ボク、これでも穏健派の大公だって評判なんだけどな」

 ショテラニーユはその公爵軍の有り様にクスクスと含み笑いを溢しながらさらに一歩。

 するとセファルワイム達はまたさらにショテラニーユから跳ね逃げる。

 このような反応はされているが、ショテラニーユが穏健派だと言うのは本人の自称ではない。

 実際公的な場面でなければ配下の無礼な口ぶりも許すほどには寛大である。

 もっともその寛大さも、気安く無礼な口をきく者が八つ裂きにするには惜しいと思わせる能力を示しているからという面はある。

 侍従でありながら居城の一部を破壊するような者は、術式による氷像の刑に処するなどの処罰を下すこともある。

 しかしそれでも他の大公のように、育ちのためか異種族というだけで無体な仕打ちをするようなことはない分、ずいぶんと理性的で穏健な大公であると言えるだろう。

 むろん。その寛大さを受けるには敵対していないこと、あるいは敵対しながらも高く評価されていることが条件である。

「それとも、ボクに対して何かやましいところでもあるのかな?」

 そして言うまでもなく、花火を受けた館の主であるセファルワイム公爵は、寛大な処遇を受ける条件を何一つ満たしていない。

「……たとえば、ボクの義弟おとうとであるアコマニ伯を身内として、裏切らせようとしてた……とか?」

 縁談を強行されていたアコマニを背景の如く背負っての首傾げ。

 眩しいほどに笑顔を深めてのそれを受けて、セファルワイム公爵は一際大きく飛び退り、後ろに控える集団へ。

 そして起こるドミノ倒し。

「ふふっ、くはははははははははははははははッ!? 怯えすぎだよ、それじゃ何か企みがあったって白状してるようなものじゃないか。ははははははははははッ!」

 波打つように倒れる魔族軍団の怯えよう。無様なまでのそれにショタ大公は腹を抱えて大笑い。

「わ、私の仕えるミルトン閣下は決してそのような企みなど……」

「うん知ってる。ミルトン大公は武勇に長じ、それが過ぎて偏るまでいってるけど、だからこそまっすぐで気持ちのいい男さ。戦うのなら小細工を弄することなく挑戦状を叩きつけてくるだろうね」

 セファルワイムがカバ頭を地に擦りつけての申し開き。

 しかしショテラニーユは何をいまさらとそれを遮る。

 ショタ大公にとってミルトン大公は会議などで度々顔を合わせてきた同格の相手である。魔族らしからぬ権謀術数を謀る人物でないのは言われるまでもないのである。

「つまり、ミルトンがここに至るまでに果たし合いを申し込んできていない以上、この動きは君の独断ということになる。違うかな?」

「ひぃいッ!」

 そうしてさらに一歩踏み出したショテラニーユに対して、カバ面が短い悲鳴を上げて引きつり歪む。

「……し、しかしそもそも、この話は私の娘とアコマニ伯の間でのもの。成年を迎えた者たちの間に、身内とは言え閣下が出張るようなことではないかと……」

「なら副司令官をやってる公爵が出てくるのもおかしい話だよね?」

「ひぐぅ!?」

 カバ面の口応えに対して、ショタ大公は先に圧力をかけていたお前が言うなとぴしゃり。

 しかしショタ大公は、ひれ伏したまま大口を閉ざし歪めるセファルワイムを前に足を止め、小ぶりなあごを包むように手を添える。

「ふむ。しかしセファルワイムの言うことももっともだ。ボクもアコマニとそっちの娘、当人同士で進んだ話ならでしゃばるつもりはなかったわけだしね」

 退いてもいいともとれるその言葉に、カバ面を初めとした顔たちが晴れやかに輝いて持ち上がる。

 しかし一方のアコマニは、金髪青目の美貌を歪めることなく、黙って義兄の後ろに立っている。

「じゃ、ここはひとつ魔族らしくいこうか?」

 にこやかに提案するショテラニーユ。それに対してセファルワイムの顔が安堵から一気に絶望に塗りつぶされる。

 公爵という地位は、いわば準大公。七名に限定された大公に挑むに、順当な力の持ち主だと示す証である。

 しかしそれほどの力があると言うことは、彼我の力量差を感じ取る力もまた磨かれているということでもある。

 そして幸か不幸かセファルワイムは、目の前の幼げな大公が到底自分の敵う相手ではないと悟れるだけの力があった。

 圧倒的力量差と、そこからくる避けられぬ死の予感。それに震えるセファルワイムを前に、しかしショテラニーユは腰に下げた短剣に手をかける。

「でも、使うのは剣だけどね」

「な? ん、と?」

 ショタ大公のそのまま収まりそうな大口を開けて呆けるカバ面。

 だがショテラニーユは自身の提案についてこれていないセファルワイムを無視して短剣を抜く。

「ただの戯れさ。魔力を競うのも悪くないけれど、今日はこっちの気分なのさ」

 そう言ってショテラニーユは三角形の短い両刃を空に踊らせる。

 根元からまた切っ先に向けて跳ね返った刃。

 鍔と一体化した造りのそれからは、刀身とは不釣り合いに長い、両手持ち用の柄が伸びている。

 そして刃の中心から柄よりのところ。そこには卵形の緑の宝石が収まっている。

「お前がボクに勝てたならボクはこの話に口出ししない。ボクが勝ったら、キミは娘に手を貸さない。どうかな?」

 バランスを考えていない明らかに儀礼用の短剣。それを弄びながら、ショタ大公はにこやかに提案する。

 そして小さくうめくセファルワイムに、ショタ大公は軽く鼻息を挟んでさらに言葉を重ねる。

「あれ? もしかして小柄なボクと剣で戦うのも怖いのかな?」

 こてりと笑顔を傾けてのショテラニーユの言葉。

 明らかに挑発を含ませたそれに、カバ面が赤く染まる。

 地を殴って立ち上がり、その勢いに乗せた抜き打ち一閃。

 魔族の膂力に任せたそれは、まっすぐにショテラニーユの顔面へ向けて駆け上がる。

 だが鋭い切り上げはショタ大公が盾と割り込ませた短剣と衝突。

 そのかん高い音と同時にショテラニーユの小さな体は宙へ。

 しかし空中で軽やかに身を翻したショタ大公は、そのまま音もなく着地。剛剣を受けた短剣をくるりと手元に踊らせる。

「うん。殺気のこもった、なかなかにいい一撃だったよ」

 受けると同時に自ら飛び退いていたのだろう。ショテラニーユは先の抜き打ちをそう評してウインク。

「どこまでもコケにしてからにッ!」

 余裕綽々といったその様に、セファルワイムは鼻息も荒く踏み込む。

 先ほどの一合をきっかけに距離を取った魔族らの囲い。それをリングにショタ大公とカバ面の公爵は剣を合わせる。

 風切り迫る肉厚の片刃。それをショテラニーユは短剣で受ける度に打ち込まれる力に逆らわずひょいひょいと跳ね退く。

「剣も業物だね。結構な魔剣じゃないか」

 幾度目かの着地に合わせてそう告げると、ショテラニーユは逆に飛び込む。

 今まで受ける一方だったショタ大公の動きに、大上段に振りかぶっていたセファルワイムはその剣を傾げる。

 刃と刃。

 磨れ合い生じた火花に剣を輝かせながら、カバ面の後ろへ抜けるショタ大公。

 セファルワイムが追いかけ振り向いたその時には、すでにショタ大公は反転。その身をきりもみに回しながら躍りかかっている。

「ぬお!?」

 驚きとっさに剣を引くセファルワイム。その剣を切りつけながら小さな大公は脇に抜け、体ごとぶつかるようにして刃を突きだす。

 しかしそれは切っ先の行く手を切り裂いた剣に阻まれて、その肉厚の腹を叩くばかり。

「ぬん!」

 合わせてセファルワイムの刃を中心に風が爆発。

 目と鼻の先ほどの至近距離で生じた烈風は、ショテラニーユの体を軽々と吹き飛ばす。

「ふ、ふはは……身のこなしは鋭いですが、悲しいかな軽いですな」

 吹く風に飛ばされながらも、マントを翻して着地するショテラニーユに、セファルワイムは大きな口を笑みに開く。

 セファルワイムの言うとおり、ショテラニーユの剣は軽い。

 どれだけ体重を乗せたところで、小柄な体格ではたかが知れる。

 しかも軽やかで鋭い身のこなしを活かすためとはいえ、使う剣が短く軽いものであればなおのこと。

 軽いものと重いもの。ぶつかり合えば自然と勝つのは重量のある方である。

 たとえショテラニーユにさらに鋭く速い動きができるとしても、魔剣「嵐の近衛」の起こす風に飛ぶほどに軽いのでは覆しようがない。

「剣での勝負は戯れに過ぎたようですな!?」

 目の前に迫る勝利。剣でとはいえ大公を下したという結果。

 煌めくようなそれにセファルワイムはカバ面を笑みに歪めて魔剣を振るう。

 この一撃が勝利をもたらす。そんな確信に満ちた前のめりの剣。

 しかしショテラニーユは、剣ごとのし掛かってくるカバ面に対して、逆に体を丸めつつ踏み込む。

 魔剣を潜り抜けようというのか、しかしセファルワイムはその動きにほくそ笑む。

 それを受けて風が再び。しかしその気流は先と真逆。剣が巻き取るように風が渦巻いたのだ。

 そう。弾く風と巻き取る風。ふたつの気流を操るのが魔剣「嵐の近衛」の力である。

 招きの暴風にショテラニーユの体は軽々と宙に。そのまま自ら刃へと飛び込むかのように吸い寄せられる。

 だがショタ大公は互いに迫る刃へ向けて丸めていた体を開く。

 合わせて伸びた雷光が、セファルワイムの魔剣を横殴りに叩く。

「な!?」

 大きく弾かれた己の剣。それにカバ面が驚きに強ばる。

 その大きく見開かれた目の前で、ショタ大公の振り抜いた短剣から、雷光がほどけて散る。

 ネジ曲がった風に乗り、宙に身を翻すショテラニーユ。

 そして着地からすぐさま身を切り返してセファルワイムへと躍りかかる。

「ぎぃやあああああああああああッ!?」

 ショタ大公の短剣から再び放たれた雷の刃。それはセファルワイムの魔剣を握る猿の腕に当たるや否や、まるでクリームに包丁を入れるかのようにするりと沈み、先端を切り飛ばす。

 腕を落とした勢いそのままにすれ違ったショテラニーユは、マントを翻して剣を回転。半ズボンを留めるベルトにかけた鞘にその短い刀身を収める。

 ショタ大公の佩剣もまた魔剣。その銘は「ガンナググルズ」。魔力を食らい刃を作る剣である。

「うおっ、おおお、おぉおおおッ!?」

 魔剣を収めたショタ大公は、腕の切り口を抑えて悶え続けるセファルワイムに、興味を無くしたとばかりに背を向ける。

「ほら、ボケッとしてないで医療班のトコに運びなよ。外れた腕も一緒にさ」

 その言葉を受けて、にわかに慌ただしく動き出すセファルワイムの配下たち。

「さ、行くよアコマニ」

「うん。ありがとう兄さん。助かったよ」

「もうこんなことに、ボクの手を煩わせてくれないように頼むよ?」

 それに目をくれることなく、ショタ大公は義弟を連れてこの場を後にするのだった。

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