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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
39/76

さあ、大祭の始まりだ!

「……これより爵位争奪戦を開始いたします。挑戦者、応戦者ともに全力を尽くして爵位を争いなさい!」

「イヤァーッハァーーーーーーッ!!」

 筋骨隆々のデヴィルの開催宣言に続く大歓声!

「イエーーーーッ!」

 竜の咆哮をも凌駕する、大地を揺さぶるその声に、肉球をぷにぷにと叩き合わせるパルシオネの声も混じっている。

 ここは金獅子大公の居城「竜の生まれし窖城」の前地。

 今上きんじょうの魔王陛下在位三百年記念大祭における主行事が一つ、爵位争奪戦の会場である。

 もっとも、会場と言っても設えられているのは医務室を土台とした高い物見の塔だけで、あとはだだっ広い平原が広がっているばかり。

 おそらくはあの物見塔も、毎年の大演習で使っている物を改築流用したか、あるいは完全そのままに利用しているのかもしれない。

「いやあ、盛り上がっているでありますねぇ」

 しかしそんなことは祭りの熱気の前には、夏の日差しの前の氷粒のようなものだ。

 そんな燃えるような盛り上がりに、パルシオネは気分よく浸り味わっている。

「それも、邪竜の瞳のおかげでありますね」

 そう言って笑うパルシオネの腰には、封印符の塊がある。

 その中身はフェブルウスを新たな主と見込んでいた、緑色の魔宝玉である。

 この邪竜の瞳から得た情報のおかげで、アコマニの手記も解放。宝玉の秘めていた情報その物と、手記以外の遺産のおかげで、いにしえの大公ショテラニーユに関する研究は大幅に進んだ。

 この結果にはスカディ侯爵もご満悦。大祭を前に十分な成果を上げて、何の憂いもなく大手を振って祭りを楽しめるというわけだ。

「……む? 感謝するなら解放せよ? それはできない相談であります。心配せずとも、フェブくんが魔力に負けないと判断できたら真なる主人にお返しするでありますよ」

 封印府の奥から語り掛けてくる宝玉をぷにりつつ、その要求を退ける。

 封じられている物と封じる者。そんな関係であるので、宝玉は情報の引き出しはさせてくれるが、身に着けていても力を貸してくれるようなことはない。

 もっとも、パルシオネからすればいにしえから伝わる宝物として歴史を語ってくれるだけで問題ない。

 語ってくれた物語にあったショタ大公の術式も、いつものように自力で読み解き再現研究するだけなのだから。

 ともかく、気楽に大祭を楽しめることになったパルシオネは、魔王城での大祭主閣下と魔王陛下による開催宣言に参加してから、この争奪戦会場へと竜に相乗りしてやってきたのだ。

 そんな鼻をふくらませて熱気を吸い込むパルシオネへ、火の玉が飛んでくる。

「おっと、危ないであります」

 しかしムジナ女男爵は落ち着いたもの。軽く足踏みをして防御術式を展開。炎を弾く。

 だがパルシオネへ向かってきたと言ったが、彼女を狙ってのモノではない。

 開催宣言を受けてさっそくと始まった戦いの流れ魔術である。

「わたしの番はまだ先でありますし、も少し離れた方がいいでありますね」

 近くの観戦者に防御壁から出ないように言って、パルシオネは戦いから距離を置こうとする。

「……しかし、落ち着けそうな場所がなかなか無いでありますね」

 演習でも用いられる平原には、リングどころか区切りも何もなく、ただ衝突する対戦者たちと判定役と観戦者たちがひしめきあっているばかり。

 まだ初日で、挑戦者のほとんどが無爵の者であるから流れ弾の魔術も易しめのモノであるが、これが後日に待ち受ける侯爵・公爵戦にもなれば、どれほどの魔術が飛び交うか分かったモノではない。

 ちょっとでも観戦する距離を間違えて前のめりに観ていたら、死傷者に名を連ねる事になるに違いない。

 観客、弱者への配慮を著しく欠いた会場設営としか思えない。

 だが、争奪戦担当の金獅子閣下にしてみれば、そんなことは知ったことでは無いのだろう。

 むしろ強者の術式を肌で感じ、高みを目指す助けになる。と、良かれと考えた結果の設営なのかもしれない。

 そんなほぼ乱闘一歩手前に繰り広げられる戦いの合間を抜けて、パルシオネがさ迷っていると、ふと前方に、サソリの尾を持つ白い犬人間のデヴィルの姿を見つける。

 犬の彼女は、今まさに生死に関わる大事を凌ぎきったといった風で、やれやれとため息を吐いている。

 パルシオネがその様子を眺めていると、犬の彼女もパルシオネに気づいたようで目が合う。

 そのまま引き合うように歩み寄った二人は、互いの手のひらを、肉球を合わせる。

「いやあいい弾力してるね、キミ!」

「いやいや、そちらも実に滑らかで……これは相当に気をつけて手入れされていると見るであります!」

 そのままタヌキと犬は、合わせた肉球をひとしきりぷにぷに押し引きし、ぷにぷにぐっぐっと握手を交わす。

「わたし、魔王軍所属の男爵、パルシオネであります。そちらは、軍服を見るに赤金の薔薇の……」

「そうそう。あたしはそこで伯爵やってるティムレ! よろしく!」

「伯爵閣下でありましたか! これは失礼しましたであります!」

 互いに自己紹介をして、相手の身分を知ったパルシオネはあわてて畏まる。

「やー、いいよいいよ気にしないでー。今日からめでたいお祭りだし、ここはそんな固い場所でもないしー」

 しかしティムレ伯は、それをからからと笑い飛ばして許す。

「そう……で、ありますか? ありがたいであります」

「うんうん。気にしない気にしない! ああ、でもどうしても……って言うならー……」

「な、なんで、ありますか?」

「ちょーっとだけ、じっとしててもらおうかなー!」

 でも、に続く言葉に身構えていたパルシオネの尻を白い毛に覆われた犬の手が襲う。

「おひゃんッ!?」

「おおーう……これはまたなかなか、肉球とも違ったぷりぷり感……ズボンの下は毛無しのヒトのお尻と見た!」

「ちょ……ティムレ伯ぅ!?」

 尻をおもちゃにする犬の手をパルシオネは払いのけられず、されるがままになっている。

「いやー堪能した堪能したー! 君イイもの持ってるねー!」

 パルシオネの尻を皮切りに、身体中を一通りまさぐったところで、ようやくティムレの犬手が離れる。

「た、楽しんで貰えたのなら、なによりであります」

 耳をピンと立てて、満足げな息を吐く伯爵に、パルシオネは息と軍服とを整える。

「やー、ごめんね! テンション上がっちゃって、つい、ね! なんか、初対面のはずなのに初めて会った気がしないって言うかさー。いや、やり過ぎた言い訳にはならないか!」

 また「ごめんごめん」と、軽い調子ながら謝るティムレに、パルシオネは笑ってうなづく。

「大丈夫でありますよ。わたしもなぜか、伯には不思議と親しみを感じていたでありますし。なにより、お祭りでありますから」

「そう? じゃーおかわりをー……」

「そ、それはちょいとご勘弁を、であります!」

 それならと手を伸ばしかけるティムレに、パルシオネは乳尻のガードを固める。

 このやり取りに二人はどちらからともなく吹き出し、また肉球をぷにりと合わせる。

「ところで、ティムレ伯は今日はまたどうして争奪戦会場に? どなたか若いご家族の応援でありますか?」

 パルシオネが言う通り、まだ争奪戦は始まったばかり。

 組まれているのは無爵者の挑戦がほとんどで、応戦するのもだいたいは男爵位か、子爵位の者だろう。

 いきなり一足飛びに伯爵に挑む自信家もいないとも限らない。が、それでもそうはいないだろう。

「いや、あたしも今日の参加者だよ。挑戦されたのさ」

「うえぇ!?」

 パルシオネはそう考えて質問したのだが、残念、ティムレ伯爵は初日の参加者であった。

「え? と言うことは無爵位の方からの!? それはまた、ずいぶんと自信家なことでありますね……」

「あー……やー……、自信家―って言えばそうなのかもしれないけど、ちょーっと違うようなー……」

 それまでと打って変わって歯切れ悪い調子のティムレに、パルシオネは首を傾げる。

「それよりさ、そっちはどうなの? たしか男爵対子爵も一個くらいあったと思ったけど?」

「いやいやまさかぁ。わたしも同じく挑戦された側でありますよ。男爵位で平穏平和に歴史研究して暮らすのが、わたしの目標でありますから」

 露骨に話の流れを変えようとするティムレである。が、パルシオネも深く突っ込む事なく笑って応じる。

「なーんかどこかで同じような言葉を聞いた気がするなー。まあ、平和が一番っていうのはあたしも同感だけど」

「お、ホントでありますか? そう言ってた方とは気が合いそうでありますね。差し支えなければ、紹介していただいても?」

 似たような事を言ってた人物を知っている。

 そう聞いてパルシオネが食いつく。だがティムレは困ったように曖昧な笑みを浮かべて目を泳がせる。

「いやー……それは、やめといた方がいいと思うなー」

「なぜでありますか? まさか……デヴィル絶対殺すマン、もしくはウーマンなのでありますか!?」

 紹介を渋るティムレから、その理由を推測してパルシオネはおののき震える。

「いやいや、そういうわけじゃなくてねー。むしろ君のことは気に入りそうだからおすすめしないっていうかさー……」

「うーん、どういうことでありますか?」

 やはり歯切れの悪いティムレの言葉に、パルシオネはまたも首を捻る。

「えーっと……一息に出世したから、注目を集めるようになっちゃってさー。だからあんま親しくしてるのを見られたの次第では、ねぇ……?」

「ああ、なるほど……ん? 一気に出世して、人気が……というと、まさかッ!?」

「ともかく、あたしからしてもずいぶん上にいかれちゃったし、気安く紹介できないから! これはお互いのためのことだから!」

 話題に上った人物の正体を察したパルシオネに、ティムレは断固としてノーと紹介を断る。

「むぅ……残念ではありますが、無理に頼み込むわけにもいかないでありますね」

「物分かりが良くて助かるよ」

 素直に引き下がるパルシオネに、ティムレ伯は安堵の息をつく。

「挑戦者バンダース! 応戦者パルシオネ! 準備をッ!」

「お、出番でありますね!」

 そこへ響いた闘いの始まりを告げる言葉に、パルシオネは両手の肉球をぷにぷにと揉み合わせる。

「おー! 頑張ってねー!」

「はい! でも何度も撃退してきた相手なので、負けようがないと分かってるのでありますけどね」

 ティムレの声援に、パルシオネは軽く肩をすくめて応じる。

「早く!」

「さあパルシオネ男爵よ! 今日こそその地位と身柄をちょうだいするぞ!」

「はーい、分かってるでありますよ。それじゃあいつも通りに力押しの求婚を退けるでありますよ」

「ああー、君もそっちの感じかー」

 パルシオネは色々と察したティムレの声を背に受けながら、促されるままに鼻息荒いシカ角イノシシに向かって歩いていく。

「むふぅおぉおおおッ!! 戦いの匂いと! 男爵のにほひぃいいいいッ!!」

「……うん、ちょいと派手に行くでありますか」

 なお争奪戦の結果は、パルシオネが爵位防衛成功の功で表彰されることが決定した、とだけ述べておこう。

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