研究者舐めんな!!
光、一閃。
防御の術式を薄紙のように切り裂いた細い光は、身を捩ったクレタレアの髪をわずかに切り飛ばす。
「あら、まあ!?」
直後に着火した赤茶の髪をカマイタチで切り落として鎮火。すかさずのステップで足元へのレーザーをかわす。
「いいでありますよ! 収束魔術は受けちゃダメであります! 避けて……って、うわッ!?」
「パルちゃんッ!?」
「大、丈、夫! であります!」
自分へ向けての光線を、パルシオネは跳び、転がり、風で飛んで次々に回避していく。
「それより先輩ッ!」
「ええ!」
パルシオネの警告と同時にクレタレアも大きく飛びのき、小さな火の玉とその爆風から逃れる。
「……おのれ、ちょこまかと!」
それを見て忌々しげに吐き捨てるのはフェブルウスだ。
いや、その胸元で妖しく輝く宝玉「邪竜の瞳」か。
母とパルシオネを見るその目は、いつものキラキラとした男の子のものではない。
「それにしても、さすがとイうべきはパルシオネ……ワがアルジのジュツをホりオこし、アラたなアルジへデンジュしていただけはある……」
凝縮した爆炎の魔術を遠間に迎え撃って見せたムジナ女。その的確に理解した対応をじろりと見て、フェブルウスの目が苛立たしげに細まる。
「お褒めにあずかり光栄でありますよ! わたしが研究する、いにしえの時代の魔族大公……その佩剣の一部にさすがとまで言われるのは!」
術式の起こす爆炎を空へ逸らしつつ、パルシオネは叫び返す。
「ほう? ワがショウタイを? サキのジュツ、カンテイのタグいか……?」
その叫びに邪竜の瞳はフェブルウスの足を止め、彼の口を借りて興味を抱いたような声をこぼす。
「ええ……中断させられたので、詳しいことは解らずじまいでありますが」
対話のために止まったのを好機と見てクレタレアが身構える。が、パルシオネは目配せしてブレーキをかける。
すでにフェブルウスの指先には術式が編み上げられていたからだ。
パルシオネの制止を受けてクレタレアが踏み留まったのを見て、フェブルウスは天を指さして魔術を発動。頭上にかかる雲を穿ち散らす。
恐ろしきは邪竜の瞳。あんな強力な術式をフェブルウスの手で母に向けさせようとしていたのだ。
加えて、先ほどから明らかに幼い少年の限界を超過した魔力を行使させ続けている。邪竜の瞳に作らされた表情は余裕綽々であるが、汗が浮かんでいるし、肩で息をしている。
少し休ませなければ、止める以前の問題になる。
「それはそれとして、気になる事を言っていたでありますね? 新たな主、でありましたか? つまり、フェブくんを次なる持ち主と八百年振りの所有者と定めたのでありますか?」
「そのとおりだ。ムジナのデヴィル」
情報を引き出そうとしている。
その魂胆は丸見えであっただろうがしかし、フェブルウスを操る邪竜の瞳は、話に乗ってきた。
「しかしハッピャクネンぶり、とイうのはタダしくない。ワレがアルジとミトめたオカタは、イマだショテラニーユサマおヒトリだけ! このコドモも、まだコウホでしかない」
「不遜な! 仮にアナタが魔道具に宿った意思だとしても、それが使い手を認めるだの認めないだなんて!?」
息子を見下した宝玉の物言いに、クレタレアが怒りの声を上げる。
「フン、カンチガいするなよ。ワレはウシナわれたワがアルジのジュツをフッカツさせ、スバらしきソシツのモちヌシにツタえていたパルシオネにケイイをヒョウして、ハナシにツきアっているだけなのだからな」
だがフェブルウスには母の怒りの声も届いていないのか、ただ操られるままに涼しげな顔で流すだけであった。
「それは、ますます光栄でありますよ!」
そこへパルシオネはとっさに鼻先を突っ込み、クレタレアに抑えるように目配せをする。
まだ宝玉に引き出されるままに、フェブルウスに魔力を使わせる訳にはいかない。魔力切れをさせていい相手ではないのだ。
「つまりフェブくんはショテラニーユ様に次ぐ、あるいは剣を引き継ぐにたる素養の持ち主である、ということでありますか?」
ともかく付き合ってくれているつもりなら話に付き合ってもらって、フェブルウスの体を休めながら情報を抜き出せばいい。というのがパルシオネの考えだ。
パルシオネには魔武具魔道具を飾りと軽視してはいないし、その意思を否定するつもりもないのだ。
「……そのトオりだ、パルシオネ。このフェブルウスのセンザイノウリョクはスバらしい。まさにワがアルジのサイライとなるべくしてウまれたようなものだ。そのヒイでたサイをワレがヒきダしてやっているのだ」
「ショテラニーユ様の再来……でありますか。それは……時が時ならば大公に至れるということ、でありますか」
「フェブが……大公位に?」
邪竜の瞳から告げられたフェブルウスの秘めたる才。その強大さに、パルシオネもクレタレアも目眩を覚える。
「才能豊かな子だと、師としても将来を楽しみにしていたであります。でありますが、そこまででありましたとは……」
「そうだとも! ワレはそのチカラがメザめるテダスけをしているにスぎない! ワがアルジにふさわしいチカラとフルマいにな!」
だからこのままでいい。悪いようにはしない。と、宝玉はフェブルウスの両腕を大きく広げさせる。
「……片腹痛いでありますね」
「ナニッ!?」
だが水を注すようなパルシオネの冷ややかな一言に、邪竜の瞳はフェブルウスの眉間に皺を寄せさせる。
「いくら才能に溢れていようが、いま扱い切れる以上の魔力を無理矢理引き摺り出す事の、何が目覚めの促進でありますか! それは植物の芽を引き伸ばそうとして摘むに等しい行為、愚行であります!」
「うぐぅッ!?」
アナグマの爪で指しての鋭い糾弾に、宝玉はフェブルウスの口を借りてうめく。
「……だが、ワがアルジのサイライ、サイライだぞ!? キサマはアルジサマのケンキュウをしているのだろう? ヨロコばしいコトだろう!?」
惑わそうするように、宝玉は魅力的に見るだろう事を並べる。
だがパルシオネは躊躇なく首を横に振る。
「ショテラニーユ様の再来……そう呼ぶに相応しくなろうが、フェブくんはフェブくんであります! ショテラニーユ様御自身ではないであります!!」
「ナ、ナゼ!? ナゼだ!? おマエがケンキュウし、ジュツをヨミガエらせまでしたのは、アルジサマをモトめてのコトではないのか!?」
「断じて違うであります! わたしが歴史を紐解くのは、時の中に埋もれた偉大な御方の生きざまを明らかにするため! 今生きている者に、その心を無視して過去をなぞらせるためでは、断じてないであります!」
強固な否定の意思を繰り返しに叩きつけるパルシオネ。
確かに命が失われるのは惜しい。
その者が為したこと、残したことが時の砂に埋もれ、忘れられていくのも悲しいことだ。
だが偉人のその人の復活を望むなどありえない。
今を生き、おのれの歴史を綴るものに亡き者の肩代わりをさせるなどなおのこと。
あくまでも自分は魔族歴史研究者である。
その意志で、パルシオネはフェブルウスをエゴのままに歪めて消耗させている宝玉に対峙する。
「どうしてもフェブくんに佩剣として欲しいと言うのなら、いずれ刀身も探し当てて完全とし、一人前になったフェブくんにお渡しするであります。だからどうか……今はフェブくんから離れて、彼の心を塗りつぶすようなことはしないで欲しいのであります。お願いでありますよ」
そして誠意を込めて、正しく手にする時が来るのを待って欲しいと頭を下げる。
だが――。
「もうワレをどうこうできるつもりになっているか!? オモいアがるなァッ!?」
宝玉は逆上! 昂った怒りのままにフェブルウスに指を向けさせる!
「乗っ取りなんてやらかしておいてェッ!!」
だがパルシオネはすでにその動きに備えている。フェブルウスの指先からの閃光と同時に、封印札と魔術を放つ。
その術式によって生まれた光の円盤。小さく、薄いそれを、しかし飛ばすでなく腕に沿えたまま。
盾としてその薄さはあまりに頼りなく、しかも守るより避けろと言ったのはパルシオネ自身である。
だが真っ直ぐに走った閃光は、そんな薄い板にぶつかり、弾ける。
「ナニッ!?」
「研究者なめんな! であります!」
フェブルウスの顔と声とで驚きを表す邪竜の瞳に啖呵を切りつつ、パルシオネは叩くようにして閃光を逸らす。
この光の盾はもちろん、収束魔術の理屈を応用したものだ。
ごく狭い範囲に限定して高密度に圧縮した純粋な魔力障壁であり、その透けるような薄さに反して、非常に強固な防御力を備えている。
しかし、より強く魔力を束ねた収束術式の前では、上手くすれば逸らすことができるという程度。板っぺら程度の防御効果しか期待できない。
せっかくの応用術もその例外でなく、たった一発受けただけで引き裂かれてしまった。
「イッパツカギりのタテがあるテイドでッ!」
そして守りの術が破れたところを狙い、フェブルウスが再び指を突き出す。
だがそれでいい。
一発防いだだけで充分なのだ。
宝玉が必殺の意思をもってフェブルウスに魔術を使わせようとする。
だがその魔力の一部が、地面に吸い込まれる。
「うッ!?」
魔術を放つために漏れ出た魔力を奪い取り、輝く地面。その光が一つの術式を描き出すや大爆発! 粉塵を巻き起こす。
パルシオネが盾で守ると同時に、造形魔術で地に刻んでいた地雷術式である。
「うわッ!?」
地雷の爆発が生んだ分厚い土煙はフェブルウスの姿を包み隠し、その視界を塞ぐ。
「メくらましなど、コザカしいマネをッ!?」
フェブルウスに風を起こさせ、煙幕を吹き飛ばす邪竜の瞳。
「ジカンをタショウカセいだところでッ!」
フェブルウスは宝玉に操られるままに煙を吹き飛ばした風を束ねて、ジャベリンと構える。
だがパルシオネは慌てることなく男の子の胸元に輝く宝玉へ爪を向ける。
「わたしだけを見てていいのでありますか?」
「なにッ!?」
その忠告を受け、フェブルウスは警戒の目を巡らせる。
「あらあら」
「え?」
だがもうすでに遅い。
パルシオネの投げていた封印の札を掴んだクレタレアが、それを宝玉に張り付けているからだ。
その効果はてきめんで、フェブルウスの体が金縛りにでもかかったかのように強張る。
そうして動きの止まった隙にクレタレアは鎖を切って宝玉のはまったペンダントを息子の体から引き離す。
すると魔性の宝玉のコントロールから解き放たれたフェブルウスは、そのままぐったりと母の腕の中に納まる。
それまでの負荷と消耗からかぐったりとしているが、深く眠っているだけらしいその様子に、パルシオネは安堵の息をこぼす。
「助かったわパルちゃん。おかげでフェブも無事だったわ」
「いえいえそんな。他ならぬ先輩とフェブくんのためでありますから、知っていればこちらから申し出た話でありますよ」
「本当にありがとう……この上でまた手間をかけるようで申し訳ないのだけれど、これはパルちゃんが預かってもらえるかしら?」
クレタレアがそう申し訳なさそうに差し出すのは、邪竜の瞳の収まった首飾りであった。
「もちろんであります! わたしとしても、この宝玉には個人的に色々と聞きたいこともありますので、ぜひにでありますよ!」
フェブルウスの安全面からも、自身のライフワークからも、ここでパルシオネに受け取らないという選択肢はありえなかった。




