お疲れ様との舞踏会のはずなのに全然休まりません
魔王城の大広間。
と、言ってもそれだけならばいくつもあるのだが。
その中でも、魔王の直轄地に属する有爵者全てを納められるほどの物のひとつ。
そこで開かれている演習会を締める舞踏会に、パルシオネの姿はあった。
その装いは深い緑色のドレスに起伏豊かなヒトの身を包み、その上に象牙色をしたショールを羽織ってというもの。
そんな慎ましやかな盛装を纏ったパルシオネは、正面の玉座に座る主君に敬礼する。
「第二十一軍団所属、パルシオネ男爵であります。世を平らげる陛下の武威の末端として、太平の御世を支える力に恥じぬように励みました。ご照覧いただいた事に感謝いたします」
簡潔な挨拶の締めとして、肉球を見せたまま腰を折って一礼。主君の前から辞する。
そうして黒豹顔の男爵と入れ替わると、クズハたちのいる同位たちの中へ紛れる。
「ああ……緊張したでありますよぉ。見苦しくてご不快になってなければ良いのでありますが」
陣営を共にした同位たちの集まりに入るや、パルシオネは豊かなヒトの胸を大きく膨らませて、体に張りつめたものを吐き出す。
その様子にクズハたちは笑みをこぼす。
「緊張するのは分かるが、またずいぶんと短い挨拶だったね。もっと戦果のアピールとかしたら良かったのに」
「いやいや。ただでさえ軍団が大公様のに倍する規模なのでありますよ? 陛下ももう男爵のところまで挨拶を受けて、さぞお疲れのはずでありますから」
しかしパルシオネはクズハの言葉に、笑って首を横に振る。
御前に長居せず、簡潔に済ませたのはパルシオネなりの気づかい、忠義であった。
「それにわたしのなんて、せいぜいが同位を四、五人倒して、子爵様を何度か食い止めたってくらいでありますよ? 胸を張って語るほどの事ではないでありますよね?」
「イヤミかタヌキッ!?」
「ヒエッ」
だがパルシオネのわざわざ王に語るほどの話でもないとの言葉には、噛みつく様な激しい否定の言葉が返ってくる。
「上の位の者を相手に撃ち負けないなんて、そんなこと誰にでも出来るわけが無いだろうがッ!?」
「それだけの成果を上げておいて、自慢するほどじゃないとか、男爵同士でぶつかり合うので精一杯な俺たちへの嫌味なんだろ!? そうなんだろッ!?」
「ご、誤解であります、誤解でありますよ! ただ……ほら、実際に子爵様を叩きのめして見せたクズハ殿がいるでありますし、ね?」
たとえ得がたい成果であっても、より強烈なものの前では霞んでしまう。
そう言ってパルシオネがクズハを見れば、赤いドレスのキツネ美女は誇らしげに胸を張る。
「おお! そうそう、今回のでクズハが子爵様を下したんだったな!」
「ああ。パルシオネ男爵に執着しているウチの隊員が走り出したのを追いかけたら、パルシオネ男爵に食い止められている子爵を見つけたのでね。横取りさせてもらったよ」
「いやいや。お陰で助かったでありますよ。あのままではわたしの小隊は大打撃必至でありましたから」
「奪い取った形でも、下した事に違いはないものね! これで演習外でも打ち倒したらクズハも正式な子爵様なのね」
「そうなれば、こちらからは気軽に話しかけられなくなってしまうな。舞踏会で見かけたら誘ってくれよ?」
「よしてくれ。まだ正式な奪爵は出来ていないのだからね」
話が完璧にクズハの出世に移ったことに、パルシオネはホッと息を吐く。
「これも今回はパルシオネ男爵と味方だったおかげだよ。別々になっていたら奪爵どころか、封じ込められていただろうから、ね」
「むえ!?」
しかし安心したのもつかの間。クズハのスナギツネの目での流し目が、パルシオネに注目を集める。
「ああ、そう言えば去年は俺も転がされたな」
「アタシは逆ね。今年も去年もやられかけたのを助けられたわ」
「そりゃお前は同じクレタレア伯の軍団員だからだろうがよ」
「つまり、私は大演習でパルシオネ男爵を敵に回さなくてもいいということよ。うらやましいでしょ?」
「クレタレア伯爵と言えば、少し前に見事に挑戦を退けられたね」
「そう、そうなのでありますよ!」
上官の名前が出たのをこれ幸いと、パルシオネはここぞとばかりに食らいつく。
「挑戦を仕掛けた子爵様が手傷を負っていたので、さあ回復してあげましょうと、医療班の元にまで連れて行ってでありましてね! しかもその傷も、お嬢様のミケーネ嬢が伯爵直伝の技で負わせたものなのでありますよ! いや、堂々と公平な条件を整えて挑戦を受ける伯爵も見事でありますが、未成年ながら有爵者に怯まずぶつかっていったお嬢様もまたお見事でありま……」
「おや? 私が聞いた噂では、前座役を買って出たタヌキ顔のデヴィルが散々に叩きのめしたとなっていたが?」
「むぐ!?」
ここぞとばかりに捲し立てるパルシオネであったが、クズハが耳にした噂との乖離を口にすると、出かけていた言葉をのどに詰まらせてしまう。
「ほほう……タヌキ顔の?」
「なるほど……子爵様方を相手に、食い止め凌げているのも……」
周りの男爵たちから訝しむような目を向けられて、パルシオネは目を泳がせる。
「む、ふふ……さて、それは、どうでありますか、ねえ……?」
とぼけようとしているのだろうが、あまりにも下手くそすぎる。これではクズハの語るうわさの方が正しいと言っているようなものだ。
「まあそんなことあるわけないよな!?」
「そうね。地位が上がるチャンスをみすみす手放すだなんてありえないわよ、ねえ?」
「そ、そうでありますよ。ええ!」
より強く、より上位を、そして末には王座を。
才を得て生まれた魔族ならば誰しもが望むところである。
しかしこの場は周りに同調したものの、パルシオネは本心では爵位を高めることに興味はもっていない。彼女の出世欲はほぼすべてが知識欲、特に歴史に対するものに吸い取られてしまっているからだ。
やむを得ない事情、あるいはどうしようもなく許しがたい相手でも無い限り、子爵位以上の紋章を下すつもりはなかった。
しかし――、
ないない。
ありえない。
と、自ら出世を棒に振るものがいるなど夢にも思わずに回りの男爵たちは納得して、追究を止める。
その素直さに、パルシオネは苦笑しつつも安堵の息を吐く。
「……すまなかったね、困らせるつもりはなかったんだ」
そんなパルシオネの様子に、クズハはささやき声で謝る。
「い、いいえ、気にしてないでありますよ」
「助かるよ。しかし今回味方だったおかげで助かった……とは言ったけれども、パルシオネ男爵と戦えなかったのが残念でもあったんだ」
「う、え?」
クズハからの言葉を受け止め損ねて、タヌキの顔が強張る。
「以前の演習でのぶつかり合い。あれほどに手応えを感じて、楽しかった戦いは他に無かった。あれ以来、何度か挑戦を退けたけれど、どれも物足りなくて、ね」
クズハはそう言って、思い出にうっとりとスナギツネの目を細める。
その戦闘中毒の目にパルシオネはちょっと引いた。
「……い、いやあ、手応えだなんてそんな……わたしよりも手強い方なんていくらでもいらっしゃるでありますよ?」
「それはそうだろうね。まだ勝てない。そう思い知らされるほどに叩きのめされたことも無いではないし。でも、そうじゃないんだよ。ウチの攻めのことごとくをしのいで、ヒヤリとするような返しがある。次はどんな魔術、体術が飛び出してくるのか! そう思わせてくれたのはパルシオネ男爵だけだったんだよ」
「そ、それは、光栄な話でありますね」
力説するクズハに、パルシオネは引きつった笑みのままうなづく。
「武器をぶつけ、術式が重なる。その一つ一つがウチを更なる高みへと押し上げてくれる……そんな戦いをまた。そう、好敵手と戦う機会を逃してしまったのを残念に思うのは、何もおかしいことはないだろう?」
「え? いや……その、どう……で、ありますかね? おかしくは、ないと思うであります、よ?」
ずい、と間合いを詰めてくるキツネ美女に、パルシオネは後退りしてしまう。
クズハの迫力に、はっきりと否定は出来なかった。だが、パルシオネは彼女の言葉に共感できているわけでもない。
戦い、力を競い合わせるよりも、書に向き合っては物語を楽しみ、知識を実践し、なにより歴史を掘り出すことを楽しみとしているのがパルシオネだ。
必要があれば戦うし、実戦の中で覚えた術を試すのもやぶさかではない。が、戦いそのものを楽しむタイプではない。
だが、はっきりと言えなかったのが悪かった。
「分かってくれるか……! やはりウチが対等の相手と認めた実力者、と言うことか……ッ!」
「う、えぇ!?」
笑みを深めたクズハが、さらにパルシオネとの間合いを詰める。
今ここで戦いを始めよう。などと言い出しかねないその雰囲気に、パルシオネは助けを求めるように周りに目をやる。
だが周りの男爵たちはクズハの纏う剣呑さに圧されてか、いつの間にか遠巻きにしている。
すっかり任された、と言うか見放されてしまったこの状況にパルシオネは涙目になる。
「さあ、パルシオネ男爵、ひと勝負……」
「あら、パルちゃん探したわよ」
だがクズハが実際に申し込もうとするのを遮って、パルシオネに声をかける者がいた。
「せんぱ……いえ、クレタレア伯!」
ふわふわとした赤茶の髪を靡かせ、豊満な肢体を鮮やかな青いドレスに包んだ軍団長。
その登場に、パルシオネの顔から困惑の曇りが晴れ、逆にクズハは渋いモノを過らせる。
「お邪魔してごめんなさいね? パルちゃんの事、連れて行っても構わないかしら?」
「はい、どうぞどうぞ」
下位の者に対しても物腰柔らかなクレタレアに、男爵たちも快くパルシオネを送り出す。
「……ええ、もちろんです」
それはクズハも同じく。少なくとも表面上は。
「あら、ありがとう」
クズハが呑み込んだ不満に気づいた様子もなく、クレタレアは柔らかな笑顔で感謝を告げる。
「あ、そうそう。クズハさんはそろそろ順番じゃないかしら?」
「その、ようですね。感謝いたします」
「いえいえ、いいのよ」
敬礼するキツネ美女に、クレタレアはふわりとした笑みで応えて、パルシオネを連れていく。
そうして男爵集団からいくらか離れたところで、クレタレアはパルシオネへ向き直る。
「ごめんなさいね、パルちゃん。男爵さんたちで集まっていたのに」
「いいえ、ちょっと妙な雰囲気になっていたところだったので、助かったでありますよ」
むしろ渡りに船だったと、パルシオネが頭を振ると、クレタレアは安心したようにうなづく。
「あらまあ、でもパルちゃんは今日も活躍していたものね。チャレンジ心をくすぐるのも仕方ないのかしら?」
「わたしとしては平穏に、調査研究して生きていくために魔力を示しているだけ、なのでありますけれど……」
手に入るものに対して高くつく相手。そう認識させて敵を遠ざけようという考えなのだが、クズハのように逆に燃えてしまう相手が出てきてしまっている。
裏目裏目のこの結果に、パルシオネはトホホと肩を落とす。
そんなムジナ女の姿に、クレタレアは苦笑をこぼす。
「パルちゃんとしてはそうよね。でも、誰もが自分と同じように感じて、考えるとは限らないものね」
「ええ、はい。知っていた、分かっていたつもりではあるのでありますが、いま改めて痛感しているところでありますよ」
クレタレアからの肩を叩きながらの諭し慰めるような言葉に、パルシオネはぐったりと肩を落としたまま繰り返しうなづく。
「お疲れね。でも、悪いんだけれど、パルちゃんに相談したいことがあるのよ」
「何でありますか? 先輩からのお話しなら力を惜しまずに尽くすでありますよ!」
申し訳なさそうなクレタレアの言葉に、パルシオネはぷんすと鼻息も荒く応じる。
それにクレタレアは微笑みながらの礼を挟んで、用件を口に出す。
「……実は、フェブルウスの事なのだけれど……」