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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
35/76

脳筋集団を統率とか難易度高すぎる

「テメーなんざ怖かねえッ!」

「ンなろぉお! ブッ飛ばしてやぁるぁああッ!?」

「魔族なら、体一つで勝負せんかいッ!」

「その顔を剥いでやる!」

 物騒な怒号が飛び交う荒れ地。

 挑発、威圧のみならず、地水火風の魔術に、激突音が絶えぬこの地は、今武装した魔族たちに埋め尽くされている。

 その数、およそ三百万。

 それらが東西に二分され、真っ向からぶつかり合っているのだ。

 もちろん無傷であるわけがない。

 あるデーモンは血を流して倒れ、またある豚面のデヴィルはこんがりと焼かれて地に伏している。

 すわ、戦争か!?

 そう思うのも無理はない激しさである。だがしかし、これは実戦ではない。

 魔王直属軍による大演習会。「万魔千剣の舞踏」である。

「お、ぉおれのうぅでがぁああッ!?」

「折れた!? チクショウ! 足がぁッ!?」

「腹に穴が!? やりやがったな!? やってくれやがったなぁあッ!?」

 阿鼻叫喚という他ない悲鳴も上がっているが、あくまでも演習。演習なのである。

 屍の山が築かれていないあたり、まだ演習の域であることに間違いない。

 そんな実戦一歩手前の演習場に、黄土色の軍服を纏ったパルシオネの姿もちゃんとあった。

「せいやぁあッ!」

 かけ声と共に彼女の手から雷撃が飛び出す。

 アナグマの肉球を象った造形魔術は、正面のアルマジロ面の腹を直撃、爆発する。

「むぐぅおぉおおおッ!?」

 背中から大きく吹き飛び転がるアルマジロ。

「むぅん!? おのれよくもわが友をッ!!」

 ボールのように転がるアルマジロを避けて、イグアナの顔をしたデヴィルがレイピアを握ったマンドリルの腕を突き出す。

「そいや!」

「むん!?」

 しかしパルシオネは冷静に愛用の杖でレイピアを握る手を打ち、落とさせる。そしてすかさずターン。尻尾にかぶせた竜巻の尻尾で薙ぎ払う。

 合わせて爪の先から針のようなレーザーを発射。相手チームの腕や腹に風穴を開けていく。

 そうして血の雫を散らして倒れる敵部隊を横目に、頭上に大きな稲妻の肉球を造形し、振り下ろす。

「パルシオネ隊! 突きやぶるでありますッ!」

 あえて名づけるなら、肉球ぷにプレス。と言ったところだろうか。

 しかし名前に反して、耳をつんざくような雷鳴と猛烈な光を巻き起こす。

 それを合図として、稲光がこじ開けたスペースへ向けて飛び出す者達がいる。

 パルシオネに続き、乱戦から出てきたのは、ラグやユークバックたち、パルシオネ小隊のメンバーたちであった。

「番号!」

 パルシオネの声に応じて、十五名の小隊員が、それぞれに割り当てられた数を順に叫ぶ。

「反転であります!」

「オォオオッ!!」

 そうして全員集合を認めるやすぐさまに号令をかけ、小隊員の勇ましい声を引き連れ突撃する。

「わたしの術式に続けて、連携術式の二番! ……放てえッ!!」

 パルシオネの放った小さな旋風玉たち。

 圧縮した可燃ガスを含み、敵へ正確に、かつ貪欲に食らいつこうとするそれを追いかける形で、カラス型を為した炎が続く。

 それが標的を目前にして羽虫に食いつくかのように重なり、爆発!

 そうして飛び散り巻き起こる炎に、相手が浮き足立ったのをめがけて、パルシオネ小隊は一丸となって飛び込む。

 パルシオネにしては、取り繕うことすらしていない、あまりにも脳筋な指揮ぶりに見える。

 だが、隊の手綱を握り続けている段階で、魔族にしては十分以上の隊長ぶりであると言える。

 残念な事に、両軍団を指揮するはずの副司令官二名が、双方すでに指揮を手放して最前線で一騎討ちを始めてしまっているような状態であるからだ。

 しかし、コレもまたある意味では仕方のない面もある。

 魔族とはだいたいが大なり小なり脳筋というか、魔術魔力脳である。

 彼らは往々にして短気で、好戦的。また集団での勝利も、それぞれの勝利が重なればもたらされると信じてやまない。

 一度戦いとなれば役割など投げ出して、目の前の相手をぶちのめすことにしか目がいかない者がほとんどなのだ。

 そんな者たちの大集団を、まともに軍団として統率し続けられるだろうか? いや、できまい。

 だから最初から指揮権を放り投げて、一番強くて野放しにしては危険な相手を、互いに一騎討ちに抑え合う形になるのは、ある意味で至極、理にかなった形ではある。

 本人たちが脳筋なだけではないのだ。多分、きっと、おそらくは。

 そんな魔族たちの部隊を指揮するにあたっては、パルシオネもどうしても突撃突撃と指示を飛ばすしかない。

 伏せて奇襲?

 ヒャアッ! 我慢できねえ! とばかりに先走るのが出るだけだろう。

 隊を分けて挟み撃ちに?

 突撃して乱戦を始める分隊に引っ張られて、別方向から乱戦に加わるのがせいぜいといったところだ。

 パルシオネの実力を知り、気心の知れた隊員たち相手であっても、そんな心配が付きまとうような有様であるので、パルシオネとしても場所を選んで突撃突破を繰り返す遊撃をやるしかない、というのが正直なところだ。

 たとえ周囲も部下も足並みの合わせる気のない脳筋揃いであったとしても、自分から足並みを乱したら、群れからはぐれた子羊コース一直線である。パルシオネ小隊に羊はいないが。

「はっははは! ずいぶん派手にやるじゃないですかご主人様、いやさ隊長ッ!」

 ハイになって叫ぶのは、パルシオネのすぐ後ろにつくカラスと黒ジャガーの黒いグリフォン、ラグだ。

 彼女の右翼は折れ曲がってしまっているが、まるで気にした様子はない。

 いわく、飛べないならジャガーの足で走ればいい、のだそうだ。

「やはりあれですか!? 趣味の時間を中断させられた憂さ晴らしですかッ!?」

 同じ無爵らしいデーモンへ剣と斧とで切りかかりながらの問い。

 ラグが言う通り、パルシオネは少し前に手に入れ持ち帰った、アコマニの日記をはじめとした史料から情報を読み取ろうとしたところで、今回の大演習への招集がかかったのだ。

 それが、らしからぬ指揮の理由かとの推測である。

 だがパルシオネは襲い掛かってきたヒヒ顔のデヴィルを風で吹き飛ばしながら、首を横に振る。

「違うであります。演習中は去年のもこんなものだったでありますよね?」

「そうでしたかね?」

「そうでありますよ! 去年後退を指示したのを拒否したから、こんな前のめりな指揮しかできないのであります!」

 ぷんすと鼻息を吹き出して、振り下ろされる斧を杖で受け流しすかさず電撃。

「それに演習自体は、いい気分転換になっているので、歓迎したいところであります」

 振り向きざまに別の敵の肩を冷凍ビームで撃ち抜きながらの言葉の通り、パルシオネとしては今回の大演習は水を差されたというよりも、むしろ頭を切り換えるチャンスになった。

「……実際問題、いまは少しばかり行き詰っていましたので」

 行き詰っているといっても、しかし日記の中身が暗号化されていて、その解読に手こずっているというわけではない。

 その前段階。無事に日記を開く段階でまだ躓いているのだ。

 あの書庫の中からは、正しく対になった鍵が見つからず、自力で開けるしかなくなっていた。

 写本を相手に、崩壊術を仕掛けてあるらしい錠を外したり、収束術で解体してみたりと、何度か手を変え品を変えては開錠を試してはいるものの、どれも上手くはいかなかった。

 脳筋揃いの魔族が作ったにしては、ずいぶん強固で手の込んだ仕掛けであるが、偏執的な凝性持ちの変わり者は、どの時代にいてもおかしくはない。パルシオネのように。

 こんな錠を前にしたどん詰まりの中で、思い切り体を動かして魔術を放てる演習が始まったのは、渡りに船、といったところであった。

「……っと、ボチボチ離脱……もとい、突破の仕掛け時でありますかね?」

 ヴェストヴェルトを構えたユークバックが押し込まれ、双刃を携えたラグが後退りする敵をさらに押し込む。

 そうしてまとまりを失いつつある小隊の姿に、パルシオネは潮時かと判断する。

 そして号令をかけようとしたところで、自分へ向けて迫る部隊を認める。

「ッ!? 総員! 突きやぶるでありますッ!!」

 その先頭に立って走ってくる人物の姿を認めるや、暴風と突破命令を放つ。

 手近な相手を片づけて、次の獲物をパルシオネらに定めてきた返り血まみれのその人物が子爵であったからだ。

 号令に従い、回りの相手を振り払って突破に入る隊員たち。その最後尾にパルシオネは留まり、飛んできた巨岩の魔術を反転させる。

 パルシオネも、自分は子爵位相手でもよほどの相手でなければ負けないだろう、と言うことは自覚している。

 しかしラグたち隊員はどうか。その配下の数に負けて押し切られてしまうことだろう。

 無駄にまともにぶつかり合ってしまうのは、上司として正しい判断ではない。

 だからこの場はパルシオネが殿(しんがり)をやって凌ぎ逃げるの一択である。

 パルシオネにとっては、子爵が倒しきれなかった、という評判だけで大儲けもいいところだ。

「正面突破でありますよ! 振り向かず、一直線に!」

 飛来した電撃の雨を更なる雷撃で叩き落とし、部下たちが足を止めないように、重ねて突撃を命令する。

 しかし部下たちはともかく、子爵たちは魔術を打ち払われても怯むどころか、むしろさらに奮い立つ。

「これでも食らうであります!」

 そんな脳筋どもの放つ炎を水で迎撃。そして生じた蒸気のカーテンの奥から、パルシオネはとっておきの術式を放つ。

「ぐお!?」

「いきなり目の前に本が!?」

 それは対脳筋用導眠幻術。霧の向こうから聞こえる足音は瞬く間に鈍り、中には倒れるかのような重たいモノが混じる。

 相変わらず、効果は抜群だ!

「読んどる場合かよ!?」

 しかし戦いの興奮も手伝ってか、こらえたらしい声もいくつか。眠気覚ましの雄叫びと共に、炎や岩の拳が霧を破って飛んでくる。

 暑苦しい叫び声を伴ったそれらを、パルシオネは的確に迎え撃ちながら後退りしていく。

 しかし雄叫びの出どころと、魔術の放たれる間隔はどんどんとパルシオネに近づいてくる。

「……おおおおお……ッ!」

 そしてついに後方からも、耳の中をかき混ぜるような咆哮がパルシオネに届く。

「ぅえ? 後ろ?」

 その違和感に、パルシオネは思わず背後へ振り返る。

 まさかラグやユークバック達が、気づいて反転してきたか。と、パルシオネは息を飲む。

「ぬぅおおおおおおおッ!?」

 だがしかし乱戦をかき分け現れたのは、シカ角を生やしたイノシシ男、バンダースであった。

「バンダース殿ッ!?」

 その乱入にパルシオネは反射的に身構える。

「ぬぅおおおおおおおッ!!」

 であるがしかし、イノシシ男はパルシオネの脇をすり抜け突っ込んでいく。

「男爵は倒させん! オレの嫁を倒させてなるかぁあああッ!?」

「誰が誰のでありますかよッ!?」

 パルシオネはどさくさ紛れの放言にツッコミを入れつつ、バンダースの背を目で追い振り向く。

「やかましいわッ!?」

「ぐふぅおッ!?」

 しかしパルシオネを救おうと駆けつけたイノシシは、哀れにも子爵の一撃で叩きのめされてしまう。

 実力を顧みない救援に、パルシオネは思わず頭を抑える。

「しかし、バンダース殿が来た、と言うことは……」

 そんなパルシオネの呟きに答えるように、一迅の風がパルシオネの横を駆け抜ける。

「軍団の配置で今年は味方だったのが残念だったが! おかげでおいしいところにありつけたッ!!」

「クズハ男爵ッ!!」

 二種三本のキツネ尻尾をなびかせた風は、クズハ男爵であった。

「上位落としの評は貰ったぁああッ!」

 左右それぞれの手にグレイブを握り、貪欲に敵へ躍りかかるクズハ。

 その姿に、パルシオネも後退りを止める。

「パルシオネ隊、反転であります! クズハ隊と一緒に相手を押し返すでありますッ!」

「おぉおおおおッ!」

 そしてクズハの背中を守るべく、先頭をきって戦いへ飛び込むのであった。

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