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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
34/76

習慣づけていた行動のおかげで助かりました

 アコマニ。

 金髪碧眼の美しいデーモンの顔。トドの胴体にゴリラの腕とコウモリの羽が一対。その体をゾウの足とワニの尾で支えた六種混合の、絶世の美男として記録に残るデヴィルである。

 その美しさから多くのデヴィルから彫像や肖像画を破壊するのを憚られ、戦乱の時代を越えてなお、姿を伝える物が残っている。

 何者かも、名も知らずとも、美術品に残された姿を写しとった芸術家は数多い。

 このような話もあるように、亡くなられた後の世にも知られる、世代を超えるほどの美しさを備えたデヴィル男性であった。

 最終的な地位は伯爵と、さほど高いものではないものの、その美しさで名を刻み、残したという例である。

 しかしパルシオネにとっては、ただ美しいだけの芸術モチーフである歴史上の人物ではない。

 パルシオネがその全能を以って追い求めるいにしえの時代の大公、ショテラニーユの義弟として育った人物なのだ。

 そんな彼が残したものとあれば、きっとショタ大公にも関わり深く、彼の御方の物語を数多く秘めていることだろう。

 手に入るだろう物の期待を胸に、美男の顔を五つの獣で囲んだ紋章レリーフに臨み、挑んでいるのであった。

「なるほど……これがアコマニ伯の残したもの、の門番でありますか」

 封印され、固く閉ざされた扉を前にして、パルシオネは小さくうなる。

「人間としては強い魔力がある、といった程度のワシにはどうにも出来ぬ封印ですが、やはり魔族の男爵であっても手強いのでしょうか?」

 封印を調べるパルシオネ。その後ろからモリー・レイがのぞき込みながら尋ねる。

 だがその質問に、パルシオネはタヌキ頭を横に振る。

「いえ。破るか破らないか、と言う話であればさほどでもないであります」

「そうなのですか?」

「はい。少しばかり面倒な仕掛けがあるでありますが、破る分には問題ないであります」

「その仕掛けとはどのような?」

 首を傾げるレイ婆に、パルシオネはひとつうなづいて答える。

「下手に力押しの魔術をぶつけるとしっぺ返しがあるというものであります。といっても、許容量以上であればもろともに破壊できてしまえるのでありますが。ただ、それをやった場合、中の宝物どころか、この建物が無事で済む保障はないのであります」

 具体的にどうなるかと言えば、受けた魔力に反応して、辺りに爆炎がまき散らされることになる。

 そんなことになれば、パルシオネが防御術を紡いで自分自身とレイは守ることができるだろう。

 しかし、建物と扉の奥に眠っているであろう宝物たちの無事にまでは手が回らないだろう。

「それは……婆は困ってしまいますね。この家を無くしてしまうとなると、婆の命も無くしてしまうことになりそうですな」

「そんな乱暴なことは出来ないでありますよ」

 モリー・レイの冗談を笑い飛ばしながら、パルシオネは引き出した封印術式の図面と実際のレリーフを見比べる。

 パルシオネはやるつもりはないがしかし、この仕掛けがこの扉の奥に捜索の手が入らなかった理由なのだろう。

 鍵のかかった倉庫を開けようとしたら建物の一部が吹き飛びました。など、上役次第では処刑もあり得る案件だ。

「今までにこの罠を見抜いて、かつ部屋の中身に興味のない者にしか見つからなかった、というのはわたしにはラッキーでありましたね」

 部屋の上には書庫と書かれており、大体の魔族が見逃しても惜しくは無いと思えるものであったのも、放置された原因の一つであると思われる。

「さて、それでは外していくでありますよ」

 ともあれ封印の解除である。

 両手の肉球をぷにぷにと合わせ、爪同士を擦り研ぎ気合いを入れて、パルシオネは鍵開けに挑む。

 爪の先に生じた針のような魔力の塊。

 細く短く、しかし大量の魔力を凝縮したその針を、パルシオネは鍵を挿すかのようにレリーフへ入れる。

 そこからゆっくりと、中心である美男子の輪郭をなぞるように、魔力針を獣との境目に滑らせていく。

 パルシオネが解読したところ、爆発する罠を発動させるための反応術式にはほんのわずかな、それこそ針一本ほどの隙間だけを残して全体に巡らされている。

 その隙間を通して、奥にある結界術式を解除していくことでしかこの扉を安全に開く方法は無い。

 そしてその方法は、ショテラニーユ式の超収束術式が無ければ成り立たない。

 つまりアコマニは、義兄本人にしかこの部屋の中身を渡すつもりは無かったのだろう。

 術式とあわせて自動書記した情報によれば、この封印の作られたのは大乱時代を迎えた後。ファイドラ大公の遺産が封じられたのよりも新しい。

 その時期にショテラニーユの特性を鍵とした封印を施す。

 義兄の生存を固く信じてか、あるいは死から目を逸らしてか。もしくは術式を継げた者が必ず開きに来ると信じていたのかも知れない。

 この封印を施したアコマニの心情を思うと、パルシオネは胸に締めつけられるような痛みを覚える。

「……外れたであります」

 しかしそれはそれ。慎重にレリーフをなぞり終えたパルシオネは、積もり積もった緊張と疲労を追い出すような長い息を吐き出して、紋章彫刻に手をかける。

 すると扉と一体化していたかのような彫刻は抵抗を止めたかのようにすんなりと分離する。

 その様子はそのデザインも相まって、まるでアコマニの紋章がパルシオネに下ったかのように見える。

「それにしても、不便な錠を使われたものですね。出入りする度にコレでは大変だったのでは?」

 集中を要する作業が無事終わったのを見届けて、レイが疑問を口に出す。

「いえ、コレは最後に閉ざした時の封印でありますよ。封印したアコマニ様本人も、もう開けるつもりが無いからこそのものであります」

 モリー・レイの疑問に答えて、パルシオネは封印の彫刻を抱えて扉に手をかける。

 紋章が下った相手にも渡すまいとした、書庫の中身を拝見するために。

 そうして押し込めば、軋んだ音をたてて、数千年間凍ったように動かなかっただろう扉が開かれる。

「ああ、これもまた歴史の匂い! たまらないでありますね!」

 流れ出てくる閉ざされた当時の空気を味わおうと、パルシオネは鼻を広げて大きく吸い込む。

 どこかヒヤリとした空気を堪能しながら、パルシオネは部屋の中へ。

「お、おぉお!? おぉおおおおおおッ!?」

 そうして目に飛び込んできた光景に、パルシオネは鼻息も荒く目を見開く。

 書で埋められた棚の数々。その合間合間には、ショテラニーユとアコマニ。そして二人を育てたデヴィル女性の三人と描かれた肖像画や、敬礼氷像を作った場面の肖像画などの絵画たちが。

 さらにはアコマニが所持していたと伝わるが、彼の死とともに失われたとされていた大戦斧や、それと同じく義兄から下賜されたらしい装飾品の数々も並べられている。

「わたしの知恵の泉はここにあったのでありますかぁあッ!?」

 まさにパルシオネにとっての宝の山。博物館的な史料の山を前にして、尻尾をビンビンに逆立てて叫ぶ。

「あれも! これもそれも! どれもがどれも超貴重ないにしえの歴史の語り部であります!」

 昂るまま、鼻息を荒くして部屋中を物色するパルシオネ。

「おお? これはッ!?」

 キラキラと輝いたその目は、やがて一冊の本にぶつかり止まる。

 それは魔獣の革で装丁され、小さな錠のかけられた本だ。

 他者に開かれるのを拒む作りからして、日記の類いだろう。

「アコマニ様の手記でありますか!?」

 それを慎重に手に取ったパルシオネは、なにか仕掛けが無いか情報を抜き出し、ついでに万一の場合の保存用を作り出そうと特殊魔術を発動させる。

 そうして出来上がった、そっくりそのままな写本の中身を検めるべく、パルシオネは本を閉ざす帯を切る。

 だがそうして写本を開くと、文字を形作るインクが溶け滲んで、瞬く間に白紙になってしまう。

 そしてそのままパルシオネの手の中で本そのものまでもが、泡を立てて腐り溶けてしまったのであった。

「……うわーお……」

 アナグマの手と、そこから滴り落ちて床を濡らす汁を眺めて、パルシオネは呆然と声をこぼす。

 そして咳払いをひとつ挟んで、手を拭う。

「こんなこともあろうかと、写本で試して良かったであります。やはり逸ってはいけないであります!」

 それから無事なオリジナルを持ち上げながら、繰り返しうなづくのであった。

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