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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
32/76

強面でないので脅かすのは難しいのです

「うーむ……ついやってしまったであります……」

 そう言ってパルシオネはため息を吐きつつ、自身の頬を肉球でぷにる。

 タヌキの耳とヒトの肩を落としつつ彼女が眺めるその先には、一面の雪景色が広がっている。

 雪をかぶるどころか、幹にまでびっしりと霜を帯びて真っ白に染まった林。

 そんな凍り付いた木々の合間には人間の兵士をかたどった雪像が何体も立っている。

 しかし、何十体もの数を数える雪だるまたちの作りは異様なまでに精巧で、しわや、毛の一本一本まで作りこまれているように見える。

 まるで生きている人間の兵士をそのまま写し取ったかのような雪像たちを眺めて、パルシオネは重ねてため息を吐く。

「いきなり襲われたからとはいえ、これは……我ながらやりすぎであります」

 反省、反省と、足元に射かけられた矢を蹴散らしつつパルシオネはつぶやく。

 そのつぶやきの通り、この乱立する氷像たちは、無謀にもパルシオネへ矢を射かけた人間の兵士たちの氷漬けであった。

 新たに目星をつけた遺跡に向かう道中、見かけた崩れた壁の跡を調べていたパルシオネは、不意打ちに飛んできた矢の雨に、吹雪を返してしまったのだ。

 それは触れれたモノを瞬時に氷結してしまう、雪の結晶を模した魔力塊を織り交ぜた冷気と風の魔術の複合であった。

 いきなり襲い掛かられ、さらに調べていた壁に矢を当てられてカッとなってしまったとはいえ、人間相手にぶつけるべき魔術ではなかったとパルシオネは自嘲する。

「うーん……どうしたものでありますかね。炎、加熱系統は苦手なのでありますが……」

 氷像の乱立した一面の雪景色に、パルシオネはこのやりすぎの後始末をどうすべきかと、頭をひねる。

 よしんば上手に解凍出来たところで、おそらく凍った人間たちは突然の吹雪で視界が埋まったところまでしか記憶していないだろう。

 助けて、また相手に力量差が分かるように叩きのめし直すのも面倒な話である。

「まあともかく偉そうなの、仕切ってそうなのから範囲を絞って、ひとりひとり順番に解凍していくしかないでありますか。こんな無謀をやった理由も知っておきたいでありますし」

 このまま放置すれば、人間たちはほどなく完全にその命を止めてしまうことだろう。

 じっくり考えてもいられないであります。と、パルシオネは後片付けに動き始める。

「……えーっと、凝縮氷結の術式がこう……でありますから、ああして、そうして……あ、でも人間でありますから加減をしないと……」

 パルシオネは独り言をぶつぶつとつぶやきながら、解凍のための術式をコネコネ。

 それに合わせて、雪像兵士の中に指揮官、隊長らしいものに目をつける。

 他とは違う、重たげな鎧兜に身を包んだ髭もじゃの大男。

 人間の軍制は物語の中でしか知らぬパルシオネだが、指揮官というのはだいたいが見るからに他と違って目立つような格好をしているものだと相場は決まっている。

 なので、この髭がそうだと見て間違いは無いだろう。

 そう見立てたパルシオネは編み上げた解凍術を男に向ける。

「……これで、多分大丈夫だろうとは思うでありますが……」

 魔族相手なら問題無く解除して終わりだろうが、なにせ今回はひ弱な人間相手である。パルシオネも自信満々とはいかず、半ば祈るような気持ちで術を放つ。

「ぶはあッ!?」

 しかしパルシオネが肉球から放ったオレンジ色の光を浴びるや否や、重装の髭もじゃは色を取り戻して息を吹き返す。

「ふう……間違い無い塩梅だったようであります」

「こ、これは! どうしたことだ!? なんだ!? この雪景色はッ!?」

「……やかましいでありますね」

 きちんと蘇生させられたことに安堵したのもつかの間、髭もじゃの放つ唾混じりの大声には閉口させられてしまう。

「ぬぅ! あの魔族はどこだ!? どこへ消えた!?」

「ここでありますよ」

「ぬおぉおお!? バカな! この一瞬で!?」

 背丈の違いか、見失っているようなので教えてやれば、バタバタと雪を蹴散らし後退り。

 このいちいちバカでかい声と反応に、パルシオネはレザーハットごと耳を押さえてため息を吐く。

「お、おのれ魔族め!! なにがどうなっているか知らんが、打ち倒して縛りつけてくれる!!」

 そんなパルシオネに対して、隊長だろう髭は声を張り上げ剣を構える。

「動く前に言って置くでありますが、横を見た方がいいでありますよ?」

 だがパルシオネは身構えもせず、あくまでも親切心から警告をひとつ。

「横を、だと……!? 何をバカな!?」

 パルシオネの警告をせせら笑いながら、しかし髭もじゃは正面への警戒を緩めることなく、目線を横へやる。

「んなッ!? なななッ?!? お前たち、これは!? どうしたことだッ?!?」

 そして両わきの氷像が“誰”なのか気づいたのだろう。兜があっても分かる程に目を見開き、狼狽える。

「部下を粉々にしたくなければ、そこで大人しくしているでありますよ?」

「おのれ! 卑劣な魔族めがッ!!」

「不意討ち仕掛けて来ておいて、何て言いぐさでありますか……」

 そんな髭もじゃのずいぶんな物言いに、パルシオネは助けたことに後悔しかける。

 だが魔族と人間の力の差を考えれば、数に頼り、不意討ちの先制攻撃を仕掛けようとも卑怯でも何でもない。

 事実、その上でパルシオネの反撃ひとつで壊滅してしまっているのだから。

 そんな有り様であるのだから、あっさりと負けて、しかも助けられていることを理解できないというのも仕方ないことだ。

「ついつい知っている人間たち……ショタ教徒村の人々が基準になってしまうでありますね」

 すべての人間が彼らのようであるはずがない。

 やはり生の例を肌で知ることは重要であると苦笑しつつ、パルシオネは近くの氷像へ手をかざす。

「魔族め! 何をするつもりだ!?」

「やり過ぎたと思っているから、後始末に助けようとしているのでありますよ。一人でも多く助けたいなら静かにしていて欲しいであります」

 いきり立つ髭の隊長に、パルシオネは冷ややかに言い放つと、次々と魔術を放って手近なところから一人一人氷像から人間に戻していく。

「んな!?」

「あ、ちゃんと他の人間も大人しくさせておいて欲しいであります。でないと……」

「おのれこのタヌキ面が!」

 パルシオネの警告を遮って、戻った人間兵が矢を放つ。

 頭目掛けて飛んでくる矢。それにパルシオネはアライグマの尾を一振り。魔術の旋風に絡めとり、射かけてきた本人の膝へ返す。

「ギャアッ!?」

「痛い思いをして大人しくしてもらうことになるでありますよ?」

 膝を抱えてうずくまる人間をよそに、パルシオネは後始末を進めていく。

 氷漬けから解くことは解くつもりだが、その上でなお襲いかかってくるなら、容赦するつもりもない。

 これを受けて何人かの兵士が反射的に矢をつがえる。

「よせ! 射つなッ!!」

 だがそれを髭もじゃのどら声が制止する。

「手を出すな! 出すなよ! 出させるなよ!? それよりも早く手当を! もたもたするな!!」

 そして矢継ぎ早の指示に、兵士たちは戸惑いつつも武器を下ろし、勇み足をして痛い目を見た仲間の手当に入る。

「賢明な判断でありますね」

 見せしめになった者が出たとはいえ、こうして判断できる辺りはさすがは隊長と言うべきか。

 パルシオネは髭もじゃへの認識を改めつつ、解凍を進めていくのであった。

 そうして兵士全員と、木々や地面の解凍が終わると、パルシオネは人間たちを目の前に整列させる。

 もちろん怪我人は除いて、である。

「さて……なんでまたこんな無謀なことを、わたしに襲いかかるなんてことをしたのでありますか?」

 腰にアナグマの手を当てて髭もじゃの隊長へ尋ねる。

「なぜ、我々を助けた? 我々を氷漬けにしたのはお前なのだろう?」

 しかし隊長から返ってきたのはまったく別の質問であった。

「質問しているのはこちらでありますよ?」

 それにパルシオネは爪の先に、鋭い氷の矢を出現させて見せる。

 質問から拷問への移行はこちらの胸先三寸である。そういう意思表示であった。

 襲われたので反撃したが、命は助けたのだ。もう充分に慈悲は見せた。これ以上はただ侮られるだけにしかならない。

 その判断の上で、パルシオネは毅然とした態度を崩さない。

 対する髭もじゃは脂汗を浮かべ、音を立てて唾を飲む。

「……我々はこの先に住む、魔族を捕縛しにきたのだ。お前がその魔族、なのだろう?」

 そして震える声で、先のパルシオネの質問に答える。

 だがその答えにパルシオネは首をひねる。

「この辺りに遺跡があるだけで、魔族が暮らしているなど、聞いたことがないであります」

 パルシオネとて公文書館勤めの司書である。正式な紋章管理官とは別とはいえ、魔族の生存や所在にはそれなりに詳しい。

 もちろん隠居隠棲を決め込んで、生きてはいるらしいが所在不明の者もいるので、絶対確実にとは言えない。だが、この近辺に居を構える魔族はいないはずである。

「そんなはずは……!? この先の朽ちた塔に魔族が住むという情報が……!!」

「どうも、わたしが目指す遺跡のようでありますね。ふむん、これは興味深い情報でありますよ」

 思いがけず手に入った情報に、パルシオネはむくむくと湧いた好奇心に目を輝かせる。

 しかしそれはそれとして、問題はこの兵士たちの馬鹿げた目的である。

 せっかく助けたのだから、また同じような無謀に挑んで消し炭にされるのもつまらない。

「それで? そちらはどうするつもりなのでありますか? わたしと出会って、幸いにも魔族との力の差を知り、生き延びれたワケでありますが?」

 一瞬で氷漬けにされて、しかも気まぐれで助けられた事実と幸運を、ここで改めて人間たちに刷り込んでおく。

「そ、そうは言うが、そちらは魔族の中でも高位に位置する実力者と見える。我々とてそうそう捨てたものではないと思うが?」

「まさかまさか。わたしなどそこら中にゴロゴロといる程度でありますよ。本物の、軍団を預かるようなお方たちに比べれば、子ども同然であります」

 パルシオネはあまりにも甘い人間たちの認識を鼻息で吹き飛ばす。

 彼らのためにも、ここできちんと、魔族は恐ろしい存在だと認識を正しておくことにする。

「そ、そんなバカな……この何百年もの間、魔族が大人しくなったのは弱体化したからでは無かったのか!?」

「弱体化? それこそまさかの話であります。陛下の代替わりがあったのは確かでありますが、我々魔族の覇者は代々力でもって奪い取るもの、強くなることこそあれ、弱くなるなどありえんであります!」

 驚きどよめく兵士たちに、パルシオネははっきりと現実を突きつけてやる。

 もっともパルシオネの知る限り、キュベレー女王の死から大乱期に入った例もあるので、絶対に今の魔王様が以前の代よりも強いとは限らないのであるが。

 しかし、それを彼らに正直に教えたところで、無駄死にする人間が減るどころか、増えるだけだろう。図に乗らせかねない情報を与える必要はない。

「ともかく、今回そちらが命を拾ったのは、たまたまわたしが現陛下と同じく、戯れに人間の命を奪う趣味を持ち合わせていなかったからというだけであります。今回のことは、きちんと正直にそちらの雇い主なりに報告して、どれだけ無謀な命令を下したか知らせるのでありますよ?」

 そう言い含めて、パルシオネは用は済んだと目的地の遺跡へ向けて歩き出す。

「おおっと、大事なことをもう一つ」

 だがしかし、忘れものと足を止めて人間たちの方へ振り返る。

 そして武器を上げかけ固まった人間たちへ向けて、笑顔で大事なもう一言を言い放つ。

「わたし、ちゃんと警告したうえでまた噛みついて来るようなのに容赦するほど、甘くはないでありますよ? 当然我らが陛下も、分を弁えない輩には相応の対応をなさる方でありますからね?」

 そんな最後の警告と共に、軽く腕を一振り。それに添えた術式による突風が木々をしならせて兵士たちに圧し掛かる。

「ひぃやぁああああああああああッ!?」

「お母ちゃぁああああんッ!?」

「たぁすけてぇええええええッ!?」

 間近で竜が羽ばたいたかのような突風に、兵士たちは尻もちをつき、武器を放り出して風に押されるまま転がされるように逃げだしていく。

 蜘蛛の子を散らすようなその様に、パルシオネは鼻息をプスンと吹く。

「やれやれ……ここまで脅かしておけば大丈夫でありますよね……きっと、たぶん」

 しかし、たかが数百年暴虐が控えられたからと、おかしな勘違いをしてしまうのが人間だ。

 こうなると素晴らしい想像力と創造力を備えているというのも考えものである。

 だがここで考えこんでいても仕方が無いと、頭を振って頭を切り換えて改めて目的地へ向かう。

「それにしても、この辺りに住んでる魔族……でありますか。気になるでありますね」

 そうしてパルシオネはひとり呟きながら、顎を肉球でぷにぷにとさせるのであった。

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